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揺らめきの色合い 3


 青年の案内でテオドールとヘヴィックが駆けつけた頃には、街道側の門周辺には大勢の人が集まっていた。門周辺の店を切り盛りする者達や、騒動を聞きつけて集まった若者で現場は騒然としている。

 問題の相手は門番が引き留めて街に入れないようにはしているものの、騒ぎ立てる五人を相手に門番二人では少々分が悪い。


 人だかりを掻き分けて前に出るまでに、あちらこちらからヘヴィックを呼び止める声が出た。

 ひどく怒ってるみたい、だとか。

 変な旅人さんが来たよ、だとか。

 仲間はあっちに行った、だとか。

 馬車の持ち主らしいよ、だとか。

 乱暴だから気をつけろ、だとか。


 報告と忠告が飛び交っている。


 ざわざわと騒がしい人込みの中から進み出てきたヘヴィックに気が付いた門番が、彼の名前を口にする。すると、責任者だとでも思ったのか、相手の男が眉を寄せてヘヴィックを見遣った。

 少し遅れて追いついたテオドールに対しても、周囲から「気をつけなよ」と声が飛ぶ。相当乱暴な物言いをしていたのだろう。その忠告だけでもテオドールは眉を寄せていた。


 石が敷き詰められた道を満たしている水に、斜陽がゆったりと差し込んでいる。

 ちょうど、に差し掛かっていた。


 かつてテオドールが、彼女を魔女だと呼んだ時刻。

 あの銀の髪が、時折とはいえ──金色に、見えてしまう時間帯だ。


「──魔女に馬車を燃やされたんだ! ここにいるはずだぞッ」


 門番に詰め寄っていた壮年の男が声を上げると、ヘヴィックは分かりやすく嫌そうな顔をして溜め息をついた。


「挨拶もなしに嫌だな。……魔女って?」


 ヘヴィックが首を傾げると、男達は口々に声を上げた。


「知ってるだろッ! 街を燃やして回ってる魔法使いだッ!」

「この辺りにいるはずだ」

「匿っているのなら、ためにならんぞ」

「お前らもグルなんじゃねえのかぁ?」

「隠してんなら、とっとと引き渡してもらおうか」


 五人から口々に叫ばれる言葉の荒さにヘヴィックが眉を寄せる。だが、テオドールが後ろから動こうとすると、彼は片腕を持ち上げてそれを制した。


「ああ、港街に出たっていう魔女かな? 馬車は確かに燃えていたけど……魔法使いを見た人はー?」


 ヘヴィックが周囲に問い掛けるものの、人々は顔を見合わせるばかりだ。


 それも仕方がないことだろう。魔女を目撃したのは、恐らくテオドールだけだ。

 そして、そのテオドールが、魔女については何も言い出していない。

 街の人々には知る由もなかった。


「だが、俺は本当に魔女を見たんだッ!」


 興奮気味の男が声を張り上げる。

 嘘ではないのだろう。テオドールだけはそう判断できた。あの場には、確かに魔女がいたことを知っている。


 しかし、当然ながらヘヴィックは困った様子だ。

 彼を含め、街の者達が見たのはせいぜい燃え上がる馬車の姿だけ。魔女どころか、不審者の姿すら誰も見ていないには違いない。


「うーん。力にはなりたいけれど……その魔女がこの街にいる証拠はある?」


 ヘヴィックの問いに、男はぐっと言葉を詰まらせた。

 だが、その隣に立っていた長身の男が「ここが無事じゃねえか」と言い放つ。


「魔女は何でも焼き尽くすと聞いたぜ。馬車が狙われたってのに、すぐそこの街が無事なんざおかしいじゃねえかよ」


 その言葉にざわついたのは、街の人々の方だった。

 街から極々近い位置で馬車が二台も燃え上がっていたことは皆が知っている。まさか次は街が狙われるのではないかと、急速に不安が広がっていく。


 テオドールはこの状況にやや焦りを感じていた。

 シェリアとカディアンの姿が周辺にないこともまた、彼の焦りを加速させる要因になっている。しかし、魔女について口にするつもりはなかった。


「──……港街も魔女に襲われたが、被害は船だけだ」


 声を出すと、男達五人の視線が一気にテオドールへと集中した。どこか、怪訝がるような、怪しむような視線だ。街の住人らしからぬ服装をしているためだろう。腰に剣を提げている姿は、それだけでも目立ってしまう。


 テオドールに向けられる無遠慮な視線を弾くように、ヘヴィックが片手を軽く持ち上げて「それに」と声を出した。


「ここは水の都だよ。火は確かに神聖なものでもあるけど、僕らには水の信仰者としての矜持だってある」


 ヘヴィックの言い分に周囲からも次々に同意の声が上がった。

 この街では、銀も水も特別なものだ。そこに火を操る魔女を匿っているなど、あまりにも失礼な言い分には違いない。


 街の住人達が迷惑がるような、責めるようなことをあちらこちらから放つようになると、男達は少したじろいだ。

 五人のうち、後方にいる二人が「確かに港街は無事だったが……」と顔を見合わせるようになれば、尚更に魔女を匿っていると責める根拠は薄い。


 燃やされていないのだから街に魔女がいる──とは、流石に暴論だ。


 ざわつく周囲の人々を見回してから、ヘヴィックは話の向きを変えようと口を開いた。


「ところで、森で燃えた馬車は二台あったけど、どちらも所有者はあなた?」


 その問いに壮年の男へと周囲の注目が集まっていく。

 途端に男はたじろいで、仲間へと助けを求めるように視線を向けた。

 だが、他の男達も困惑するばかりだ。二台目の存在など、知らなかったのだろう。


「い、いや、一台だけだが……」

「一台だけ?」


 馬車周辺で遺体も怪我人も見つからなかったことに納得しかけていたヘヴィックは、その返答にまた首を傾げた。しかし、すぐに些細なことだと思い直したようだ。


「怪我をした人はいなかったね?」

「あ、ああ」

「それなら良かった。何よりだよ」


 ヘヴィックがにっこりと笑みを浮かべると、男達は更に困惑を深めたようだ。


「けど、まぁ、馬車が一台なくなるのは痛手だね。できるかぎりの協力はしよう。──予備があったよね?」


 緩い頷きを返していたヘヴィックが門番の片割れに問い掛ける。


 まさか、余っている馬車を渡すつもりなのか。

 テオドールは驚きのあまり、ヘヴィックを凝視してしまった。


「ところで、馬は無事だった?」

「そうだが……」

「よしよし、それじゃ馬車を貸してあげて。積荷は戻らないけど、命が残ったのは幸いだ。目的地はどっち?」


 門番が馬車の手配をするために動き始めると、ヘヴィックは更に男へと問いを重ね始めた。目的地に向かう最短ルートを教えるために、近くにいた若者に地図を持ってくるように告げる。

 そして、明らかに怪訝がっている男達が何か言い出すよりも先に、次から次へと問いを繰り出していく。


 乗り込むのは、これで全員か。路銀はあるのか。ないのなら、食料を少し分けよう。馬の調子を診てもいいか、馬の脚は無事だったか。興奮状態ではないか──と、矢継ぎ早の確認が繰り返される。


 ヘヴィックの指示に応じて数人が動き始めてしばらくすれば、馬車で目的地へと向かうための準備が整えられていた。


「──あの、ヘヴィックさん。いいんですか?」


 宿まで呼びに来た青年が、ひそっとヘヴィックに耳打ちをした。


 当然だろう。あのような無礼を働かれて、ここまで親切にしてやる義理がない。

 にこにこと笑みを浮かべたまま男達に手を振っていたヘヴィックは「そりゃね」と軽く頷いた。

 そして、男達が門の外に出たタイミングで青年を見遣る。


「悪い魔法使いがいないかどうか──なんて、証明のしようがないからね。ここで暴れられるよりは、とっとと追い返した方がいいよ」


 ヘヴィックの言い分に、青年は渋々といった様子で納得を示した。

 確かにあのまま居座られても、不安が人々に伝染するばかりだ。魔女などいないといくら言ったところで、彼らが信じることはないだろう。


 ヘヴィックの言う通り、そもそも"いない"ことは証明すらできない。


 テオドールは気まずそうな様子で立ち去っていく男達へと視線を転じた。

 魔女を見たと言っていた。言葉を交わしたのだろうか。もしそうだとしたら、怪我人がひとりも出なかった理由は何なのか。


 だが、本当に馬車だけが燃やされた理由など、彼らが知っているとは思えない。

 それに、ここで追いかけて魔女の話を聞くことはあまりにも薮蛇だろう。

 テオドールは密かに歯噛みをしながら、ゆっくりと踵を返した。


 周囲に子ども達の姿はない。

 あれだけ騒ぎになっていたのに近寄って来なかったということは、正門から遠い場所で遊んでいるのだろうか。


「──……」


 シェリア達を探しに行こうとしたその時、テオドールはふと思い出した。


 "仲間はあっちに行った"と、誰かが言っていたことを。


 ビクッと足を止めて男達を振り返る。馬車に乗るのは五人──あれで全員だと答えていた。だとしたら、"仲間"とは誰なのか。誰を示していたのか。


 テオドールは門の外へと飛び出すと、門番の肩を掴んだ。

 振り返った門番があまりにも驚いた顔をしていたものだから、テオドールはハッとして冷静さを取り戻した。


「──すまない。彼らの他に来た者は?」

「今日は、旅の者が数名ほどだが……」

「違う。魔女を探していた者が、他にはいなかったか?」

「いや……」


 困惑している様子の門番は、把握していないようだ。

 つまり、門のところで騒ぎを起こしたわけではないのだろう。


 すまないと謝罪を返したテオドールのもとに、先ほど騒ぎ立てていた柄の悪い男が近付いて来た。この街が焼かれていないのはおかしいと言い放った長身の男だ。


 テオドールが眉を寄せると、男は落ち着けとでも言うように両手を軽く挙げた。


「商人の男が、俺らと似たようなことは言ってたぜ」

「どういうことだ」

「馬車がダメになっちまったんだと。街が無事なのは魔女がいるからだ──ってな」


 それだけ言うと、男は上着のポケットに両手を突っ込んで仲間のもとへと引き返した。


「──その男は魔女を見たのか!」


 テオドールは耐え切れず、男の背に向かって問いを投げた。

 面倒くさそうに振り返った長身の男が、分かりやすく眉を寄せる。


「んなコト知らねえよ」


 そんな何の意味もない否定を聞いたと同時に、テオドールは駆け出していた。


 商人風の男を探すため──ではない。

 どこかで子ども達と一緒にいるはずのシェリアと、そしてカディアンを見つけるためだ。

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