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第41話 『園遊会への誘い 』

「うむ。話は変わるが、マイカ殿は摂政殿下とはお見知りの間柄か?」


「いいえ、そのような雲の上のお方とは…お姿を拝見したことすらございませんが…

「そうか、実は摂政殿下は、マイカ殿事をかねてより御存知であったようなのだ。

 それで、近くマイカ殿を皇宮にお召しになろうと思っておいでであった。」


「はあ…摂政様は何故、私のような者を知っておいでなのでしょうか?」


「うむ。もしやするとコロネルの元執事からお聞きなされていたのかもしれぬな…

 それで、だ、マイカ殿。本日より3日後に、御皇族の保養地であるクストストランドにおいて園遊会が催される。

 摂政殿下も御越しになられるのだが、そこへマイカ殿を招待したいのだ。その園遊会の折りに摂政殿下への拝謁を願いたい。」


「園遊会ですか?どのような方々が御参加されるのでしょうか?」


「主に上流階級の方々だ。貴族の地位にある方や、それに準ずる者。大資本家や大地主などのな。

 しかし、そのような方々以外にも、帝国に色んな分野において貢献した者も、しばしば招待される。そう、今回はマイカ殿、其許そこもとがそうだ。」


「はい…しかし、私のような者が突然お伺いすることを、愉快に思わない方もおられるのでは?」


「うむ、正直に話すとしよう。

 マイカ殿を園遊会に招待するのは、摂政殿下へのお引き合わせが第一であるが、マフダレーナ殿が其許そこもとのことを皇宮内のあらゆる人達に話されたせいで、マイカ殿を一目見たいという貴顕紳士淑女が大勢現れてしまってな…

 いや、警備面は心配めされるな。この私が近衛騎士団1番隊を率いて警備に当たるのでな。」


 (ははは…ミーハー根性に身分の上下は関係ないということか…)


「ハンデルうじも共に参って欲しい。

 そなたも闘商として帝国への貢献多き者ゆえ招待致す。マイカ殿のエスコートを頼むぞ。」


「園遊会へ御招待頂けるとは光栄の極み。

 はい、騎士団長閣下。是非、マイカと共に伺わせて頂きます。」


と、ハンデルはマイカの了承を得る前に勝手に決めた。


「うむ。ではこれを…」


 ベルンハルトはマイカとハンデルに金色の小さなバッジを渡し


「それが園遊会参加者の証しだ。当日、衣服に付けて参られよ。」


と言って、マイカとハンデルに背を向けたが、何か思い立ったように振り返り、またマイカとハンデルに正対した。


「重ねて申すが、其許そこもとらへの恩賞については私からも上申する。きっと、その功に相応ふさわしいものとなるようにな。

 …あと、急に押し掛けておいて手ぶらで帰るのも礼を失すると思い、何か求めて帰ろうと思ったのだけれども…」


と、ベルンハルトは言い、店舗内を見渡したが、昨日、殆ど全ての品物が売り切れてしまったため、商品棚には何も陳列していない。


「ありがとうございます閣下。そういう事でございましたら、閣下にお相応ふさわしい品物が一つございます。暫しお待ちを。」


 ハンデルは、そうベルンハルトに向かって言い、その場を離れて奥へ入った。


 (しかし、本っ当にい奴だな、このベルンハルトさんは。)


 マイカは、ハンデルが去った後も、何か買えそうな物を探そうと店内を見回しているベルンハルトを見てそう思った。


 やがてハンデルが1本の短剣ナイフを持って戻ってきた。

 手より少し大きいくらいの、何の飾り気もない、シンプルな銀色のこしらえの物だ。


「閣下、どうぞご検分を。」


 ハンデルが、その短剣を捧げるようにベルンハルトに渡した。


「こ…これは!?」


 ベルンハルトが短剣を鞘から抜き出した。光る両刃の刀身は、まるで室内の灯りを全て集めたかのように眩しく光っている。


「なんと見事な…」


 ベルンハルトが一種、恍惚こうこつとしたような表情で短剣を見つめた。


「エイズル王国に所在する、ドワーフ職人里の名工が鍛えた逸品でございます。」


「ドワーフ!?まさに…

 私の持っている剣もドワーフの職人によるものであるが、これ程の業物わざものではない…

 一介いっかいの行商人風情ふぜいが…いや、失礼!ハンデルうじは、一体どのようにして、これを入手した?」


「私の師である、当商会の屋号ともなっている、ヘルトという者がドワーフでございまして、その師のコネでございます。」


「………」


 ベルンハルトは少し考えてから


「さすれば、この短剣を求めたいところであるが、恥ずかしながら手持ちは然程さほど多くない。代金支払いは後程のちほどでよいだろうか?」


「勿論、結構でございます。あと、ご一括でもご分割でも。」


「うむ、すまぬな。して、あたいは?」


「銀貨90枚でございます。

 しかし、他ならぬ近衛騎士団長閣下ゆえ、儲け分を差し引いて、銀貨70枚でようございます。」


「そんな!とんでもない!!」


 ベルンハルトは、ハンデルが言った短剣の値に驚き、大声を上げた。


「そうだよハンデル、そんな小さなナイフに銀貨70枚なんて…」


と、横からマイカが口を挟もうとしたが


「そんなとんでもない廉価でよいのか!?

 これ程の業物、金貨の5枚、いや、10枚ほど出しても求めたい者があるだろう。なのに、そんな安値で…」


と、実は安価であると、ベルンハルトは驚いていたのである。


「私がドワーフの職人から直接仕入れているからです。

 ドワーフの職人が作った製品が高価なのは、おろしやら仲買いやら、何人も中に入って、人々が欲しがるのをいいことに、莫大な儲けを上乗せして、値を吊り上げているからです。

 ドワーフ達自体は、そんなに欲の張った人達ではありませんので、元値はそれほどでもないのですよ。」


「うむ、あい判った。それならば持ち合わせで足りる。その見事な短剣を頂くとしよう。」


 そうベルンハルトは言い、ハンデルに金貨を1枚渡した。


「ありがとうございます閣下。では、お釣りの銀貨30枚を…」


と、ハンデルが銀貨30枚をベルンハルトに手渡そうとしたところ


「いや、近衛の騎士が値引きとは、格好が良くない。正規の値で購入するゆえ、釣りは銀貨10枚でよい。」


と、ベルンハルトは少し含羞はにかんだように笑って、そう言った。

 ハンデルもニコリと笑い、銀貨を10枚だけベルンハルトに渡した。


「うむ!!」


 ベルンハルトは満足そうにうなずき、続けて


「ハンデル氏、このヘルト商会には、ドワーフ職人が製造せしすぐれ物がある旨を、我が近衛騎士団の者達に教えてもよいか?」


「はい、閣下。是非ともお話し下さいませ。

 えある近衛騎士の皆様方にも御満足頂けるような品物を用意させて頂きます。」


「ああ、ありがとう!」


 満面の笑みを浮かべ、それまでの堅苦しい言葉づかいとは違う、素朴な礼の言葉を言って、ベルンハルトは帰った。


 大きな馬体のたくましい白馬にまたがって去るベルンハルトを、マイカとハンデル、そして、その時に居たヘルト商会の者全員が、表へ出て姿が見えなくなるまで見送った。


「しかし、気持ちのいい若者だったな、ベルンハルト近衛騎士団長。」


 マイカが感にえないように呟くと


「ああ、確かに。ベルンハルト閣下は、3年前に史上最年少で近衛騎士団長となられて以来、良い評判しかないからな。」


と、ハンデルもマイカの横で呟くように言った。


「ふーん。あんな人が上司だったら部下は幸せだろうな。」


 (オレも、あんな爽やかな上司に恵まれたかったな…オレの警察官時代の上司って、ほんと、揃いも揃って出来の悪い…ていうか、理不尽が服を着て歩いてるような奴らばかりだったもんな…)


「…私は、この世界に来てから、貴族というもんに会うのは2人目だけれど、あんな貴族もいるんだな。コロネル男爵に比べたら、まさに雲泥の差だ。」


「コロネル〈元〉男爵な。

 でもな、マイカ、ベルンハルト閣下みたいなお方はまれだぜ。貴族っていう連中は、どちらかというとコロネル寄りの方が多いぜ。

 他人に対する、特に庶民に対する思いやりなんて持ち合わせていない奴の方がな。」


「まあ、そうだろうな…長い間特権階級にいる連中っていうのは、大なり小なり、コロネルみたいなもんなんだろう…

 あっ!そんなことよりハンデル、アンタ、また私に聞かずに勝手に決めたな!」


「えっ?ああ、園遊会のことか。お前さんも少し行きたそうな感じだったぜ。何と言っても、美味ウマいメシや酒があるだろうからな。」


「アンタ、私がメシや酒さえあれば喜ぶと思っているだろう?そこまで意地汚くないよ!

 大体、上流階級のマナーなんて全然知らないのに。」


「ははは、騎士団長閣下がおっしゃっていたじゃないか、お前さんを見たい人が沢山いるって。だから、ただその場に居ればいいのさ。

 着ていく服や身に付ける装飾品アクセサリーなんかは、とびきりのヤツを用意してやるから。」


「あっ!まさかアンタ、園遊会の席でも私を宣伝のために使おうと思っているのか?」


「おおよ!近衛騎士団の方々に続いて、上流貴族の中にも、太い客を作らねえとな!」


「…商魂逞しいな…」


               第41話(終)


※エルデカ捜査メモ㊶


 この世界におけるドワーフ種族の者達は戦闘術と物造りに優れ、ドワーフ戦士といえば、かなりの強者として畏敬され、ドワーフ職人といえば、あらゆるジャンルにおいて最高峰の製品を作るものとして認識されている。

 ドワーフ族はラウムテ帝国の属国であるエイズル王国に多く住み、ハンデルの師ヘルトもエイズル王国出身で、かつては戦士として名を馳せていた。

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