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第42話 『園遊会』

 クストストランドは、白い砂浜を持った美しい海岸のある、冬季でもさほど寒くなることのない温暖の地で、上流階級者などの別荘が建ち並ぶ保養地となっている。

 その中で最も浜の景色が美しい場所に皇家の別荘があり、そこで今回の園遊会が催される。

 帝都からも遠くない。馬車であれば半日もあれば着く距離だ。


「さっきから、やたら豪華な馬車ばかり見かけるな。やっぱり、みんな園遊会に向かっているのかな?

 ねえ、ハンデル?」


 マイカは荷車の前部から顔を覗かせて辺りを見回し、御者台のハンデルに話しかけた。

 帝都からクストストランドへと続く広い街道を、多くの馬車が同じ方向へ向けて走っている。

 どの馬車も豪華極まりない造りで、馬を操っている御者達も、いかにも名家の家来といった雰囲気の者達ばかりだ。


「そうだろうな。だから大きな荷車を曳いている、この馬車の方がかえって目立つんだろう。

 周りの馬車の連中、さっきからチラチラと、こっちを見ていやがるぜ。」


 そうハンデルが言った意味も勿論含まれるが、この、明らかに行商用と思われる馬車の二頭の鹿毛の馬が、他のどんな馬車の馬よりも逞しくて立派だからだった。

 その、不釣り合いともいえる馬を見て、皆、目を丸くしている。


「よく来てくれたな、マイカ殿、ハンデルうじ


 園遊会会場となる皇室別荘、アールダッハ離宮の門の前で、近衛騎士団長ベルンハルトが迎えてくれた。先日見た、大きな白馬に跨がっている。


其許そこもとらを浜の方に案内しよう。そちらに摂政殿下と御昵懇じっこんの方々が集まっておられる。」


 門をくぐって直ぐの停車場で馬車から下り、同じく下馬したベルンハルトの後に尾いて歩いていった。

 別荘とはいえ、離宮の名のとおり、立派な城造りの白い建物があり、その裏手が砂浜になっていた。

 青い海の水面に日差しが反射して、キラキラと眩しかった。


「ほおーーっ。」


 既に浜に集まっていた貴顕紳士淑女らが、マイカを見て声を上げた。

 エルフとは判っていない。

 マイカは赤地に白の羽細工が飾り付けられた大きな帽子を深く被り、耳を隠している。

 人々が喚声を上げたのは、マイカの容貌の美しさと、身に付けている装飾品アクセサリーが理由だった。

 マイカは、粒の大きな白い真珠が50個程も連なったネックレスを首に掛け、着ている赤いドレスによく映えている。

 更に両手首にも、ネックレスのよりもやや小粒な白真珠を連ねたブレスレットを付けている。


「見事な真珠だ…大きさといい…形といい…」

「本当だ、真円に近いではないか…」

「あれ程見事な首飾りは見たことがない…」

「はて、あの美しい娘御は、何卿の令嬢なりや…?」


と、皆、マイカを見てひそひそと呟いている。


「ねえハンデル、真珠は、この世界でも価値が高いの?」


「おおよ。上流階級の人間からの人気も高くてな。しかも、これ程の上物は大貴族様も持っちゃいるまい。

 見ろよ、皆、物欲しそうな目で見ていやがる。ふふふ、いくらの値が付くかな?」


「あ…やっぱり売る目的で私に身に付けさせたのか…

 ところで、この真珠はどこ産なの?」


「俺が仕入れているのは、主にニウ大陸の物さ。

 師匠のヘルト先生が、ニウ大陸で色々と手広くやっていてな、先生を通じて仕入れている。」


「へえー。そのニウ大陸ってとこに真珠のいい養殖地があるんだね?」


「養殖?何だと!?マイカ、お前さんが元いた世界じゃ、真珠の養殖が出来るのか!?」


「うん。私が生まれ育った日本という国が、世界一、真珠の養殖が盛んだったよ。

 でも、養殖でも真珠は高価だったよ。天然だったら、凄く値が張るんじゃないの?」


「ああ、凄い高値で取引されてるぜ。

 しかし、真珠の養殖ねえ。お前さんの元の世界の、その日本という国と取引したいもんだぜ…」


 園遊会は立食式で、砂浜近くの芝生上に小さな丸テーブルが置かれており、そのテーブルの傍で立っていると、侍女達が飲み物や食べ物を持ってきてくれる。

 飲み物や食べ物を運んできてくれる侍女達が、皆、ハンデルの方をチラチラと見てくる。

 中には、思い切り熱い視線を向けてくる者もいた。


 (チッ!まただ。ハンデルってヤツはモテオーラでも放出しとるのかね?)


 マイカが忌々しく思っていたところ、その辺りにいた女性客から黄色い喚声が上がった。

 先程マイカ達をここへ案内してくれた後、離れていたベルンハルト近衛騎士団長が再び戻ってきたのだ。

 先程ハンデルに視線を投げ掛けてきた侍女達が、今度は潤んだ目でベルンハルトを見ている。


 (へっ、ざまあ見ろ!ハンデル。いくらアンタでも、超イケメンの近衛騎士団長閣下にはかなうまいよ!)


 何だか、マイカは愉快な気持ちになってきた。


「間もなく、こちらへ摂政殿下が御成りになられます。

 皆様、今しばらくお待ちくださいませ。」


 ベルンハルト近衛騎士団長が、よく通る声でそう言った。

 しかし、ベルンハルトが再び離れていくと、割りと多くの人が、この場所から他への移動を始めた。


 (ん、何だ?メインホストの摂政さんが来られるというのに、何故、こんなに離れていく人が多いんだ?)


と、マイカがいぶかしんでいると


「大変だあーっ!子供が海に落ちたーー!!」


という叫び声が聞こえた。


               第42話(終)


※エルデカ捜査メモ㊷


 皇室が主宰する園遊会の時期や場所は、その皇帝の代によってまちまちであるが、先帝ヨゼフィーネは、いつも春季に催していた。

 園遊会の会場は、今回と同じくアールダッハ離宮の場合が多く、春季開催の頃は、離宮の庭を埋め尽くすように咲くチューリップが参加者の目を楽しませていた。

 今年の春季は、ヨゼフィーネが病床にあったため、園遊会は延期されていた。


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