テオドールが負った火傷は、ヘヴィックの言う通りあまりひどいものではなかった。あの激しい炎の中にいたにしては、不自然なほどに軽いともいえる。
ヘヴィックやシェリアも炎を認識していたという。つまり、あの炎は自分の錯覚や幻想ではないはずだ──テオドールはベッド上に胡坐を掻いた姿勢で、考え込みながら窓の外を眺めていた。
「……ねえ、テオ」
「何だ」
彼の背に薬を塗り広げているシェリアが小さな声で呼ぶ。
そうすれば、テオドールはすぐにその意識を背後に向けた。
「痛くない……?」
「ああ、大丈夫だ」
「しみてない……?」
「ああ、何ともない」
少しばかりピリついた感じはするものの、痛いというほどではない。
彼女は丁寧に薬を塗ってくれていて、テオドールとしてはそれだけで有り難かった。
特に露出していた首裏のあたりが痛むのは仕方がないだろう。
手の甲に走った線状の火傷痕を眺めて眉を寄せていく。
あの場にいたのが自分だけで良かったと、テオドールは心底からそう思った。
もし、彼女に万が一のことがあったら。
もし、彼女を失うようなことがあったら。
きっと耐え切れないだろうと、テオドールは自覚してしまった。
これ以上、誰かを失うことは御免だ。
『まだよ。あなたは、まだ──』
──まだ。
魔女は確かにそう言っていた。
そして彼女もまた、魔女に似た意味合いの言葉を投げかけられている。
「……テオ?」
黙り込んでしまった彼を気にしたシェリアが、恐る恐るといった調子で声を掛けた。
薬を塗り込む作業は、もう終わっている。
次は、仕上げの作業が残っていた。
「……ああ、すまない。終わったか」
「うん。薬を塗るのは、終わったよ」
「そうか。助かった」
テオドールは肩越しに彼女を振り返ると、意識をして口の端を持ち上げた。
「ううん。いいの。私が、したかったから……あ、ちょっと待ってね」
薬を塗っていた手を布で拭ったシェリアは、次に清潔な布を取り出した。
そして、薄布を彼の背に当てて、空気が入り込まないよう慎重に貼り付けていく。
これで薬と密着すれば、服の摩擦からも患部を保護できる。
きちんと患部を覆えたことを確認すると、シェリアはゆるゆると息を吐いた。
テオドールはこの火傷について、大したものではないと言っていた。ヘヴィックからも、あの炎の中にいたにしては軽い方の火傷だと聞いたが、シェリアからすれば痛々しいものには違いない。
どのようなものであれ、怪我をしてほしいわけではないから余計にそう思ってしまう。
「……テオは、やっぱり……これからも、魔女を追うの?」
服を着るテオドールの動きを手伝いながら、シェリアは静かに問い掛けた。
そのために、彼が必死になっていることは知っている。だが、これから先、何が起きるのかは分からない。今までのことを考えれば、テオドールが無事でいられるとも思えなかった。
もしもこのままアジュガに辿り着けば、彼はきっと再び旅に出るだろう。
そして、やはり魔女を追うに違いない。
「……」
彼女に背を向けたままのテオドールは、少しばかり考えた。
しかし、結論はひとつしかない。
「……ああ、そのつもりだ」
背を向けていて良かったというべきだろうか。
テオドールは、背後にいる彼女の表情が見えないことに多少救われたような気持ちになった。
彼女には危険だからアジュガに戻れと言っておいて。
そこが本当に安全なのかどうかも分からないままだというのに。
自分の中にある矛盾を飲み下そうにも、彼女の瞳を見つめてしまったら、それができなくなるかもしれなかった。
「……そう」
シェリアは静かに頷いて目を伏せた。
その時だ。
少しばかり大きいノックが、ふたりのもとに届いた。
「開いているぞ」
テオドールが応じた直後、ドアが開いた。
入ってきたのはカディアンだ。
ベッド上にいるシェリアを見て驚いた様子でいたが、傍らに治療したと思わしき道具を見て納得したようだ。
「ヤケドは、大丈夫なのか?」
「ああ。この通りだ。何ともない」
「何ともないってコトはないと思うけどなー」
ベッドに近付いて来たカディアンを見たシェリアは、ゆっくりと床に降り立った。
そして、すぐ傍の台に広げていた薬や布を丁寧に片付けていく。
カディアンはそんな様子をちらりと見てから、静かに肩を竦めた。
「呼んでくれたら、一緒に手伝ったのに」
「う、うん。ごめんね」
大方、彼女を迎えに来たのだろう。
テオドールはそう思いながら、カディアンを眺めた。
迎えに来たという意味なら、カディアンは確かにずっと彼女を探している。
アジュガの孤児院を出て、手がかりもなく捜し続けていたのだ。
迷い始めた自分とは違って、この少年はずっと一つの目的を追っている。そのことを改めて考えると、テオドールは途端に自分が情けなくなった。