昨晩と同じようにリビングへと通されたふたりは、やはり昨晩と同じ椅子に腰掛けた。部屋着と思わしき服に身を包んだロサルヒドは、寝起きであることを隠そうともしていない。
「さっきは悪かったな」
ロサルヒドの軽い謝罪に、テオドールは何か言われたのかとシェリアを見遣った。 しかし、彼女は緩やかに首を振るばかりだ。
「お前ら、年はいくつだ?」
急な問いに、ふたりは揃って面食らった。
昨晩といい今といい、ロサルヒドはなかなかマイペースな人間のようだ。
「……二十二だが」
「若いな。十も下かよ。んで、お前は?」
「えっと、十四……ううん。そろそろ十五歳になる、かなぁ、と思います」
「あ? 本当か? 全ッ然、見えねえけどな」
しげしげとシェリアを見たロサルヒドの意見には、テオドールも同意だ。
わざわざ言ったことはないものの、酒場と彼女はあまりにも不釣合いだった。
あまり発育が良くないためだろうか。華奢で大人しい彼女は、実年齢よりも更に幼く見える。
椅子の上で腰の位置を調整したロサルヒドは、「んじゃあ、先は長いな」と言って箱を取り出した。テーブルに置かれた木製の箱は、ひどく古そうだ。
しかし、そちらもまた室内や庭と同様、几帳面に、そして丁寧に扱われているようではある。
「それは……?」
「ファムビルから話を聞いたって時点で、魔女を追ってんだろうなってくらいは理解できる。どうせ、まだまだ追うんだろ?」
テオドールを一瞥したロサルヒドは、口の端を薄く持ち上げた。
「役に立つはずだ。使え」
開かれた箱の中には、更に小さな箱と丸められた紙が入っていた。
筒状に丸められた紙を取り出したロサルヒドは、慎重な手つきで紐を解いていく。
テーブル上に広げられたのは、古い地図だ。
「テオドール、だったか? お前にはコレをやる。ただの地図じゃねえぞ。見てろ」
突然のことについていけていないふたりを、更に置き去りにしてロサルヒドは地図を示した。そこには、プラタナスという文字が書かれている。
何が始まったのかと顔を見合わせたふたりの目の前で、ロサルヒドは紐に通された玉を地図の端に置いた。海の上に置かれた玉は薄い青を宿している。
ちらりとふたりを見たロサルヒドは、「テオドール」と名前を口にした。
その途端、紐を引き摺りながら玉が動き始めた。そして、みるみるうちに大陸を横断して、まっすぐにプラタナスと書かれた文字のあたりに立ち止まる。
「――とまぁ、こういう具合にな。探し人の名前を呼べば、コイツが場所を示してくれる。死んでる場合と名前が分からねえ場合には動かねえが」
「……魔法道具か」
「当たり前だろ。お前、俺を誰だと思ってんだ。魔法研究家のロサルヒドだって聞いただろうが」
呆れたように言葉を落としたロサルヒドから筒状に戻された地図を受け取ったテオドールは、まじまじとそれを眺めた。
巻き付けてある紐の止め具として使われている玉。
それが重要な役割を果たすのだから、魔法道具とは見た目では詳細が分からないものだ。
「んで、お前だ。シェリアか」
「は、はいっ……」
「お前には、こいつをくれてやるよ」
ビクッと肩を跳ね上げたシェリアは、テオドールに向けていた視線をロサルヒドへと転じた。次にロサルヒドが手にしたのは、掌に乗る程度の小さな箱だ。
「おい、手を出せ」
「え……」
「噛み付きゃしねえよ、とっとと出せ」
困惑気味なシェリアがおずおずと左手を差し出せば、ロサルヒドは小箱から小さなリングを取り出した。
艶めいた銀色のリングには、装飾らしい装飾はない。
それを、彼女の細い小指へと通していく。
「チッ、少しデカいか。まぁ、いい。その年ならまだ成長すんだろ」
「あ、あの、……これって……」
「ピンキーリングってやつだ。お前が細っこすぎて小指でも余っちまうが仕方ねえ」
シェリアの手を解放したロサルヒドは、小さな箱をさっさと木箱に戻してしまった。まるで返すことは受け付けないと言わんばかりの態度だ。
「ただの指輪じゃねえよ。魔法で封じられた扉にだけ反応する鍵だ。扉に触れるだけで鍵になる代物でな。なかなか珍しいんだぜ?」
「え、そ、そんなすごいもの、いただけないですっ」
シェリアは慌てて声を出した。
魔法道具だというだけでも、相当高価なものであるはずだ。
それを二つも受け取るなどと、できるはずがない。
だが、ロサルヒドは立ち上がって「くれてやるって言ったろ」と言い放つ。
「でも……」
「――魔法使いってのは血筋だ。無論、血を引いていたところで魔法が使えなくなる奴はいるがな」
「あの……」
「ファムビルのペンダントに対抗してやったんだよ。もらっとけ」
全く、どういうことなのだろうか。
気前が良いというべきか。他に狙いがあると思うべきなのか。
困惑を深めるシェリアの代わりに、テオドールが礼を告げた。
そうすれば、ロサルヒドは少し機嫌が良くなった様子で小さく笑って、扉へと近付いていく。
「魔女探しの役に立つ代物ばっかだ。持ってても損はねえだろ」
「……しかし、対価は」
「いらねえよ。道具ってのは、使って初めて価値を持つんだ。飾ってるだけじゃ意味がねえ」
廊下に繋がる扉を開いたロサルヒドは、そこでやっとふたりを振り返った。
しかし、椅子から立ち上がったふたりが扉のもとに辿り着くまでは待たず、さっさと廊下に出てしまう。
一足先に玄関へと向かったロサルヒドは再び振り返り、今度こそふたりを待つ仕草を見せた。
「ファムビルと話ができたんなら、どうせあの女とも会ってんだろ?」
「ミレーナか?」
「ああ。あいつのブランドは使い道がある。うまく使えよ」
べしっとテオドールの背を叩いたロサルヒドは、彼の顔を覗き込んで口許を歪めた。どことなく悪人めいた表情だが、そういう癖なのだろう。
テオドールもシェリアも、既にロサルヒドに対する第一印象を改めていた。
「――手に入れたいなら探せ。失いたくねえなら手を離すなよ」
建物を出たところで向けられた言葉に、テオドールは口を引き結んだ。
振り返れば、彼は欠伸をしていた。着替えていなかったのは、寝直すつもりだからなのだろうか。
テオドールは軽い会釈を返して、シェリアは深く頭を下げた。