ここクライン村の村人達は不安の真っ只中にあった。
エルフの美少女が
ただ騎士達は全員が去った訳ではないようで、幾人かの騎士が日に何回か村を訪れ、村の様子に変わりがない事を見届けに来る。
そんな日々が、もう10日ほども続いていた。
村人の誰かが
「何があったのか?」
と尋ねてみても
「正式な発表前ゆえ」
と、何も教えてくれず、ただ、昨日は村人達の為に
それは、固いクッキーのようなパンと塩味の強い干し肉で、かつて
「これは兵や騎士達が遠征の際に携行する
と言ったことから、騎士達が携行してきた自分達の食料を分けてくれたものと判った。
だが、このクライン村の窮状は騎士達が配ってくれた食料の量などでは、とても補えず、このままでは秋を待たずに各戸とも貯蔵の底をついてしまいそうで、何とか秋まで食い
そんな中、ここクライン村に住む10歳の少女ノーラは、一つの決意を胸に秘めていた。
昨日、食料を配ってくれた騎士達は、今日も村に食料を配りに来てくれるという。
その騎士に、ノーラは自ら奴隷となる事を望んでいる旨を申し出るつもりである。
奴隷として我が身を売るつもりであるから街へ連れていって欲しい、または、奴隷庁の役所へ届け出て貰いたい、と申し出よう。
そして自分を売ったお金で、家族を、村を救って欲しい、と申し出よう。
奴隷売買で得た金銭は租税が免除されるから、いくらコロネル男爵でも手出しは出来ないだろう。
もし、自分がまだ子供である、と言われたならば、ここでは10歳になれば納税義務が発生するから、10歳の自分はもう大人だ、と言おう。
ノーラは、そのように考えていた。
そして今日の昼過ぎ、昨日クライン村に食料を配りに来てくれた騎士達が再びやってきた。
しかし、昨日とは様子が違う。
昨日、村に来てくれた数名の騎士達の後ろに、何十人もの騎士達がついてきたのである。
更に、その後に、何十台もの荷車付きの馬車も見える。
その後続の騎士達の中から、黒い大きな馬に跨がった、白い鎧の上から紺色のマントを羽織った非常に逞しい体格の黒髪短髪の騎士が進み出て
「我は帝国近衛騎士団二番隊隊長マルセル・デバッケルである!
此の度は皆に報せを持って参った!
朗報だぞ!皆の衆、集まれい!!」
と、村全体にまで響き渡るような凄まじい大声で言った。
その大声で、何事かと人が集まってくると、そのマルセルと名乗った騎士は、再び大声を放ち始めた。
「悪逆無道の大罪人、コロネルとその一族一党は全ての地位爵位、所領を没収され帝国より追放された!
皆の衆は解放されたのだ!!」
「…え…?」
「コロネル様が…追放…?」
「…爵位も所領も…没収…とは?」
「どういうことだ…?」
圧政下に置かれていたクライン村の人々には、マルセル近衛騎士団二番隊隊長が言ったことが突然過ぎて、にわかには状況が掴めなかったようだったが、マルセルが続けて
「このクライン村を始め、旧コロネル領は帝国直轄領となり、税率は以前に戻す!
そう!一世帯あたり4割だ!!」
と言ったところ、さすがに言葉の意味が理解出来たようで
「なんと!元に戻るのか!?」
「殆ど全部を税に取られることは無くなるんだな!?」
「また、前の豊かなクライン村に戻れるんだ!!」
と、村人達は歓喜に沸き立った。
「だが、今を生きていく食料も銭も足りねえだ。」
その一人の老夫の言葉で、せっかく沸き立った歓喜が消え、村人達は沈み込んでしまった。
「心配するな皆の衆!あの荷車を見よ!!
あの荷車の中に、皆がこれまで不当に徴収されてきた分の金銭と穀物がある!
これより、それを返還致す!!」
マルセルは、沈み込んでしまった村人達に対し、これまでよりも更に大声でそう言った。
「な!何ですと!?」
「ほ、本当だか!?」
「これで飢えずに済むぞ!!」
再び沸き立った村人達に対し、マルセルの言葉は続く
「これは帝国摂政エフェリーネ殿下の思し召しだ!摂政殿下が返還せよと申されたのだぞ!!」
「うおおーーっ!摂政殿下万歳!!」
村人達は一斉に摂政エフェリーネを讃えて叫んだ。
しかし、マルセルが
「待てい!!」
と大声で叫んだため、村人達は不安げな顔になって黙ってしまった。
圧政下に置かれていたせいで、少しの事柄でもビクビクするようになってしまっている。
だが、村人達の不安は適中しなかった。
マルセルが次に発した言葉は更なる朗報だったのである。
「それだけではないぞ!
更に皇帝陛下の特別の御慈悲により、旧コロネル領においては、本年の納税は免除と
もうすぐ収穫の秋だ!皆の衆、
その余りにも法外な幸運に見舞われたことにより、村人達は一瞬、放心状態になってしまったが、やがて我に返り、村人達は地響きが起こるような叫び声を上げた。
「免除!?今年は税を納めなくてもいいんだか!?」
「うおおおーーーっっ!皇帝陛下万歳!!」
「おら達は助かったんだーーーっ!!!」
村人達が歓喜する様子を馬上で満足そうに笑みを浮かべながら見ていたマルセルの視線が、村人達の中に混じっていたノーラの姿を
「村の少女!そなたの名は何と申す?」
マルセルが名を尋ねてきたため、ノーラが
「ノーラです。ノーラと言います、騎士様。」
と答えたところ
「そうか、そなたがノーラ少女か!
直ぐ見つかって、探す手間が
と、マルセルはノーラのことを探していた旨をノーラに伝えた。
「アタシを?アタシなんかに何の御用でしょう?騎士様。」
「うむ!マイカ殿より、そなた宛の届け物を預かってきたのだ!」
「…マイカ?」
「おや?マイカ殿は、クライン村のノーラ少女は友人だと申しておられたと聞いたが…
エルフだよ、エルフのマイカ殿だが!」
「あっ!エルフの…エルフのお姉ちゃん!
はい!エルフのお姉ちゃんはアタシの大切なお友達です!」
「うむ!では、これを。」
マルセルは、マイカがヘルト商会帝都本部においてベルンハルト近衛騎士団長に預けた小さな袋をノーラに渡した。
「あの…中を見ても?」
「勿論良いぞ、ノーラ少女!
それは、そなたの物だからな!!」
近衛騎士の隊長がいきなりノーラに話し掛けたため、何事かと心配してノーラの元へ集まってきた家族と共にノーラは袋の中身を見た。
「わっ、金貨だ!」
ノーラが驚きの声を上げた横で、ノーラの父ルトヘルが
「何と!金貨が5枚も!!」
と、ノーラ以上に驚いていた。
ノーラは、更に袋の中に入っていた、折り畳まれた紙片を取り出して開けてみた。
「…手紙だ…」
果たして、それはマイカからノーラに宛てた手紙だった。
親愛なるノーラへ
この手紙は帝都において
私は今、帝都へ向かっていた途中で出会
ったハンデルさんという商人の元で働いて
いて、袋に入っているお金は給料として貰
ったものです。
ささやかながら、ノーラと御家族に大変
お世話になったことへの御礼です。どうか
受け取って下さい。
そしてノーラ、夢をあきらめちゃダメだ
よ!
あなたの、帝都の学校へ行って、偉い学
者さんになるという、素晴らしい夢を。
そのためなら、お姉ちゃん、いくらでも
力になるからね!
お金も、これからも送り続けます。
夢を叶えたあなたと会える日を楽しみに
しています。
あ、近いうちに、私もクライン村に再び
訪れたいと思っています。
ノーラと御家族にお貸し頂いた品々を返
しに。
その時にもお会いしましょう。
ノーラと御家族のご健康とご多幸を心よ
りお祈り致します。
エルフのマイカより 愛を込めて
聞いていたノーラの父ルトヘルと、何故か近衛騎士団二番隊隊長マルセルも貰い泣きしていた。
(お姉ちゃん……)
マイカからの手紙を
「あの、騎士様方は、いつまでおられますか?」
と、マルセルに聞いた。
マルセルは、彼の従者らしき亜人の男から受け取った白い布切れで鼻を
「うむ!物質の引き渡しや、その他色々と手続きがあるゆえ、3日ほど滞在する予定だが!」
「それでは私もマイカお姉ちゃんにお手紙を書きますので、そのお渡しをお願いできますでしょうか?」
「これ、ノーラ!騎士様に向かって私用の願い事なんて、なんて無礼を!」
と、隣にいたノーラの母ミルテが、ノーラを
「ノーラ少女の
その用件、むしろ我らには喜ばしい!マイカ殿に直接会う、良い口実になる!!」
と、マルセルは快諾してくれた。
「騎士様、騎士様はマイカお姉ちゃんに会ったことはないのですか?」
「うむ!実はそうなのだ、まだ会っていない!
真っ先に会って礼を言わねばならぬ立場の者が、情けないではないか!!」
「礼…?騎士様がお姉ちゃんに御礼を…?」
「うむ!実は…お、そうだ!
エリアン!!エリアンは
マルセルが凄まじい大声で名を呼んだところ、騎士達の一団の中から白馬に乗った茶色い髪の騎士がやってきて、マルセルとノーラの前で馬を降りた。
「は!マルセル隊長、エリアン参りました!」
「おう、エリアン!この少女がマイカ殿の友人のノーラ少女だ!!」
「そうか、君がかのマイカ殿のご友人か!
まだマイカ殿御本人には言えていないが、
ありがとう!」
ノーラは何の事やら判らず、キョトンとし
「あ…あの、何の御礼でしょうか?」
と、エリアンに尋ねたところ
「ハハハハ!」
「ハッハッハッハッ!!」
と、エリアンが、そしてマルセルが大きく笑った。
そしてエリアンが
「ゴメン、ゴメン。何の事か判らないよね。
えーとね、マイカ殿は僕の命の恩人なのさ。」
と、ノーラに向かって言った。
「うむ、そうなのだ!
実は先日、このエリアンがとある事件の犯人として捕まったのだが、マイカ殿が見事、事件を解決してエリアンの無実を証明してくれたのだよ!!」
今度はマルセルがノーラに向かって説明し、更にエリアンが続けて
「そう、マイカ殿が無実を証明してくれていなければ、僕は今頃、死刑になっていたかもしれない…
だからマイカ殿は僕の命の恩人、というわけさ。」
と、先程、礼を言ったことの説明をしてくれた。
「お姉ちゃんが、また…
あの騎士様、お姉ちゃんは、このクライン村でも村人の皆が無実の罪を着せられそうになった時、本当の犯人を見つけて皆を救ってくれたんです。」
と、ノーラがマルセルとエリアンに向かって言ったところ、マルセルが
「うむ!その事、聞き及んでいるぞ!!
しかも、その時に居たコロネルの執事が悪行を告発したことが、今回の旧コロネル領の解放に繋がったのだ!!」
と、クライン村においてマイカが殺人事件を解決した事を知っている旨を回答した。
「執事…?あの大きなオジさんかな?
…でも、何で…?」
ノーラが疑問に思って呟いたところ
「その時のマイカ殿の言動に、
さすればマイカ殿こそが、今回の旧コロネル領解放の立役者だな!
エリアンのみならず、マイカ殿は旧コロネル領領民の命の恩人ということにもなるな!!」
マルセルが大きな声で、ずっと大きな声だが…、大きな声でそう言うと、ノーラも
「はい、そうです!
マイカお姉ちゃんは私達の命の恩人です!!」
と、マルセルに負けないくらいの大きな声で言った。
マルセルはノーラの言葉に満面の笑みを浮かべたが、やがて真顔となり
「たが、先程も言ったとおり、我らはマイカ殿には、まだ会えておらんのだ!
此処へ急ぎ参った
ノーラ少女!マイカ殿は、どのようなお方だ!?
と、ノーラに尋ねた。
「はい、エルフのお姉ちゃんはね、マイカお姉ちゃんは…
とっても、おっぱいが大きいです!!」
ノーラのその言葉に、マルセルとエリアン、そして他の騎士達、更に村人達は、皆、一瞬
「ワッハッハッハッ!
そうか!おっぱいが大きいか!?
そいつはいい!!ワッハッハッハッ!!」
中でも、マルセルが飛びっ切りの大声で笑った。
ここクライン村に安寧の日が戻ってきた。
第46話(終)
※エルデカ捜査メモ㊻
近衛騎士団二番隊隊長マルセルは25歳
近衛騎士団長ベルンハルトとは同年で、屋敷も隣り合わせであるため、幼なじみの関係である。
マルセルに近衛騎士団に入団するように薦めたのもベルンハルトで、マルセルは、剣技ではベルンハルトに劣るものの、その怪物じみた筋力で補い、二人は近衛騎士団の双璧と呼ばれている。
また、貴族であるのに差別意識が殆ど皆無で、彼に仕える従者や家人には、他の貴族の奉公人では滅多に見られない、オークやゴブリン、獣人種などの亜人も多く見られる。
部下思いで、部下からも慕われている。