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第3話:黎明の彷徨い人(3)

二人は探偵事務所を出て、しばらく並んで歩き始めた。街には冷たい風が吹いていた。気付けば空はどんよりと曇っていて、重苦しい空気が立ち込める。街はどこか静まり返っていて、車の音や遠くから聞こえる人々の話し声が時折聞こえるだけだった。アポロは何度かアビゲイルに視線を向けたが、彼女は黙ったままで、何かを考えている様子だった。


ふと、アポロが口を開いた。


「アガタさんとの暮らしって、どんな感じでしたか?」


アビゲイルは少し驚いたようにアポロを見たが、すぐに正面に視線を戻した。


「そうですね。彼と暮らすようになってから、何かが変わりました。それまで、私は本当に……一人だったんです。」


「一人?」と、アポロが聞き返すと、アビゲイルは苦笑を浮かべた。


「ええ、友人もあまりいませんし、恋人もいませんでした。仕事ばかりで……。でも、それも、特に寂しいとは感じていなかったんです。慣れてしまっていたのかもしれませんね。」


アポロは静かに頷きながら、彼女の言葉に耳を傾けた。彼女の声にはどこか感情がこもっておらず、当事者意識が欠如している。


「でも、アガタが家に来てからは何かが変わり始めました。何気ない毎日を誰かと一緒に過ごす時間ができて、温かい気持ちになれたんです。」


アビゲイルは胸の前で手を握り、当時の様子を話している。その声は、先ほどとは打って変わっていきいきと弾んでいた。


「彼は最初、ほとんど言葉を交わさなかったんですけど、それでも、不思議と心が落ち着いたんです。誰かが家にいるっていうだけで、こんなにも変わるものなんだって、その時初めて気がつきました。」


アポロは彼女の変化に驚きつつも、彼女の気持ちに寄り添うように頷いた。彼自身、ふとした瞬間に孤独を感じることがある。特に街を歩いているとき、周囲の人々が家族や友人と楽しそうに過ごしている姿を見ると、自分だけが取り残されているような感覚に襲われることがあった。アポロはその心の隙間を埋めてくれる存在が現れたら、どれほど嬉しいだろうと考えていた。


「アガタさんとの時間は、特別だったんですね。」


アビゲイルは少し考え込むようにしてから、微笑んだ。


「ええ。彼と一緒にいると、心の欠けた部分が埋まっていくようでした。そこにいてくれるだけで安心できる。そんな相手って、そうそういないですよね。」


アポロは彼女の言葉に深く頷いた。アビゲイルにとって、アガタはただの同居人以上の存在だったのだ。友人以上の、恋人のような、もっと不思議で複雑な絆。それが失われた今、彼女がどれほどの孤独を感じているのかを思うと、胸が締め付けられるようだった。


「私、また一人ぼっちになるのが怖いんです。」


アビゲイルの声は震えていた。彼女はずっと、その不安を抱えていたのだろう。アポロは一瞬、どう言葉を返せばいいか迷ったが、やがて静かに口を開いた。


「アビゲイルさん。俺たちは必ずアガタさんを見つけます。だから、もう一人で悩まないでください。俺も、所長も、全力でサポートします。」


アビゲイルはその言葉を聞いて、一瞬驚いたようにアポロを見た。しかしすぐに、彼女の顔に少しだけ柔らかな表情が戻った。


「……ありがとう。」


そうして二人は再び静かに歩き始めた。ゴミ捨て場へ向かう道のりは、まだ続いていたが、その短い会話の中で、少しだけ彼女との距離が縮まったような気がした。アポロは、彼女の孤独を理解しようと努めながら、何とか力になりたいと思った。


——————————


アビゲイルが「ここです。」と小さく呟いた。


ゴミ捨て場は薄暗い路地裏の壁際に設置されていた。青や緑の様々な色のごみ箱が並び、膨れ上がったゴミ箱の蓋の隙間からは半透明の袋の端が見えている。路地裏に足を踏み入れると、そこは薄っすらと湿っていて、壁は品のない落書きと大人向けの広告で埋め尽くされている。アポロは居心地の悪さを感じ、息苦しくなった。


「夜遅くに女性一人でこんなところに?」


アビゲイルは目を伏せて何も答えなかったが、やがてゴミ箱の並んだ場所で足を止めた。


「アガタとは、ここで出会いました。」


アビゲイルは当時の様子をアポロに丁寧に語った。アビゲイルは近くのバーで深酒し、体が浮いているような感覚だったという。ズキズキと頭が痛み、瞼は重い。一刻も早く家に帰りたいと思っていた。そんな時、街灯もない路地裏から、激しい雨音に混じって咳き込むようなうめき声が聞こえた。アビゲイルは暗い路地裏に足を踏み入れ、スマートフォンのライトで目の前を照らした。そこには、顔の腫れあがった若い男が捨てられていたという。


「今思えば、あの時も彼は悪いことをしていたんでしょうね。」


アビゲイルは地面に視線を落としたまま、脳裏に焼き付いた当時の光景を見つめているようだった。


「……ごめんなさい。大したことを思い出せなくて。」


アビゲイルは手を体の前で握り、目を伏せている。体はかすかに震え、顔色が悪い。


「一度事務所に戻りましょうか。」


アポロの提案に、アビゲイルはこくりと頷く。


ゴミ捨て場を去ろうとしたアポロとアビゲイルは、予想外の光景に目を奪われた。路地裏の出口に、こちらを見つめる人影があった。そこに立っていたのは、間違いなくアガタだった。彼は疲れ切ったように肩を落とし、薄汚れた服をまといながら、ぼんやりとこちらを見つめている。アビゲイルは驚き、思わず口を開いた。


「アガタ!」


その声に反応して、アガタはぎょっとしてこちらを見たが、すぐに背を向けて逃げようとした。アポロは一瞬で事態を察し、すぐにアガタの前に回り込もうと駆け出した。


「待ってください!」


アポロはアガタをなんとか確保しようとしたが、次の瞬間、彼の足元がすくわれ、重力に引っ張られるように地面に倒れ込んだ。アガタが手際よくアポロの足をかけたのだ。アポロが地面に倒れ込むのと同時に、アガタは素早くアポロの鞄を引き寄せて、力ずくで奪い取って走り去ってしまった。


「くっ……!」


アポロは悔しさに顔をしかめながら体勢を立て直したが、アガタはすでに遠くへと逃げていた。アビゲイルが駆け寄り、不安そうにアポロを見下ろした。


「大丈夫ですか?」


「なんとか。でも、彼を逃がしてしまいました。」


アポロはすぐに状況を整理し、ポケットに入っていたスマートフォンでリカルドにすぐさま連絡を取った。リカルドの冷静な声が電話越しに響くと、今起こった状況を手短に報告する。


「落ち着いて、アポロ。アガタの行方をすぐに特定する。ちょっと待ってね。」


アポロはリカルドの用意周到さに驚きつつも、安堵の表情を浮かべた。


「今から位置情報を送る。すぐに確認して。」


リカルドからの指示を受け、アポロはスマートフォンの読み込み画面を見つめていた。そして、アビゲイルに視線を向け、落ち着いた声で彼女に呼びかけた。


「アビゲイルさんは事務所に戻っていてください。」


「いやです。私も連れて行ってください。」


「必ずアガタさんはお連れします。あなたを危険に晒したくないんです。」


「それでも、やっとアガタに会えたんです。ここで諦めたら、二度と会えない気がするの。どうか、お願いします。」


アポロはアビゲイルの真剣な眼差しに気圧され、何も言い返すことができなかった。アポロはアビゲイルと一緒にアガタの追跡を始めた。画面上に表示された信号は、街外れの治安が悪い地域に向かっている。


彼らは急ぎ足でその場所へ向かい、やがて廃れた工業地帯へとたどり着いた。薄暗い空の下、廃工場が無造作に立ち並び、不気味な静けさが漂っていた。


「ここですか……?」


アビゲイルは不安げに辺りを見回し、声を震わせた。アポロも慎重に周囲を確認しながら、頷いた。


「GPSの信号はこの中です。アガタさんがいるのは、この廃工場のどこかです。」


工場の鉄製の扉は錆びついており、ところどころ穴が空いている。彼らは音を立てないように注意しながら、工場の中へと足を踏み入れた。内部は暗く、古びた機械や工具が散乱している。窓から差し込む薄い光が、埃の舞う空間をかすかに照らしている。


「こんなところに何の用が……?」


アポロは声を潜めながら、アビゲイルと共に慎重に進んだ。物音一つしない静寂の中で、彼らはアガタの姿を探し続けた。


やがて、工場の奥から微かに動く影が見えた。アガタだ。彼は周囲を警戒しながら、工場の奥へと進んでいく。アポロとアビゲイルは息をひそめながら、彼を追跡した。

アポロとアビゲイルがアガタとの距離を詰めていくと、複数の男たちの声が聞こえてきた。冷たい、無情な響きがアガタを追い詰めていた。


「アガタ、お前はいつまで経っても変わらないんだな。」


軽蔑の含まれた声だった。その男は大きなため息をつくと、アガタにねちっこく説教を始める。


「約束の一つも守れないくせに、自分だけはいい思いをしたいなんて甘すぎる。そんなことだからお前は誰からも信頼されないし、これっぽっちの金も集められねえんだ。」


そこにはアガタの他に男が三人いた。リーダー格らしき男はアポロのカバンから財布を抜き出し、中身を確認して後ろに投げ捨てた。


アガタは男の取り巻きから羽交い絞めにされていて、もう一人の取り巻きから顔を殴られる。骨のぶつかる鈍い音がする。


「す、すみません……もう少し、時間を……」


アガタの声は焦りに満ちていた。必死に頭を回転させ、状況を打開しようとしているようだ。


「役立たずに時間を与えて何になる。考えがあるなら言ってみろ。」


「それは……」


「もういい、喋るな。お前と話すと虫唾が走る。」


男は不機嫌にそう吐き捨てるが、何かを思い出したのか、いやらしい笑顔でアガタに向き直った。


「ああ。そうだ。お前、女がいたっけな。そいつに泣きついてこい。」


「えっ……?」


「何の文句も言わずお前を養ってくれたんだ。何回か抱いてやれば金くらい出すだろう。」


「彼女は関係ありません!」


アガタは反射的にリーダー格の男に反論した。すると、その態度が男の反感を買った。リーダー格の男は上着の懐から銃を取り出すと、アガタの額に突きつけた。


「お前、自分が手段を選べる立場だと思うなよ。」


男の目つきは先ほどとは比べ物にならないくらい冷酷なものに変貌していた。


「こっちが温情をかけてやろうってのに、調子に乗りやがって。」


男は銃の安全装置を外すと、アガタの太ももに弾丸を撃ち込んだ。


「ぐああ!!」


アガタは苦痛に顔を歪め、恐怖にまみれた叫び声を上げると、片膝をついた。


「決めた。お前をぶっ殺して女をさらう。お前が稼げなかった分、どんなことをしてでも稼いでもらおう。」


痛みをこらえて這いつくばるアガタの髪の毛を掴んで顔を上げさせると、男はアガタを睨みつけた。アガタは何か反論しようとしているが、激しい痛みと混乱で、ひゅうひゅうと喉が鳴っているだけだった。


アガタの危機に、アビゲイルの心臓は早鐘のように鳴り、体中に怒りの感情が湧き上がった。


「あばよ。」


男が引き金を引こうとした瞬間、アビゲイルは物陰から飛び出した。彼女が男に飛びかかると、弾丸の軌道が逸れ、彼女の肩を貫いた。アビゲイルは悲鳴を噛み殺し、小さく唸った。


「アガタ……!」


アビゲイルの声が静かな工場内に響いた。アガタは一瞬動揺したが、すぐに目をそらし、逃げ出そうとする。


「約束……したでしょ。刑務所で罪を償って、また二人でやり直すって……」


アガタはアビゲイルを見返し、何も言えないまま黙り込んだ。アビゲイルは息を荒げながら、冷静にアガタに問い続ける。


「私を裏切ったの……?」


アビゲイルの声は震え、彼女の拳は固く握られていた。


「……信じてた。私はずっと、あなたを信じてた……」


アガタは口を開こうとしたが、声が出なかった。彼の背後にいた男たちは、アガタを見下して嘲笑った。


「噂の彼女か。こんな健気な女の子の信頼すら裏切るなんて最低だな。」


「か弱い女の子に守ってもらわないと何もできないのかよ。だっせえな。」


取り巻きの男たちはアガタにそう吐き捨てて、下品に嗤った。


「お嬢ちゃん。君には同情するけど、重要な時に割り込んできちゃいけねえよ。」


リーダー格の男がそう言いながらアビゲイルに近づいてきた。彼の目は冷たく、明らかに彼女を排除するつもりだった。銃口はアビゲイルに向いている。アポロはようやく我に返り、地面を蹴った。


アポロは銃の軌道が誰もいない方向に逸れるように男の腕を固定すると、彼の膝裏に前蹴りを入れて彼を後ろから押し倒した。


「逃げて!」


その言葉に弾かれるようにアビゲイルは物陰に身を隠そうとするが、取り巻きの男たちに足を掴まれて引き戻される。アポロはリーダー格の男の銃を蹴り飛ばし、すぐさまアビゲイルの救出に向かった。


「彼女を離せ!」


アポロは叫びながら彼女を庇うように前に出た。だが、相手は数が多く、彼一人で全員を止めることは困難だった。


アポロは懸命に戦った。相手の攻撃をかわし、必死に反撃しようとするが、数の多さに圧倒され、少しずつ追い詰められていった。


その瞬間だった。鋭い痛みが彼の腹に走り、ナイフが深く刺さったのを感じた。しかし、アポロは気力と責任感に突き動かされ、ナイフが刺さったまま男たちをなぎ倒してアビゲイルを奪い返してコンテナの陰に隠した。


アビゲイルは満身創痍のアポロを見て、恐怖と絶望に包まれた表情で体を固くした。アポロは彼女を怖がらせないように、必死に痛みをこらえながら、彼女の肩に手を添えて微笑んだ。


「大丈夫……」


だが言葉とは裏腹に、彼の体は力を失い、視界がぼやけ始めた。男たちは腹を刺されても立ち向かってくるアポロを警戒し、距離を取っていた。


アポロは限界に近づいていた。腹に突き刺さったナイフの感覚が徐々に麻痺し、血に濡れた足元が滑ってぐらつく。アビゲイルを守ろうとする意志だけが彼を支えていたが、それもいつまで持つかわからなかった。


その時、アポロは視界の端から小石が飛んでくることに気が付いた。しかし、それを避ける体力すらなかった。小石がアポロに直撃した瞬間、それは激しい爆発を引き起こし、彼の体が宙を舞った。アポロは地面に叩きつけられ、意識が薄れる中、周囲の声と動きが遠ざかっていくのを感じた。


「アポロ!」


絶望に満ちたアビゲイルの叫び声が響くが、もはや反応することもできない。


「アガタよお、お前も金さえあれば、俺たちみたいになれたのにな。」


リーダー格の男が嘲笑交じりにそう言いながら、背後に控える男たちに合図を送る。すると、別の男が地面に落ちている資材の破片に手を伸ばす。資材は魔法にかけられたように、鋭利な刃物に姿を変えた。男はそれを倒れたアポロの胸に躊躇なく突き刺した。アポロは激しい痛みに呻き声を上げ、彼の視界はさらに暗くなっていった。


その時、工場の窓を突き破って二つの人影が舞い込んだ。ガラスの破片が宙を舞い、男たちは驚いて一瞬動きを止めた。新たに現れた人物たちは、信じられないほどの速さで動き、瞬く間に三人の男たちを追い詰めていく。


「何だ……?!」


男たちは状況を把握する間もなく、次々と倒されていく。男たちと戦っていたのは、一人は金髪で大柄な男性、そしてもう一人はピンク色の髪が特徴的な華奢な女性だった。金髪の男性は拳ひとつで男たちを次々と地面に叩きつけ、女性は鋭い動きで背後に回り込んで彼らに針のようなものを突き立てて無力化していく。彼らの攻撃は迅速で正確だった。


アポロは朦朧とする意識の中で彼らが敵でないことを感じつつも、もはやそれを確かめることもできなかった。


追い詰められた男たちは動揺し、一か八かで最後の抵抗を試みる。リーダー格の男はアガタの首根っこを乱暴に掴むと、無理やり担ぎ上げた。


「撤退だ!」


男たちはアガタを連れて急いでその場を去っていった。金髪の男は彼らを追跡しようとしたが、ピンク色の髪の女が彼の行く手を阻み、首を横に振った。金髪の男は悔しそうにしながらも納得し、倒れたアポロに近寄ってきた。


「おい、大丈夫か?」


金髪の男がアポロに近づき、手を伸ばす。無力なアポロにとっては、彼の声はとても頼もしく感じた。アポロはその言葉を最後に、意識を完全に手放してしまった。


しばらくして、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。工場内には静寂が戻り、負傷したアポロと震えるアビゲイル、そして新たに現れた二つの影だけが残っていた。


——————————


アポロが目を覚ますと、周囲は白い壁に囲まれた静かな病室だった。驚くほどの静寂が漂い、外からは淡い光が差し込んでいた。身体をゆっくりと動かしてみると、意識を失う直前の激しい戦闘を思い出し、脂汗が滲む。


「……あれ、俺、刺されたよな……?」


男たちから受けたはずの傷はどこにもなかった。腹と胸を触り、傷が癒えていることに気づいたアポロは、奇妙な感覚に包まれた。

その時、ドアが静かに開き、リカルドが入ってきた。彼は柔らかな微笑を浮かべて、病床のアポロに近づいた。


「おはよう、アポロ。よく眠れたか?」


「リカルドさん……?俺、何があったんだ?アビゲイルは、アガタは……?」


アポロは一気に質問をぶつけたが、リカルドは手を挙げて静止させた。


「落ち着け。アガタは取り逃がしたが、アビゲイルは無事だよ。」


リカルドの言葉にアポロは一瞬安堵したものの、まだ疑問は残っていた。自分がどうしてこんなにも早く回復できたのか、そのことが頭を離れない。


「でも、俺……確かに刺されて……」


リカルドはアポロの様子をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。


「どうやら君には特別な力があるらしいね。今回の一件で確信した。普通の人間なら、あんな大ケガには耐えられない。」


リカルドは手に持ったバインダーの資料に目を通し、再びアポロに視線を戻した。


「だが君は、自分の力で傷を癒した。一切の医療行為はしていないよ。」


アポロは目を見開いた。自分の力で傷を癒したという意味がまだよくわからなかった。


「特別な力……?傷を癒した……?」


リカルドは混乱したアポロを落ち着かせるように、微笑みながら彼の肩に手を置いた。


「信じられないのも無理はない。でも、これは君が受け入れていくべき現実のひとつだ。」


アポロはリカルドの言葉を聞いて、自分が普通の人間ではないことを理解しようとしたが、それは容易なことではなかった。体中の傷は治っているのに、頭が痛い。


「僕は確信したんだ。今回の行動を見て、君は優しさ、勇気、誰かを守ろうとする強い意志を持っている。そんな君に、ぜひ紹介したい人物がいる。」


リカルドは頭を抱えるアポロにお構いなしといったように、手元のメモ用紙にさらさらと何かを書き始めた。


「明日の夕方、面接ね。」


リカルドはいつものように飄々と笑っている。彼はメモ用紙をアポロに渡すと、「なくさないでよ」と手をひらひらとさせて病室を出ていった。一人残されたアポロはメモの内容に目を通す。そこには、集合日時と集合場所、そして最後に注意書きがあり、「探偵事務所のロッカーから面接用のスーツを入手しておくように。」と書いてあった。


アポロは経過観察のため、もう一晩を病室で過ごした。彼の心には、これまで感じたことのない不安と混乱が交錯していた。しかし、この瞬間から彼の運命が大きく変わることは、もう避けられない事実だった。

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