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傍らに添う 1



*



 神が人の姿をしているのは何故か、ですって?


 ああ、なんて愚かなの。

 それで神と人が近しいだなんて、馬鹿げているわ。



 そんなの、あなた達を信じさせるために決まってるじゃない。



*







 あれほど激しかった雨風が嘘のように、翌朝には美しい青空が広がっていた。

 雲ひとつない快晴だ。

 それこそ、嵐に全てを洗い流されたようにも見えた。


 村の小さな商店で食料を買い付けたあと、村長のメマリーに礼を告げた一行は馬車へと乗り込んだ。ろくにお礼もできないと申し訳なさそうにするシェリアに対して、メマリーはまた来てくれればそれで良いと笑みを浮かべた。


 この村に立ち寄った旅人のうち、どれほどの者達が再び訪れるだろうか。

 きっと、ほとんどの者達が二度と訪れることはないだろう。シェリアもカディアンも、陸の孤島とも呼べるアジュガに戻れば、そうそう海を渡る機会もないに違いない。

 返事に困っているシェリアの後ろから、テオドールは重ねて礼を告げた。


 メマリーを筆頭とした村人達に見送られて動き出した馬車は、旧街道を真っ直ぐに進み始める。


「――何事もなかっただろう」


 御者席から背後に声を飛ばしたテオドールは、手綱を握るカディアンにも目配せをした。滞在した全ての街に何かが起こっているわけではない。

 だが、起きた場合のことを気にしている彼女の様子には、カディアンも気がついていた。


 だから、テオドールからの視線を受け止めて「当たり前だよ」とカディアンは努めて明るく告げてみせる。


「シェリアはシェリアなんだからさ」

「……うん」


 荷台の座席部分に座っているシェリアからの返答は小さなものだ。

 何となく、気が晴れない――といったところだろうか。

 昨晩のやり取りを思い出したテオドールは、何も言えないまま前を向いた。


 憎たらしいほどに爽やかな青空が、進行方向に続いている。


 表の街道が仕上がってから、旧街道の利用頻度は新しい道と比較すればそれほど高くない。特に図書館と花の街を繋ぐ区間のように、魔物避けがされていないのだから当然だろう。

 とはいえ、旧街道沿いの街や村の間を行き来する馬車はある。


 だが、その日はどれほど進んでもすれ違いはしなかった。

 朝から旧街道をひた進んで、既に昼を過ぎている頃だ。だというのに、人はおろか馬車とも会いはしない。


「……妙だな」

「何が?」


 馬の手綱を握るテオドールの言葉に、パンを齧っていたカディアンが顔を上げた。

 移動中であっても食事を済ませられることもまた、馬車による移動の利点だ。


「乗合馬車すら見かけない」

「あー、そういえば……嵐のせいか?」

「ならば、むしろ足止めされた者達によって混雑しそうなものだが」

「それもそうか……」


 眉をひそめたカディアンは、ちらりと荷台を振り返った。

 今は御者席と繋がる幌も閉じているせいで、シェリアの様子は全く見えない。


「……気をつけた方がいいかもな」


 荷台から視線を外したカディアンは、街道の両脇に広がる森へと視線を転じた。

 疎らに倒れている木が、ちらほらと目立っている。

 中には打ち捨てられたと思わしき、古い馬車もあった。

 木枠が外れて転がっている。

 劣化の度合いからみるに、捨てられてからかなりの年月が経過しているようだ。


「ああ」


 低い声を返したテオドールは、少しばかり馬を急がせた。

 なだらかな坂道を上がり、小高い丘の道を進む。

 途中、食事をするためにカディアンに手綱を渡したものの、テオドールの意識は手元のパンよりも外に向いていた。


 周囲を漂う空気が、わずかばかり焦げ臭い。

 しかし、そのニオイがどこから来ているのかは分からない。


 木々によって少し狭くなった道を抜ける間は、少しばかり気を遣う。

 だが、カディアンの手綱さばきは大したものだ。 恐々と不慣れな様子を見せることもない。そのおかげだろう。馬もまた、不安がる様子はなかった。


「……何だ、あれ」


 狭い道を抜けてみると、何かが燃えた痕跡が点々と残っていた。それは森の中であったり、平原であったり、街道の脇であったり、さまざまだ。

 いずれにしても、そのどれもが民家の近くなどではない。


「……野営の跡であればいいのだが」


 カディアンの声にテオドールが言葉を返す。

 ふたりは互いに相手を見遣り、それからほとんど同時に背後を振り返った。

 荷台にいるシェリアは、静かなままだ。


 なだらかとはいえ曲がりくねっている挙句に坂となっている丘の道を慎重に進んでいく。そろそろ坂の終わりに近付いた頃――大きなカーブを曲がった先に、横倒しになった馬車が見えた。


「……ここで」

「わかった」


 短いやり取りを交わすふたりの声に、とうとうシェリアが「……どうしたの?」と声をかけた。ほどなくして、ゆっくりと馬車が止まる。

 外で何が起きているのかが見えていないシェリアは、ただ不安そうに眉を下げた。


 テオドールはシェリアをひとりきりにして良いものか、少し迷いはした。

 しかし、カディアンを単身で向かわせることにも抵抗はある。

 万が一があっては、結局シェリアが傷付くことになってしまう。


「シェリア! 少し離れるけど、すぐ戻るから待ってて」


 カディアンが御者席から飛び降りる。


「ああ、様子を見てくるだけだ」


 テオドールもまた、そう告げて馬車から降りた。


 横倒しになってしまった馬車には馬の姿がない。

 御者らしい者の姿も近くには確認できなかった。

 馬車に近付けば近付くほど、焦げ臭さが鼻を刺激する。


「……これか」


 テオドールは、燃え残ったと思わしき塊を見つけ、あまりのニオイに眉を寄せた。

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