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幸運を招く銀色に 2


「オイオイ、ヘヴィック。困ってんだろ」

「まあ、ヘヴィックさんたら」

「あらぁ、本当に綺麗な銀色ねぇ」

「おーいっ、あんまり旅人さんを困らせるんじゃないぞー」


 細身の青年――ヘヴィックの一声で、通りすがりや店の方からちらほらと声が届いた。更には通り過ぎていく女性がシェリアの顔を見遣り、微笑ましそうに笑って去っていく。急に注目を浴び始めたシェリアは、ひどく戸惑った様子で眉を下げた。


 普段とは異なる注目のされ方ではあるものの、だからといって好ましいわけではない。テオドールは、離れてしまったことを後悔しながら「すまないが──」とヘヴィックに視線を向けた。


「──俺の連れだ」


 テオドールが低い声でそう告げると、ヘヴィックは笑って彼女の手を離した。


「やだなぁ、そんな怖い顔しないでくれよ。あいさつだよ、あいさつ!」


 悪気など何もない様子のヘヴィックは、テオドールにも手を差し出した。

 とはいえ、さすがにシェリアに対してそうしていたように、その手を取りはしない。


「ようこそ、水都カラジュムへ! 僕はヘヴィックだよ。君たち、この街は初めてだな?」

「……ああ」

「やっぱりなぁ! そうだと思った。ぜひ、街を案内させてくれないか? ねっ、どう?」


 テオドールを見ていたヘヴィックは、すぐさまにここにと笑みを浮かべてシェリアを見遣る。すると、シェリアはやはり戸惑った様子でテオドールを見た。

 そしてテオドールは、胡散臭いと言わんばかりにヘヴィックを見ている。


 視線がぐるりと一巡りしたとき、


「――案内してくれるんだって?」


 シェリアとヘヴィックの間に、カディアンが割り込んだ。

 そして、彼女に向かって笑みを浮かべたあと、傍らの青年へと視線を向ける。


 ヘヴィックは突然のことに驚いていたが、すぐに笑って「もちろんだよ」と頷いた。


「お一人様追加で、三名様ごあんなーいってね。ヘヴィックだよ、よろしく」

「どーも、ヘヴィック。よろしく、僕はカディアンだ。……アンタ、街の案内係ってカンジじゃないな?」

「そりゃあ、ね。ま、案内は僕の趣味だからさ。ところで、彼女は君の恋人かい?」

「……へ?」


 ヘヴィックの言葉に、一瞬ばかり固まったカディアンが慌てて首を振る。すると、ヘヴィックは次にテオドールを見遣った。


「じゃあ、彼はお兄さん?」

「……俺はテオドールだ」

「ははっ、やっと名乗ってくれたね。ほらほら、いい流れだ。君は?」

「え、あ、えっと……シェリア、です」

「よしよし。シェリアちゃんに、テオドールにカディアンだね」


 軽く手を叩いたヘヴィックは、人懐っこい笑みを浮かべた。

 街の人々はそんな彼の振る舞いには慣れているのだろう。遠くから「困らせるなよー」「可愛いわね」「ちゃんとやれよ」などと笑う声が聞こえてくる。


 だが、どれも悪意を感じさせるものではない。


「初めてなら、まずあっちかな。おいでよ」


 そう言ってヘヴィックが歩き出す。

 カディアンは、板の上に立っているシェリアの手を自分の肩に誘導して「銀ってさ」とテオドールを見遣った。


「さっき聞いたけど、この街では幸運の象徴なんだって」

「……そうか」

「だから歓迎されてるのかもしれないなぁ」


 シェリアの歩調に合わせて歩き始めるカディアンの後ろにつきながら、テオドールはゆっくりと空を仰いだ。少しずつ、空が橙色に染まっていく。


 メマリーから銀に関する話を聞いた時、確かカディアンはいなかった。


「……だと、良いのだが」


 そう答えながらも、警戒しすぎてはいけないかとテオドールは肩を竦めた。

 用心をする必要はあるだろう。

 だが、何もかも警戒していては、それこそシェリアの気が休まらないに違いない。


 軽く首を振ったテオドールは、ゆっくりと息を吐いた。

 この街は、シェリアが興味を持った場所でもある。そして、ミレーナが勧めてきた街だ。危険な場所なら、あのような言い方はしないだろう。


 水がじわじわと靴にしみ込むのを感じながら、テオドールはシェリアを見遣った。

 板の上を歩く彼女は、時折ちらりと建物を振り返っては興味深そうにしている。


「おーい、こっちだよ」


 前方でひらひらと手を振るヘヴィックは、案内に慣れている様子だ。

 ヘヴィックは案内を「趣味だ」と言っていたが、どういうことなのだろうか。

 うまく理解できなかったテオドールは、緩く首を傾げた。


 この場所は妙に穏やかな風が流れている。

 斜陽が差し込む時間帯は、彼女に魔女の姿を重ねてしまうことも多いのに。


 今は、彼女の美しい銀の髪が夕暮れの光に輝くばかりだった。

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