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荒れゆく空の片隅で 3


 厩舎の管理をしているという男性に連れられて入った村長宅には、中年女性が待っていた。メマリーと名乗った彼女は、久し振りの旅人だと笑って三人を見遣る。

 カディアンが許可をもらいに行った時点で、もう話は聞き及んでいたそうだ。


 そんな村長は、やはりシェリアを見るなり「女の子なのに大変ね」と少し驚いた様子を見せた。


「こんな若い子が旅をしているなんて……疲れたでしょう? 離れにある部屋は、好きに使っていいわ。どうぞ」


 シェリアもカディアンも、十代の少年少女だ。

 二十代に入ったばかりとはいえ、テオドールが保護者役であろうことは、見てすぐに伝わったらしい。


 ゆっくりと歩き出した村長――メマリーについていけば、村長宅と離れを繋ぐ廊下に出た。

 簡易的なものなのだろう。他の場所よりも作りは甘い。

 外では本格的に雨が降り出していて、風も強そうだ。


 テオドールは、窓に向けた視線を前に戻すと、「唐突にすまない」と詫びた。


「あらあら、そんな。いいんですよ」


 振り返ったメマリーは少しばかり意外そうにして、やがて笑みを浮かべた。

 旅人自体は本当に珍しくないのだろう。

 元々はメインとして使われていた街道沿いの村であることを考えれば、確かにその点は納得だ。それにしても親切がすぎるだろうと、テオドールは呆れ半ばの気分になっていた。


 廊下を抜けた先には、リビングのような一室が広がっている。

 六角形になっている一室からは、それぞれ別の部屋に行くことができるようになっているらしい。


 手前から順に示して「一人一部屋ね」とメマリーは、三人をそれぞれ見遣った。


 一番近い扉を開けば、そこには来客用と思わしきすっきりとした一室が広がっている。一人用のベッドがひとつ、椅子と机があって、あとはコート掛けくらいか。一見すると、宿の一室を思わせる。


「……」


 三つの部屋すべて、ほとんど同じような大きさだ。

 置かれている家具も差はない。

 どれも古いが、きちんと手入れはされている。


「宿代を受け取ってはもらえないだろうか」

「そんなそんな、いいんですよ」


 テオドールの申し出にメマリーは首を振る。


「その代わり……旅のお話を聞かせてもらえれば、嬉しいのだけど」

「ああ、それは……」


 にこにこと笑みを浮かべているメマリーは、本当にただただ旅の話を楽しみにしている様子だ。

 しかし、テオドールには小さな村の娯楽になるような話など、できそうにない。

 曖昧な調子で言葉を濁しながら、彼が視線を転じた先で――カディアンが「それなら僕が」と軽く手を上げた。


「あら、あなたが?」

「たぶんだけど、この中なら僕がいっちばん話し上手だと思うよ」

「まあまあ、本当に? 楽しみだわ。お願いね」


 ゆったりとした仕草で両手を重ね合わせたメマリーは、頬を緩めて頷いた。


 ふたりの旅の目的を知っているから、だろうか。カディアンは、少し気を遣ってくれたのかもしれない。そんなカディアンの旅も、そもそもはシェリアを探すためのものだ。決して観光目的ではないだろうに、彼は明るく「色々見たからね」と笑う。


 そして、どこか不安そうにしているシェリアに対して、


「一宿一飯の恩義ってやつだよ」


 安心させようと、殊更に笑みを深めてそう言った。

 確かにそうだろう。

 相手が宿代を受け取らない以上は、それ以外のことで返すべきだ。


 手前の部屋に荷物を置いたカディアンは、さっさとリビングに出て来た。

 そして、彼をお借りするわね、なんて笑うメマリーに連れられて踵を返す。


 カディアンに宛がわれた部屋の隣にある扉を開こうとしたテオドールは、ずっとその場に留まっているシェリアへと視線を向けた。


「……どうかしたのか」

「ううん……」

「なら、部屋に。きちんと休んだ方がいい。嵐がある間はどうせ動けない」

「うん……」


 控えめに頷くシェリアの傍らで扉を開いたテオドールは、彼女の荷物を入り口付近に置いた。

 小さな声で礼を告げる彼女を振り返ったものの、何を言うべきか迷ってしまう。


 カディアンと自分で彼女の部屋を挟む形だ。

 これで多少は気を楽にして過ごしてくれると良いのだが、難しいだろうか。 


「……俺は隣の部屋にいる」


 結局、見れば分かる程度のことしか言えなくて、テオドールは溜め息をつきたくなった。


「明日、晴れたら出発だ」

「……雨の時は、またお願いするの?」

「ああ、そうだな。嵐が去るまでは」


 他愛のないやり取りは意図的なものだ。

 こうして核心に触れず、曖昧に濁している。


 互いに触れたくて、しかし触れたくない部分も重なっているせいだ。

 たった数秒の沈黙も気まずくなってしまう。


「……あの、テオ……」


 背を向けて隣の扉に手を掛けたテオドールに、シェリアが小さく呼びかけた。


「あのね……」


 しかし、シェリアの言葉は続かない。

 何を言えばいいのだろう。駄々を捏ねて困らせたいわけではないのに。


「……テオも、しっかり休んでね」


 不自然な間を置いて、そんな言葉を口にしたシェリアは急いで部屋に入った。そして、扉を閉じて小さく息を吐く。


 やっぱり、アジュガに――孤児院に戻りたくないのだと。

 そんなことを言っても、彼を困らせてしまうだけだろう。

 カディアンだって、あんなにも頑張っているのに。


「……でも」


 ゆっくりと扉に凭れかかったシェリアは、誰もいない一室に吐息を漏らした。


 戻っていいのだろうか。

 帰ることなど、できるのだろうか。


 自分自身ですら、魔女との関係に疑問を持っているというのに――。


 シェリアは滑るようにその場に屈み込んで、両手で顔を覆った。


 時折見る夢の話もその光景も、彼らには伝えられないままだ。

 魔女を直接見たことのない自分が見る夢にしては、あまりにも生々しい。


「……」


 金の魔女。

 彼女はどうして、人々の命を奪うのだろう。

 恨みや憎しみか。何か、目的や意味があるのだろうか。

 彼女は、何をしたいのだろう。本当にただ、悪戯に、殺戮を繰り返しているだけ、なのだろうか。


「目的……」


 テオドールの話によれば、魔女は『退屈』を訴えていたらしい。

 お遊びだと。鬼ごっこだと。

 まるで遊戯のように言い放ったと。

 そしてファムビルには、かくれんぼだと言った。


 ただの遊びだというのか。それならどうして、襲撃の生き残りは魔女に二度と出会わないのか。


 『退屈』を訴えた魔女には目的があるはずだ。

 そして、その『目的』には夢の中にいた男性が関係しているのかもしれない。


 雨が窓を打つ音を聞きながら、シェリアはゆっくりと天井を仰いだ。

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