魔界の繁華街にあるサキュバスたちの社交場は、まるで闇を切り裂くように、ピンクのネオンが鋭く点滅し、紫の照明が揺れ動いては場内を不規則に照らしている。闇の中で、それぞれの魅力を引き立てる装いに身を包み、挑発的な笑顔を浮かべるサキュバスたちの姿は、さながら美しく咲き誇る花々の集まりのようだ。彼女たちは優雅な仕草で周囲の椅子やソファに腰を下ろし、それぞれの「最新の男」について得意げに語り、楽しげな笑いを響かせている。
「この前の男、スタイルはいまいちだったけど、エネルギーの質が最高だったのよね!」と、一人のサキュバスが派手な装飾が施された淫紋を見せびらかすように語ると、周囲の仲間たちが一斉に「いいなあ。」と羨ましそうに色めき立つ。
また別のサキュバスは、細身の体にぴったりとフィットした大胆なドレスを着こなして「私はやっぱり筋肉質な男じゃないとダメ。鍛え抜かれた肉体が躍動するさまを見てると、つい引き込まれちゃうの。」と、自信たっぷりに話し、周りのサキュバスたちが楽しげに笑い声を上げる。その肌には、彼女の誇る淫紋が妖しく輝き、まるで自分の経験値を誇示するように煌めいていた。
だが、その一角で、リリスはどこか所在なさげに静かに座っているだけだった。彼女の前に置かれたグラスはいつの間にか空っぽで、氷がゆっくりと溶けている。ふと下腹部の淫紋を見やると、それは他のサキュバスたちと比べ物にならないほど粗末で、かすかで頼りなく、まるで今にも消えそうな光を放っている。彼女の視線は下がり、空虚な気持ちが胸を支配していた。
「リリス、最近どう?いい男見つかった?」
隣に座っていた艶やかなサキュバスが、意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてきた。その顔立ちは華やかで、気位の高そうな輝きを放っている。リリスは一瞬だけ動揺し、言葉に詰まるも、なんとか作り笑いを浮かべる。
「……まあ、ぼちぼち、ね。」と返すが、その声はどこか空々しく、自信の欠片も感じられない。
彼女は内心、答えたことをすぐに後悔した。相手がふと口元に薄笑いを浮かべ、「そうなんだぁ。」と興味なさげに返すと、隣のサキュバスに目配せし、次の瞬間、くすくすと小さな笑い声を漏らす。
「でも、そんな淫紋で本当に大丈夫なの?長生きできないわよ?」と、耳に痛い言葉が聞こえた。彼女たちはまた一斉に笑い、まるでリリスがそこに存在していないかのように話し続ける。
リリスは思わず唇を噛みしめ、顔を伏せた。その心の中には、空っぽのグラスが象徴するような、どうしようもない無力感が広がっていく。笑い声が遠くから響いているように感じながら、自分だけが場違いな場所に立っているような感覚に陥っていく。
その夜、居心地の悪さと虚しさを抱え、リリスは唯一の心の拠り所であるアスモデウスの元を訪ねた。彼の屋敷は、魔界でも一際異彩を放つ神秘的な空間で、厚みのあるカーテンや重厚な調度品に囲まれている。そこに漂う香りは、彼女の心を落ち着かせると同時に、どこか別世界にいるかのような不思議な感覚をもたらしてくれる。
リリスが部屋の前で軽く息を整え、「失礼します。」と、控えめに声をかけると、アスモデウスはゆったりと椅子に腰掛け、穏やかな笑みで彼女を迎えた。その落ち着いた眼差しが彼女に向けられると、リリスの心は少しだけ安らぎを感じた。
「また何か悩んでいるのか、リリス?」
アスモデウスの声は柔らかく、彼女の不安を包み込むようだった。その声を聞くと、心の奥底に溜まっていたもやが少し和らいだ気がする。彼に近づき、リリスは自分でも知らぬ間に小さく震える肩を落とし、絞り出すように言葉を紡いだ。
「先生、あたし……このままでいいんでしょうか。」
リリスの声には、酒場で抑え込んでいた寂しさと、誰にもわかってもらえない孤独がにじんでいた。アスモデウスは何も言わず、ただ黙って彼女の頭を優しく撫でた。その仕草には、父親のような愛情が込められているようで、リリスはその手にほんの少しだけ、安心感を覚えた。
「わかってるんです……あたしが自分の運命から逃げ続けている代償が、この未熟なままの姿だってことくらい。」
その言葉はリリス自身の心にも重く響き、言葉にするたびに胸が締めつけられるようだった。自分は、他のサキュバスたちのように自信に満ちた存在にはなれないのだという事実が、彼女の心に深く根を下ろしていた。
「リリス……」
アスモデウスは、彼女をそっと抱きしめ、静かな声で言葉を紡いだ。
「お前は自分を責めすぎている。確かに、未熟であることには苦労も伴うが、それを抱えながらも前に進み続けることに意味があるんだ。」
彼の言葉に、リリスはわずかに救われた気持ちになったが、それでも胸の中の虚しさは完全には消えなかった。
「でもあたし……このままじゃ、ただの半人前のサキュバスでしかいられない……!」
その言葉に、アスモデウスは優しい表情でリリスの肩をそっと包み、少し間を置いてから言った。
「お前が運命の相手を見つけ、行為を果たせば、お前の淫紋も覚醒する。そうすれば、道は開けるだろう。」
「……運命の相手?」
リリスはその言葉を繰り返し、おとぎ話のように聞こえるその言葉にふっと力を失ってしまった。そして軽いため息をつき、「そんな都合よくいくなら、最初から苦労しませんよ。」とつぶやき、肩を落とした。
アスモデウスは小さく笑い、「リリス、都合のいいことなんて、ほとんど起こらないものだ。」と言って、リリスの頭を優しく撫でた。その笑顔には、どこか含蓄のある温かさが滲んでおり、リリスの心にわずかな救いをもたらしたのだった。
リリスは小さな溜息をつき、揺れる瞳でアスモデウスを見上げていた。彼の冷静で穏やかな視線は彼女を慈しむように捉え、リリスの焦燥や不安さえも飲み込んでしまうかのようだ。