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死は積み重なってこそ、価値が生まれるの。
ひとりを殺しただけでは、ただの罪人でしょう?
戦の英雄は、幾人に手を掛けたの?
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通称 ガレキ街。あるいは倉庫街。
そこは、数年前まではガレキ山と呼ばれるほどに荒れ果てた小さな村だったという。かつてはスラムとまで言われていた場所が、今や物流の重要な拠点の一つとなっている。ガレキの山に雇用を呼び込んで復興させたという大商人こそ、ミレーナその人だ。
「──うわぁ、さすがに混んでるなぁー」
流通経路のメインだった港街が、魔女の襲撃によって機能しなくなったせいだろう。ガレキ街の入り口には、さまざまな馬車が密集している。
物流拠点というだけあって、街の出入り口は確かに大きい。道も馬車が通行するために十分な幅で作られている。だが、それでもやはり混雑はしていた。
御者席で立ち上がったカディアンは、馬の手綱を握るテオドールを見下ろした。
「とにかく、ミレーナさんが探さないとな」
「……ああ」
「馬車は僕らで見とくから、そっちは任せてもいいか?」
「分かった」
座り直したカディアンに手綱を返したテオドールは、ゆっくりと荷台を振り返った。小さく開いた幌の隙間からは、外の様子を気にしているシェリアの姿が見えている。人が多くなって来たせいだろう。どこか落ち着かない様子だ。
馬車を預けることができたとしても、シェリアを連れ歩くのは得策ではないだろう。
「ここで降りる。少し待っていてくれ」
そう言って御者席から降りたテオドールの背に「テオ!」と呼び声が掛かった。
今や自分をそう呼ぶ者など限られている。
「……大丈夫だ。カディアンがついている。すぐに戻る」
外側から荷台に近付いたテオドールは、幌を引いている細い指先を軽く撫でた。
遠慮がちに外を見つめているシェリアの表情には、まだ不安が残っている。
離れない方がいいだろうか。そう悩んだものの、テオドールは彼女をこんなにも人目が多い場所で連れ回したくはなかった。
「……」
そっと腕を引いたテオドールが、街の中へと姿を消すとカディアンはゆっくりと息を吐いた。手綱を引いて馬を歩かせ、往来の邪魔にならない位置を探す。
やがて、街の外側に馬車を停止させられるスペースが取られていることに気が付いた。
普通の街とは違って乗合馬車はほとんどない。行商人や運搬用の馬車ばかりだ。
何とか空いたスペースに馬車を寄せることに成功したカディアンは、すぐに御者席から降りた。馬に水を飲ませるためだ。
シェリアは、動き回っているその姿を幌の隙間から眺めながら、周囲を気にしていた。
水の都カラジュムでは、魔女だと罵られることはなかった。
それが女神の加護なのか、銀がもたらした幸運なのかは分からない。
しかし、ここは違うかもしれない。いつかのように。いつものように。自分を魔女だと思う者が、いるかもしれないのだ。
シェリアは幌から手指を外して、座席の背もたれにゆっくりと重みを預けた。
孤児院に戻っても、どう思われているのか怖かった。
魔女だと呼ばれて、何かされるかもしれないとすら思えてしまう。
ただ、その不安を口にすると、カディアンを傷付けてしまう気がするのだ。
探し続けてくれた彼が、帰るべきだと手招いてくれているのに、それを否定することになってしまう。
──大丈夫だ。お前は、魔女ではない。
テオドールの言葉が、シェリアの頭の中に響いた。
何度も何度も繰り返して、まるで言い聞かせるように告げてくれた言葉だ。
私は魔女じゃない。
魔女だなんて言わないで。
そんな怖い顔を向けないで。
そんな目で見ないで。
お願いだから、魔女だなんて呼ばないで──
心の底から叫びたかった。魔女だと言われる度に叫びたかった。
シェリアにとって、口に出せずに胸の奥に沈み続けていた言葉を肯定してくれたのはテオドールだ。
例えそれが、彼が彼自身に対して言い聞かせていたとしても。
例え彼が、かつては憎悪を向けていたとしても。
今のシェリアがテオドールに抱く気持ちは、出会った頃とは全く違っていた。
しかし望みを言えば、不安を口にすれば、誰かを傷付けてしまう。
どうすればいいのか。シェリアには、もう分からなかった。
「──シェリア!」
ハッとした顔を上げたシェリアの前には、カディアンがいた。
いつの間にか荷台まで乗り上げていたようだ。
シェリアが座る座席の傍ら、荷物と同じ平板の上に腰を下ろした彼は軽く肩を竦めた。
「あのさ、シェリア」
そして、少し言いにくそうに眉を寄せる。
カディアンの中で、ずっと引っ掛かっていたことがある。しかし、ずっと気付かない振りをしていた。
「……もしかして」
気付かない振りをして、なかったことにして、そうして前を向こうと努めた。だから、今こうして確かめることには確かに勇気が必要だ。
「帰りたくない?」
その言葉に、シェリアは心臓が跳ね上がったように感じた。
口に出してしまっていたのだろうかと、思わず口許に手を当ててしまう。
「そ、そんなこと……」
帰りたかった、はずだ。最初は、そうだった。
あそこは自分の故郷で、家で、孤児院のみんなは家族だ。
しかし、あの場所には魔女のせいで孤児になった者達も大勢いる。
そんな彼らの前で魔女だと呼ばれて、──
海を挟んだ向こう側にアジュガが見えている港街に辿り着いたというのに、その海を越えられなかった。理由なんて、単純なものだ。怖かった。
帰った先で、家族だと感じている人達に否定されることが、拒絶されることが、恐れられることが──怖くてたまらなかった。
「アイツと一緒にいたい?」
カディアンが問いを重ねると、シェリアはとうとう否定も肯定もできなくなった。
両手を膝上で握り締めて目を伏せてしまった彼女を見つめて、カディアンは静かに息を吐く。
「……仕方ないよね。誰も君を守れなかったんだから」
見知らぬ男達が孤児院に来たあの日──乱暴に馬車へと連れ込まれた彼女が無事で済むはずがないことくらい、子どもでも分かる話だ。
孤児院の大人が抵抗したのかどうなのか。その場にいなかったカディアンには分からない。だが、結果的には彼女を差し出してしまった。それが全てだ。そしてそれが、事実だった。
「……ううん。みんなは、悪くないよ」
シェリアは緩やかに首を振った。
しかし、カディアンの表情は晴れない。
「でも、正しくはなかったと思うんだ」
「……けれど……」
眉を下げたシェリアは、両手をきつく握り締めた。
それなら、どうすればいいのか。どうすることが、"正しい"のか。
そんなことは、誰にも分からない。
シェリアがいっそ泣き出してしまいそうになったその時、幌の一部が大きく開かれた。