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罪びとが罪びとを裁くだなんて、滑稽だわ。
あなた達、自分だけは正しいと思っているのね。
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街道は人の目が多い。
万が一、シェリアを魔女だと誤認する者と遭遇しては厄介だ──。
テオドールのそんな判断により、ふたりが進む道の大半は森だった。
しかし、目的地が街である以上、街道から大きく外れるわけにもいかない。そのため、街道沿いの林や少し離れた平原などを進むのは、いつものことだった。
「──魔物ではないな」
疎らに木が生えている林の中、街道から姿が見えない程度に入り込んで進んでいた時だ。倒れた何かが見えてきた。
シェリアを背に庇いながら近づいたテオドールは、それが魔物ではないと知って眉を寄せた。
魔物ではない。だが、普通の動物でもないのだ。
顎先に届くほど異様に伸びた牙。
片方だけが際立って伸び、湾曲した角。
大きく盛り上がった蹄。どろんと濁った眼球は、赤黒い。
それは、異形化した動物だった。
「……大丈夫?」
背後に隠したままのシェリアが声を出す。
その声は、やはり不安がっている。
テオドールは、静かに息を吐きながら振り返った。
「ああ。だが、早々に離れるぞ」
異形の死に方は、狩りによるものではなさそうだ。
しかし、捕食された痕跡もない。
病死というには、場所が不自然だ。野生の動物であれば、弱った体で動き回ることなどしない。
「触るなよ」
恐々と死体を窺う彼女に釘を刺したテオドールは、その手を引いて足早に遠ざかった。歩幅が合わないシェリアは、半ば駆けるようにしてついていく。
テオドールがその様子に気が付いたのは、死体から幾分か距離を取った頃合だった。
「……ああ、すまない」
ゆっくりと歩調を緩めて手を離す。
テオドール自身、気を急いている自覚はあった。
魔女に襲撃された港街に早く行かなければと思う気持ちは強い。
異形と化した動物についても、魔女の仕業ではないかと思っている。
だとすれば、魔女はすぐ近くにいるかもしれないのだ。
「ううん。大丈夫だよ」
引っ張られる形で後方からついて来ていたシェリアは、やっと彼の隣に並んだ。
彼女の頭に乗っていたフードは、既に落ちている。
だが、人の目さえ気にならないのであれば、テオドールとしては過ごしやすさを選んで欲しかった。
本来、普通の少女として生きる権利があったのだから──。
「お前は、いつもそう言うな」
いいの、平気、大丈夫だとそう言って頷くばかりの少女は、少し疲れた程度では文句ひとつ漏らさない。元々は魔女だと誤認した自分の落ち度であると考えているテオドールからしてみれば、少し困らせてくれる方が楽だった。
こうして旅を、それも魔女の痕跡を追う旅を続けていれば、彼女が魔女だと罵られる機会は多い。
ひっそりと暮らしていれば、罵倒も謗りも中傷も、受けずに済むかもしれないはずなのに、だ。
テオドールは後悔をしながらも、未だ彼女を置き去りにはできないでいる。
彼女にとって安全な場所というものが、思い浮かばないせいだった。
そしてそれを、彼女と離れないための言い訳にしてしまっている。
「だって、大丈夫だもの」
「そうではない場合も、言ってほしいものだが」
「うん。言うよ」
大丈夫だと笑うシェリアを数秒ほど眺めたテオドールは、ゆっくり前へと顔を向け直した。
テオドールが彼女と旅を始めた理由は、いくつかある。
彼女を魔女ではないかと疑う部分が残っていたこと。
仮に魔女ではないとしても、何らかの繋がりがあるのではないかと考えたこと。
魔女として狙われやすい彼女が傍にいる方が、魔女の情報を得やすいと思ったこと。
そして、いつしか別の理由が出来た。
彼女の居場所を奪ってしまったという、罪悪感だ。
シェリアと過ごすうち、テオドールの中にあった疑惑はほとんど失われていた。
それどころか、彼女が魔女ではないように、どうか関係などないように──そう願うようになっている。
「……だと、良いのだが」
しかし、街を出てからというもの、歩き通しだ。
それも整備された街道ではなく、多少開けているとはいえ、獣道が伸びている林の中を強引に進んでいる。
隣に視線を落としたテオドールは、次に木々の枝に遮られた空を見上げた。
夕暮れが訪れる前に、野営の準備をしたいところではある。
地図を取り出したテオドールは、大体の距離を確認してからシェリアを見遣った。
「今日のところは一旦休むぞ。明日には港街につくはずだ。街道に下りるが、構わないか?」
「うん。大丈夫だよ」
ほら、また言ったぞ──テオドールは苦笑いを浮かべて地図を差し出した。
地図を受け取ったシェリアは、くるくると方向を変えて眺め始める。
最初こそ地図が全く読めなかった彼女も、今では方角さえ掴めれば分かるようになっていた。
テオドールは街道から大きく外れないように気を配りながら、周囲に水の気配を探した。草や木々の中に、僅かばかり水の匂いがしている。近くに水源があるはずだ。
木の幹や大きくせり出した根元を見ても、魔物のものと思わしき痕跡は見つからない。街道に近いためか、はたまた別の理由があってのことか。
ともあれ、今のところは魔物の気配も痕跡も全くなかった。
「ここにしよう」
小さな川を見つけたテオドールが声を掛けた時、空は僅かに赤みが掛かり始めていた。