目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第47話 『皇宮へ』

 園遊会のあった翌々日、ヘルト商会帝都本部は朝から騒がしかった。


 「マイカさん…◯◯伯爵様の使いの方がお見えになって、手紙と贈り物を…

 マイカさん…次は◯◯男爵様からお届け物が…

 マイカさん…今度は◯◯上騎士様…

 …◯◯様から…◯◯様の使いの方から…」


 商会副会長のロヴィーが一々いちいちマイカの元へやって来ては報告してくる。

 一昨日のマイカの活躍を見たり聞いたりした貴族や上流階級の者達が、際限なくマイカ宛に手紙やらプレゼントやらを送り付けてきているのだ。

 そのマイカ宛の数え切れないほどの贈り物によって、今や商会の1階フロアーは埋め尽くされんばかりの勢いである。


「おいマイカ、何とかしてくれよ…」


 ハンデルが困り果てた様子でマイカに言ってきたが


「そんなの、私だって何とかして欲しいよ…」


 元より、マイカにもどうしようもない。


「ハンデル、大体アンタが名刺を配ったりするからだろ、ここの住所入りの。」


「いや、ああすれば買い物しに来てくれるんじゃないかな、と思ってな…

 まさか、こんな手に出られようとは…」


「…いっそ、これらの品物、ここで売ったらどう?仕入れの手間が省けるじゃん。」


「んなマネ出来るか!

 人からの贈り物を転売って、まともな商人のやる事じゃねえよ。それに、バレたらどうすんだよ?」


「はは…そうだね。しかし、これらの品物は…何と言うか…」


 マイカは贈られてきた品物の箱を一つ一つ開けて中身を見たのだが、贈り主の貴族の家の紋らしき模様を両胸と股間に刺繍したスケスケのドレスや、鍔の部分がやたら前後に長い帽子、牛や豚、羊など家畜をかたどった金のネックレス、キノコ?というか、男根のような形をした壺、等々…


「ああ、本当だ…何で貴族って連中はそろいもそろって、こんなにセンス悪いんだろうな?」


 マイカとハンデル、いや、ヘルト商会帝都本部の職員全員が、立て続けに届けられる贈り物の対応にてんやわんやしているところに、ベルンハルト近衛騎士団長が訪ねてきた。


「頼もう!……と、一体これは何の騒ぎであるか?」


「これは騎士団長閣下、ようこそいらっしゃいました…

 これはですね、一昨日、園遊会での出来事を見聞きされた方々がマイカに贈り物を届けてきていて…

 ああ、また来た……」


と、ハンデルが言ったとおり、ベルンハルトが入ってきた後も、列をなして大きな箱や包みを抱えた人達が訪ねてきていた。


「うむ…確かに困ったものだな。

 直ぐにとは参らぬが、お上に上申して対処致そう。

 さてマイカ殿、摂政殿下への謁見についてであるが、明後日に皇宮へ参られよ。」


「はい。摂政様は一昨日、御体調が優れないということでしたが、御快癒かいゆなされたのでしょうか?」


「うむ、もう御快復なされている。

 突然であったため私も狼狽うろたえたが、何事もなくて本当に良かった…」


と、ベルンハルトが心から安堵した表情で言った。


 (フフフ…本当に心配してたみたいだなベルンハルト君。好きな人が突然倒れたら、そりゃあビックリするわな。)


「…マイカ殿、何をニヤついておられる?」


「…へ?…あ、あっ、いえ…」


「明後日は都合がお悪いのか?」


「いいえ閣下、明後日、ハンデルと共に皇宮へうかがわせて頂きます。」


「うむ。いや、その件については、実はハンデルうじはだな…」


と、ベルンハルトは何故か言いづらそうにしていた。


「ハンデルがどうかしたのですか?」


「うむ。実はハンデル氏については摂政殿下への謁見は叶わぬこととなった。摂政殿下への謁見はマイカ殿のみということだ。

 …ハンデル氏は皇宮内には招き入れるが、別の方が対応となる。」


「え、どうしてでしょう?何か訳でも?」


「うむ、ハンデル氏のみならずマイカ殿も身分を持たぬゆえ、そもそも正式な謁見などは無理なのだ。

 しかしマイカ殿にあっては、秘書官のリーセロット殿が個人的にマイカ殿に用が有るらしいのだ。」


 (リーセロット?あの爆乳美女か!オレに個人的な用って何だろ?)


「…マイカ殿、また顔がニヤついておられるぞ…何やら鼻の下も伸びてるし…」


「え…?あ、これは失礼致しました!」


 (そうだ、オレも今は女だった。じゃあ、オレが思うムフフな理由ではなさそうだ…)


「それでリーセロット殿がマイカ殿と会っているところへ、摂政殿下が偶然…という形をとるらしい。

 しかしハンデル氏には、そのような形を作れないので…という理由らしい。」


 (さてもさても面倒くさいことで…まあいたかたないことであるが。)


「判りました閣下。では、ハンデルにはどなたが会って下さるのでしょう?」


「マフダレーナ侍女長が御対応して下さる。」


「マフダレーナ様が?

 ハンデル、昨日、私と一緒にいた御婦人だよ。」


「ほう!あの御方が侍女長…となれば、皇宮侍女を束ねておいでの人ということか…」


と言ったハンデルの目が、一瞬、輝いたのをマイカは見逃さなかった。


 (…まさかハンデル、コノヤロー、マフダレーナさんを通じて皇宮侍女とお知り合いになろうとか思ってるんじゃなかろうな?)


「うむ、ハンデル氏はマフダレーナ殿に望みを申すがよい。

 ハンデル氏は商人ゆえ、商売上の何かしらの便宜を図ってやろうというのが恩賞らしい。」


「これは!何と素晴らしい御恩賞。これに優るものはございません。」


と言うハンデルの目は爛々らんらんと輝いていた。


 (あ、スケベな下心より、商売の客として皇宮侍女とお近づきになりたい、という方が勝ってるのね?

 どこまでも商魂逞しいな、このハンデルという男は。)


「うむ、喜んでもらえて何より。

 それで、マイカ殿に対する恩賞は、私もハッキリとは聞いておらぬが、おそらくマイカ殿には叙位のはこびとなろう。」


「叙位?叙位とは?」


 マイカは意味が判らず、ベルンハルトに問い返した。


「うむ、おそらくマイカ殿は騎士号を授与され、帝国貴族の列に加えられるだろう。

 摂政殿下にあっては昨日、ベレイド副宰相に新しく平民から一名を貴族に加えるための手続きについて御指示された様子。

 このタイミングにあってはマイカ殿の他はあるまい。」


「ベレイド、副宰相…?あの一昨日の?」


「うむ、そうだ。一昨日、其許そこもとが助け参らせた男の子の父親のベレイド子爵だ。

 何より、そのベレイド子爵が乗り気らしくてな、本来ならば平民からの叙位は、まず最下級の勲士からだが、その上の準騎士の更に一つ上の騎士号を二足飛ばしにマイカ殿に授与すべし!と息巻いておられたと噂になっている。」


「あは…随分、個人的な感情が人事に入っているような…

 …んー…でも……」


「どうしたマイカ殿?浮かぬ顔をして、何か不服でも?」


「はい。…あ、いえ…その…申し上げ、にくいのですが…」


「何だ?はっきりと申されよ。」


「その…大変名誉なことではありますが、私は貴族にはなりたくありません。叙位についてはつつしんで辞退させて頂きます。」


「何と!何故…?平民から貴族に取り立てられるのは途方もなく喜ばしいことであるのに…」


「はあ…私、そもそも貴族というものがよく判らなくて…

 貴族などいない場所から来ましたから…」


「ふーむ…そうか、エルフ達の里には貴族制は無い、ということか…」


 ベルンハルトは、マイカが言ったことをひと合点がてんで、そのように認識したようだ。


しからばマイカ殿は何を望まれる?金銀財宝か?」


「それもあまり…お金は生活出来る分があれば…それに、お金は働いて得るものと思っています。ですので、お金もいりません。」


「ふーむ…では、一体何を望まれる?」


「そもそも恩賞が欲しくてやった訳では…

 クライン村の事や御物盗の件、溺れた子供を助けたのも、何か事があれば首を突っ込みたくなる私の性分からした事なので、本当に何も要らないのですよ。」


「…うむ、マイカ殿の気持ちはよく判った。だが、これ程の勲功がある其許そこもとに恩賞を与えぬなど、考えられぬ。

 何かござらぬか?」


 (うーむ、もはや面子メンツの問題かな?これ以上断ると、むしろ不敬ととられるかも…)


「では何か…そう…形のあるようなものではなく、何かのお願いをさせて頂く事ではいけませんでしょうか?」


「ふむ、なるほど。して、その願い事とは?」


「それは明後日までに考えて私が直接、摂政様に申し上げようと思います。」


「うむ、了解した。マイカ殿にあっては貴族への叙位は辞退したい、代わりに望みを伝えたいらしい、との旨を上申しておこう。

 しかし、殿下が強いて受けよ、と申されたならば断り切れないことは了承なされよ。よろしいな?」


「はい判りました閣下。無理を言って申し訳ございません。」


「いや、謝罪には及ばぬ。

 しかと望みを考えておかれよ。其許そこもとの莫大な勲功に相応ふさわしい望みを。」


「はい閣下。」


               第47話(終)


※エルデカ捜査メモ㊼


 帝国貴族の最下位の階級である勲士には、大きく分けて二種類ある。

 一つは、代々継承しているれっきとした貴族のそれで、小なりとはいえ領地を保有する。

 もう一つは、帝国に何かしらの貢献があった平民に授与される場合で、こちらは単に称号のみを与えられ、領地などは全く与えられない。しかも世襲されないため、一代限りである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?