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第44話 『エルフのマイカ』

「マイカ…お前…」


 砂浜の上に座り込んでいたマイカにハンデルが声を掛けてきた。

 マイカは、そのハンデルの言葉が、自分がレフィの吐瀉物としゃぶつで汚れていることを差していると捉え


「ん?…あ、随分と汚れてしまったな。

 私は、もう一度海に入って汚れを落としてくるから、ハンデル、アンタは着替えを用意しておいてくれ。」


と、ハンデルに言った。

 そしてマイカは立ち上がり、立ち上がると同時に海へ向かって走り出した。


「あのエルフ、名はマイカというのか。」

「マイカか…今日見たことは忘れぬぞ。」

「エルフのマイカ…彼女は誠の女神なるや?」

「エルフのマイカ…」

「エルフのマイカ……」


 海で泳いでいるマイカの姿を見ながら、人々は皆、思い思いの言葉を口に出した。

 皆の声に感動の心が乗っている。

 そして泳ぐのをやめ、水面にキラキラと反射する太陽の光に照らし出されながら砂浜に戻ってくるマイカの姿は、見ていた者達の目に神々しく映り、手を合わせて拝む者が続出した。


「何事!?何事が起こった!?」


 ベルンハルト近衛騎士団長が戻ってきて、その異様な光景に驚愕の言葉を発した。

 ベルンハルトの後ろに、茶色ストレートヘアーの女性と褐色肌の女性、摂政エフェリーネと、その秘書官リーセロットの姿があった。


「おお、レーデン卿、あのエルフのマイカ殿が溺れていたベレイド子爵の御子息を助けまいらせたのだ。」


 一人の太った、禿げ頭の老紳士がベルンハルトに話しかけた。


「しかも既に溺れ死んでしまっていたのを、なんと生き返らせたのだよ、かのエルフのマイカ殿は!」


 次に痩せた、尖った口ひげを持つ中年紳士も、そうベルンハルトに語った。


「何と!?」


 ベルンハルトが振り返ると、エフェリーネとリーセロットも驚きのあまり、目を丸くしていた。


 その、当のマイカはベルンハルトから数十メートル離れた場所において


「あ、どもども…」

「いや、そんな事は…」

「運が良かっただけで…」

「大した事では…」


 等と、周りの人達から浴びせられる称賛の声に照れながら応えていた。


「マイカ!お前さん、そんな格好のままで何やってるんだ?」


 ハンデルが戻ってくるなり、マイカを指差して言った。

 マイカは安堵のため気が抜けた状態となり、自分が下着姿のままであることを失念していたのだ。


 「あ…っ、あーーーっっっ!!」


 ハンデルの言葉で、ようやく下着姿のままだったことに気付いたマイカは羞恥のあまり、その場でしゃがみこんだ。

 ハンデルが、そのマイカの背から大きな白い布を覆い被せ


「ったく、まだ海中にいるものと思っていたぜ。

 さ、一旦馬車まで戻るぞ。馬車の中で着替えな。」


と、マイカに向かって言った。


「はっ!…」


 その場に現れたハンデルの姿を、やや離れた場所から見ていたエフェリーネは小さく声を上げ、そのまま固まったように立ち尽くしてしまった。


「殿下…殿下、いかがなさいました?」


 エフェリーネの左横に立っていたリーセロットが異変に気付き、心配そうにエフェリーネに尋ねた。


「痛いっ!」


 エフェリーネが黙ったまま、左手でリーセロットの左上腕辺りを掴んだのだが、猛者である筈のリーセロットが声を上げる程に強い力が込もっていた。


「摂政殿下!!」


 リーセロットが上げた声に気付いたベルンハルトが振り返ったところ、エフェリーネがリーセロットの腕を掴んだまま、崩れるように地に膝をつく姿が目に入った。


 「殿下!大丈夫で……」


 リーセロットも驚き、エフェリーネに声を掛けようとしたところ


「生きて…生きていた……にぃ…さん……」


と、エフェリーネは、リーセロットにのみ聞こえる小さな声で呟いた。


「じじじ、侍医は!?コココ、コーバス侍医は何処いずこ!?」


 ベルンハルトが、勇士らしからぬ慌てぶりを見せてそう叫んだ。


「コーバス侍医は離宮建物内におられます。そこで、溺れていたベレイド子爵の御子息を診ておいでです。」


 傍らにいた若い侍女がそう答えた。


「コーバス侍医を早く呼んでまいれ!」


と叫んだベルンハルトに


「いえ、大丈夫です。わらわには必要ありません。

 コーバス侍医はその場に留まらせて、ベレイド子爵の御子息への処置を続けさせるように。」


「し、しかし…」


と、「大丈夫」と言ったものの、青い顔色をして、顔面を引きつらせているエフェリーネは、ベルンハルトの目には大丈夫そうには見えなかった。

 エフェリーネは、リーセロットのウシャンカ帽に隠れている耳元に口を寄せ


「ごめんなさい…今日はもう無理…」


と、リーセロットにだけ聞こえるように呟いた。


「お集まりの皆様、そしてレーデン卿、摂政殿下は急にお身体の具合が悪くなられたようです。

 遺憾ながら、このまま帝都へお戻りになられますが、皆様にあっては、お時間の許す限りお楽しみ下さいませ。」


と、リーセロットがその場にいた人々に聞こえるように通った声で言った。


「ほ、本当に大丈夫にございましょうか?摂政殿下、リーセロット殿…」


 相変わらず、勇士らしからぬオロオロとした態度で話しかけてくるベルンハルトに対し、エフェリーネは


「本当に大丈夫です、レーデン卿。心配をおかけして申し訳ありません。

 あと、あちらに見えるエルフのマイカ殿とハンデルなる者には、また、後程に沙汰さたする旨を申し伝えて下さい。」


と返事をし、併せてマイカとハンデルへの伝言を依頼した。


「では殿下、さあ。」


「ええ、リーセロット…

 お集まりの皆さん、申し訳ありませんが、わらわは、これにて…」


 エフェリーネとリーセロットは園遊会会場から去っていった。


「どうかされたのですか?ベルンハルト閣下。先程お見えになられた方が、もしかして摂政様ですか?」


 マイカが自分の方に近づいてきたベルンハルトに問いかけた。


「うむマイカ殿、相すまぬことだが、摂政殿下は体調御不良のため、お帰りになられた。

 謁見の件については、また後程に沙汰する旨を申されておいでだ。」


「…あの…閣下、誠に失礼なのですが、先程お見えになられた二人の女性の内、どちらが摂政様だったのでしょうか…?」


 (あの茶髪ストレートの女性も綺麗だったが、褐色肌の女性、すげえボインちゃんだったな!所謂いわゆる、爆乳ってヤツ!?もっと近くで拝みたかった…)


 ベルンハルトに神妙な面持ちで尋ねたマイカだったが、心の中ではオッサンくさいスケベ心であふれていた。


「茶色い髪の、清楚な御方がエフェリーネ摂政殿下だ。

 あ、いや何も、リーセロット殿が清楚でないと申しているのではないぞ!より清らかというか、可憐というか…」


と、マイカが聞いた訳でもないことを加え、しどろもどろになって答えたベルンハルトの顔は真っ赤だった。


 (あれ?もしかして、ベルンハルト君は摂政さんのこと好きなんかな…?

 えーっ、姫に恋する騎士!超イケメンの顔に似合わず、結構、ベタ!!)


「…マイカ殿、何をニヤついておられる?」


 知らず知らずの内に、マイカはニヤニヤしていたらしい。


「え?いや、あ、閣下、そういう事であれば、私も帰ろうかと思います。

 ここに居るのが気恥ずかしくなったというか、なんか居たたまれないというか…」


 そう答えたマイカが、その場に居た人々の注目を一身に浴びていることにベルンハルトも気が付いた。


「うむ…そうだな。であれば、停車場まで送ろう。」


 そう言ってベルンハルトは、羽織っていた紅いマントを取り、マイカの背に羽織らせた。


「あっ、閣下、マントが汚れてしまいます。ハンデルが用意した布だけで充分に身体を隠せますので…」


「構わぬ。さ、参ろう。」


 マイカが歩きだすと、辺りに居た人々はマイカの為に左右に別れて道を開けた。

 そして、人々から自然に拍手と歓声が沸き起こり、その中をマイカはベルンハルトにエスコートされて歩いていく。


 (何か…凄く恥ずかしい……)


 羞恥心に顔を赤らめながらマイカが振り返ると、後ろからいてきているハンデルが、その辺りの人達に名刺を配っていた。


 (ハンデル…あいつめ、抜け目ないな…)


 人々の拍手と歓声は、マイカが去ってからも暫く鳴り止まなかった。


               第44話(終)


※エルデカ捜査メモ㊹


 溺れた子供、レフィの父親であるベレイド子爵はラウムテ帝国副宰相を務めている。

 現在、宰相は空位であるが、摂政のエフェリーネが事実上、宰相を兼ねているため、エフェリーネの政務を補佐する立場にある。

 政治的手腕に優れ、また、若い頃から政治学、法律学の学習にいそしみ、その研究者としての顔を持つ。

 子は、長男のレフィの一人だけだが、妻が二人目を懐妊中。


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