園遊会からの帰りの馬車において
「マイカ、お前さん、あれは何をやったんだい?
子供は息もしてなくて、心臓も止まっていたんだろう?」
と、ハンデルがマイカに尋ねてきた。
「うん。救急法、または心肺蘇生法といってね、私が居た元の世界では、子供も学校で習うような一般的なものさ。
必ずしも蘇生できるわけではないけど、今回は運が良かった。」
「ふーん。じゃあ、お前さんの身体が光ったのは関係ないのかい?」
「うん。判らないけど関係ないんじゃないかな?
本来、この方法を用いる際には、相手の身体に電気を流すんだが、私が光った時に電気が走ったようには思えなかったし。」
「電気?電気って何だい?」
「あ、そうか。うーんとね、雷だよ、雷は電気の
「雷?雷なんて、どうやって起こすんだよ?」
「そういう機械があるのさ、AEDっていう。」
「ふむふむ…それさえあれば人を生き返らせることができるのか…そのAEDってやつも仕入れてえなぁ…」
「ははは。だから絶対じゃないって…
そんな事よりさ、ハンデル、気が付いた?」
「気が付いたって、何が?」
「ベルンハルト騎士団長、摂政さんのこと好きみたいだよ、女性として。」
「な?いや、判らねぇよ。てか、それが何か関係あるのか?俺達にとって。」
「いや、別に関係とかは…でも、気になるじゃん!」
「他人の
「え!?」
(…たしかに…前は、例えば芸能人の熱愛なんとかなんて、全く興味なかったよな、オレ…)
「まあ、でも、例えベルンハルト閣下が摂政殿下をお好きでも、どうにもならねえよ。
御皇族の姫様と、臣下の者じゃあ釣り合いが取れねえ。」
「そんなの判らないじゃないか!愛があれば身分の違いなんて!」
「ハハ、まあな。逆のパターンであれば有り得なくもないけどな。」
「逆のパターン?」
「ああ、閣下の方が身分が上だったらってことさ。ベルンハルト閣下のお母君は庶民の出だって聞いたことがあるし。」
「え?そうなの?だから貴族にしては…」
(ベルンハルト君が庶民のオレらに対しても、やたら偉そうな態度を取らないのは、そういう訳か…)
「ま、何にせよ、そんな雲の上の方々の恋愛の心配を、俺達がしても仕方ないじゃないか?」
「確かにそうだけどさ、ベルンハルト騎士団長、いいヤツじゃん!だから応援したくなったんだよ。」
「確かに、いいヤツだ。
…近い将来、エリーが見つかって…エリーが恋する相手がベルンハルト閣下みたいな男だったら…
…申し分ないな…」
「…殿下、御食事をなさらないのですか?」
皇宮ヒローツパレイスの摂政執務室において、リーセロットがエフェリーネに問いかけた。
執務室内にはエフェリーネとリーセロットだけである。他には誰もいない。
園遊会が行われていたクストストランドのアールダッハ離宮から、二人が
リーセロットは軽い夕食を済ませたが、エフェリーネは用意された食事に全く手をつけていない。
「はい、食欲がありません。」
「しかし殿下、今朝スープを飲まれたきり、何も口にされておられないではありませんか。
お身体に触ります。せめてお飲み物なりとも…」
「…リーセロットには聞こえていたのでしょう?
「……はい。聞こえました、殿下。」
「………」
「………」
「黙っていても仕方ありませんね。リーセロットは既に何かを察しているでしょうから…
あのハンデルなる商人は、
「兄…?兄さん…?」
「はい。アルム村にて別れた、私の8歳上の兄…
アルム村の人々は、5年前の大冷害で殆ど死に絶えてしまいました。なので、兄も既にこの世には居ないと思っていました。
でも…どうやら、その頃までには村から出ていたようですね。」
「それは何より…」
「本当にそう思っていますか?リーセロット。」
「………」
「私も、今となっては会うべきではなかったて思っています。
だって、今の私…
「…幸いにも、彼は全くこちらには気付いておりませんでした。」
「リーセロットは、秘密を守るために、兄を亡き者にしようという考えを持っているのではないかしら?」
「………」
リーセロットは、エフェリーネの問いに無言であったが、その目は、何かを決意したかのように力が込もっていた。
「あなたの考えは、私にもよく理解できます。
そして、奴隷なぞを死んだ姫とすり替えた母上の、ヨゼフィーネ大帝陛下の名声も地の底にまで失墜し…このラウムテ帝国は崩壊してしまうでしょうね。」
「で、殿下、私は…」
「でも、もし
貴女に心を開くことは、永久に無くなります。」
「殿下……」
「………」
「………」
「…もう、会わなければ良いのです、殿下。
この先ずっと…生涯、会わなければ…」
「……そうですね、そうする他はありませんね…」
「はい。今後お会いなさらなければ気付かれることもなく、彼が気付かなければ、誰からも秘密が漏れません。」
「そうね。この秘密は、今や私と貴女、そしてララしか知らないことですものね…」
「はい殿下。我ら3名のみが知るのみです。
なので大丈夫です!秘密が漏れることはありません!」
そうエフェリーネに対して強く言い切ったリーセロットであったが、心の中では別の事を思っていた。
(…そう…16年前、ドラーク公が温情をかけた者達を除けば…)
第45話(終)
※エルデカ捜査メモ㊺
ベルンハルトのレーデン上騎士家は、帝国創立時からの名門であり、ベルンハルトの父が庶民の娘を妻にしたいと言った際には、当然ながら強い反対があった。
しかし、父は決して諦めず、粘り強く説得を続け、ついに、栄えある近衛騎士団の団長となることが出来たならば、二人の結婚を許すという、親族からの条件付きの承諾を得た。
そして、血の滲むような努力の末、近衛騎士団長になり、晴れて結婚することが出来たのである。
既に述べているとおり、近衛騎士団長の座は〈近衛騎士団員も含め〉世襲制ではなく、ベルンハルトが親子二代に渡って近衛騎士団長になれたのは、実力のみが理由である。