翌日、よく晴れた空のもと。
再び図書館を訪れたふたりは、昨日とは違う受付の女性にも断られてしまった。 どうやら、誰が訪ねて来ても応じるつもりはないらしい。
どうしたものかと考えても、有効な手は見つからなかった。
こんなことなら、やはりファムビルに頼むべきだったのかもしれない。今さら考えても仕方がなかったが、テオドールは少し悔やんでいた。こうやって過ぎていく時間が勿体ない。
結局、その日も本を読み漁るばかりとなった。
昼過ぎに食事には出たものの、再び戻って来たあとは管理者を待つしかない。
そんな様子を見かねたのだろうか。
魔法関連の書物を読み続けるふたりのもとに、受付の女性が近付いた。
「……失礼、よろしいでしょうか」
その場に似合う静かな声で問い掛けた女性が、シェリアの傍らに屈み込んだ。
椅子に座ったままのシェリアは、少し緊張気味になっている。
あまりに居座りすぎて、叱られるのかと思ったのだ。しかし、そうではなかった。
「魔法に興味がおありでしたら、白百合の丘に行かれると良いかと」
ひそひそと、声を潜める女性は周囲の目を気にしているようだ。
それは単純に話し声の問題というよりは、話している内容の方だった。
「丘、ですか……?」
「はい。お会いになられるかは、分かりませんが……」
女性は、なるべく声を小さくしてシェリアに話しかけた。
管理者に関しての問いは、全て断るように言いつけられていること。
会いたがる者には、取り次げないとだけ伝えるように言われていること。
だから、自分達から聞いたとは言わないで欲しいとまで告げられると、とうとうシェリアは困り顔を浮かべた。
女性が立ち去っても、すぐには何も言えないままだ。
本当に訪ねてもいいのかどうか、迷うところではあるのだろう。
そんな彼女の様子をテーブル越しに眺めているテオドールは、特に急かす様子もない。
「白百合の丘って、どこかな……」
やがて、シェリアは不安そうに眉を下げた。
女性に詳細を聞けないことも、女性に規律を破らせてしまったことも、気がかりなようだ。
「街の人間なら分かるだろうな」
手元の本を閉じながら答えたテオドールは、思案げに目を伏せた。
昨日、受付の女性は「いらっしゃる場合もある」という答え方をしている。
つまり、管理者だからといって図書館に常駐しているわけでも、通い詰めているわけでもないということだろう。
単なる厭世家なのか、人嫌いなのか。それともただ忙しいだけなのか。
取り次ぎを断るような男に、話を聞くことができるのか。
心配ごとは山ほどある。
だが、進まないわけにはいかないのだ。
とはいえ、テオドールにとってはシェリアもまた優先すべき相手ではある。
「……大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
「そうか」
そのように聞いても、彼女が大丈夫だと平気だと、そう答えることは知っている。それでも、テオドールは毎回のように確かめずにはいられない。
本来であれば、魔女の件で彼女が傷つく必要はどこにもないのだ。だが、魔女に関わる事柄では、彼女が何を言われるのか分からない。
問い掛けて肯定を返されて、安心しているのは自分の方だとテオドールは溜め息をつきたくなった。
「……行くか」
「うん」
立ち上がった自分の動きについて来る彼女を見下ろして、テオドールは迷う気持ちを押し殺した。
いずれにしても、彼女を置いていく選択肢はない。
本を棚に戻して図書館を出る間際、物言いたげな司書や受付女性達の目が気になった。
「……妙な感じだな」
図書館から出た直後に落とされたテオドールの呟きに、シェリアは首を傾げた。
「どうして?」
「まるで隠しているようだ」
「うん……でも、教えてくれたから……」
「そうだが」
何にしても、釈然としない。
とはいえ、考えたところで答えは出ないだろう。
テオドールは思考を切り替えて、シェリアを促しながら宿に戻る道を選択した。
宿は、その街でよそ者が集まりやすい場所のひとつだ。
白百合の丘について尋ねても、宿泊客なら目立たないかもしれない。
「……会えるといいね」
「そうだな……」
シェリアの髪を見下ろしながら、テオドールは静かに息を吐いた。