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人も動物も関係ないわ。
だって、あなた達、みんな死んじゃうでしょ?
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その女は──魔女は、まるきり少女のようだった。
頼りない薄い体つき。ほっそりとした手足。発育途中らしい腰のライン。
人形のように整った顔立ちは、あどけなさを残している。
唇は、薄らと色付いた桃色。まだ、なだらかで幼げな膨らみを帯びている頬。
年端もいかない少女そのもの――それが、テオドールが魔女に抱いた最初の印象だった。
薄い身体が纏う白いワンピースが返り血に塗れてさえなければ、彼は眼前の少女を異端だとは思わなかっただろう。
風に揺らぐのは、赤々と染まったワンピースの裾だけではない。
斜陽を受けて美しく染まる金。腰にも届くほど長いその髪が、さらさらと揺れては落ちる。
『――あなた、何に怒っているの?』
薄く色付いた唇から奏で出されるのは、見た目に反することのない少女らしい高い声だった。まだ甘くて不安定で、無邪気さを残している。しかし、口調に幼さは感じられない。
テオドールは何も声を返さずに、僅かな違和感に対して眉を寄せた。
『あなた達が花を手折ることと何が違うの? あなた達が獣の皮を剥ぎ、魚を食べるようなものだわ』
金色の瞳を細めて笑った少女は、生々しい血が滴る手を持ち上げた。
つい今し方まで生きていた身体から溢れた赤色だ。
口の中を切ったのかと思うほど、生臭い鉄のニオイが鼻につく。
少女は、魔女は、ただ穏やかに微笑んだ。
『あなた達だって、人を殺すでしょ? 戦争や懲罰やあだ討ちだ――理由なんて、いくらでも作ることが出来るわ。同じことよ』
少女がゆっくりと腕を振るう。その動きに応じて飛び散った赤色が、周囲に落ちた。
ひと瞬きの間に、少女が纏うワンピースに純白が戻る。
ほっそりとした手も、赤に染まるどころか濡れてさえいない。
一歩を踏み出したその足先が捉えたのは、地面ではなく空中だった。まるで見えない階段を踏んで進むかのように、少女は易々と空を歩く。
『私ね、退屈していたの』
空中を歩く少女は、他愛のないことのように告げた。
それこそ、まるで森で花を摘む理由を述べているかのようだ。
テオドールは、先を失った剣の柄を握り締めた。
『だから、この村でひとりだけ残してあげるのよ』
『追いかけてみて』
『これはお遊び』
『あなたと私の鬼ごっこよ』
剣の柄が、手の中から滑るように抜ける。
乾いた音を立てて地面に落ちる音が耳に届くものの、テオドールは動けない。
今まさに、家族の敵が消え去ろうとしているのに、足裏は地面に縫い付けられたかのようだ。
動けない。動かない。
空中で小さく跳ねた少女は、まるで白い煙となって消えたかのように、その姿を掻き消した。
それはひと瞬き──たった一瞬の出来事だ。