元々は大聖堂であったと言われている図書館"プラタナス"。
外観こそ当時の姿が残されていたが、中身はそれなりに改築されていた。しかし、緻密な彫刻が施された柱頭や柱同士をアーチで繋いだ高い天井などは、そのままにされている。
扉をくぐってすぐ手前。
前室の両サイドに設置された受付カウンターで管理者について問い掛けたテオドールは、にべもなく断られてしまった。
「大変申し訳ありません。お取次ぎは致しかねます」
カウンター内の女性は心底申し訳なさそうにはしていたが、テオドールとしてはそれでは困った。だが、食い下がったところで意味がないことは分かる。眼前の女性には何の非もないのだ。
物言いたげにしながらも引き下がろうとした彼に対して、女性は声を潜めた。
「……あの、いらっしゃる場合もありますので、お待ちになりますか?」
その提案に、ふたりは顔を見合わせた。
できれば、会って話がしたい。
しかし、受付では取次ぎができないらしい。
それならば、折衷案が必要だろう。
姿を見せるかどうかは分からないが、試しに図書館で待ち伏せることにした。
当然ながら、ぼんやりと待つ訳ではない。
ここには、あらゆる場所からさまざまな本が集まっている。
いわば、情報の宝物庫だ。
何らか意味のある情報が手に入る可能性もある。
しかし、魔女については口伝えに残す者さえも疎らだ。
テオドールとしては、精細な記録が残されているとは思えなかった。
僅かばかりの望みを書物にかけるより他になかっただけだ。
長机に運んだ本を読み漁り始めて、二時間が経過した頃のこと。
「……テオ」
小さな声で呼ばれたテオドールは、ゆっくりと顔を持ち上げた。
向かいに座っているシェリアが、手元にあった本の向きを変えて彼に差し出す。
「……すごく、昔のことで……」
彼女の、ささやくような小声はいつも通りだ。だが、静かな場所では難なく聞き取ることができる。
「本当なのか、どうなのか、わからないんだけど……」
「構わない。どれだ?」
「えっと、ここ……」
遠慮がちにシェリアが示したページには、確かに"魔女"の文字があった。
それは魔法使いに関する歴史書のようなものだ。
そこには、かつて戦争に協力したとされる魔女のことが書かれている。
元より、人里には住んでいなかったこと。
どのような魔法使いよりも、強大な力と術を操っていたこと。
そして、戦争後には脅威になり得るとして処刑されたこと。
後々、魔法を扱う者達が迫害を受けるようになり、一部の国では魔法使い狩りまで行なわれたこと。
そんな、ありふれたと言ってしまえば確かに何の変哲もない記述が続く。
「……身勝手なものだな」
テオドールは思わず、そう呟いていた。
力を貸してくれと懇願しておきながら、用済みとなれば処刑したということだ。
「……うん」
本をゆっくりと手元に戻したシェリアは、曖昧な調子で頷いた。
「テオは……どう思う?」
「何がだ?」
「魔法のこと……怖いって、思う?」
シェリアの問いに、テオドールは言葉に迷った。魔法は、決して身近なものではない。だが、魔法道具については、使い方さえ間違わなければ便利であるとは認識している。
花の街を覆い、温室を作り上げていたガラスのドーム。
そして、街道に設置されていた魔物除けもそうだろう。
魔法道具であろうことは確かだが、生活を支えるための役割を担っている。
特に、魔物除けがなければ、街道ではもっと魔物による被害が出ていた可能性が高い。
「……使い手次第だな」
テオドールは緩やかに息を吐き出した。
魔法も魔法道具も、刃物と似たようなものだと思えたのだ。
使い方次第で、そして使い手の思惑次第で、道具はどのようにでも扱える。いかなる道具であったとしても、その道具自体に罪はないのだ。包丁一本にしても、使い方を誤れば人を傷つけてしまう。
シェリアは静かに頷いた。
そこから更に二時間ほど、二人は黙々と本を読み続けた。
しかしながら、どうにも役に立ちそうな記述は見つからない。
眉唾ものの魔法使い探しの方法や、真偽不明のまじないの類。魔法使いを見分ける方法に、魔力の遺伝について──知識としては有益だが、魔女自身には繋がらない。
「シェリア」
とうに夕暮れも過ぎて、図書館内の人間も疎らになっていた。
しかし、管理者と思わしき男は現れない。
低い声を出したテオドールは、「休むか」とシェリアに問い掛けた。
だが、シェリアは小さく首を振る。
「……私も、知りたいの。……知らなきゃいけないような気がして……」
答えながらも、シェリアの声はどんどん尻すぼみになっていった。
彼女自身、何かしなければならないと焦っている部分があるのだ。
少しでも魔女に近付くために、今のこの時間を無駄にしないために。
できることがあれば、と。
だが、テオドールは手元の本を閉じてしまった。
「無理は禁物だ。そろそろ頭も働かなくなるぞ」
「……うん」
「また明日、ここで待とう。待つ間に読めばいい」
「……うん」
シェリアは、本を戻すために歩き回っている司書を見遣った。
ここの司書は女性ばかりだ。
利用者側ではない男性が入れば、わかりそうなものだろう。
金の髪を持つ魔女──いつから存在していて、いつから非道な行いを繰り返すようになったのか。
ゆっくりと本を閉じたシェリアは、落ち着かない気持ちを胸に押し込んで立ち上がった。