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第40話 『ベルンハルト近衛騎士団長来訪』

「マイカ、お前さんは本当にビールが好きだなあ。」


「おうよ!ハンデル。世界中の飲み物の中でも、私はビールが一番好きなのさ!」


 皇宮における御物窃盗事件を解決したその日の夜、ヘルト商会帝都本部では酒宴が開かれていた。

 これは、昨日の商いの大成功を祝うためのもので、本来なら昨夜にり行われる予定であったが、昨夜は皇宮侍女付きの女中ハンナの訪問・相談のため延期になっていた。


「しかし、カラスが犯人だなんて、よく判ったな。」


「偶然だよ。たまたまカラスが威嚇いかくしてきたから判ったんだ。カラスがキラキラ光る物を好むのは知っていたけど。」


「へえー…そいつは知らなかったな、カラスが光る物を好むなんて。」


「あと、私が実際に取り扱ったものでは、カラスが花を集めていたな。それも、同じ種類の同じ色の花だけを集めていた。」


「ふーん、面白いな。

 でも、カラスが犯人と判ったんなら、ケルンじゃなくてブラムの方が良くなかったか?

 スネル鳥のブラムの方が、飛べることだし。」


「いや、ブラムなら直ぐにカラスに追いついて捕まえてしまうじゃん。

 それだと、先に盗まれた物の在処ありかが判らないし、その物が見付けられなければ、カラスが犯人だと特定出来ないからね。」


「なるほど。そういや、お前さん、前の世界では色んな事件やら何やらを捜査するのが仕事って言ってたけど、具体的にどんな職業だったんだい?聞かせてくれないか?」


「うん、いいよ。私は前世では、けい…」


「頼もう!!」


 マイカがハンデルの質問に答えようとした声をさえぎるようにドアの外から、男の叫ぶ声が聞こえた。


「はい、ただいま。」


 ヘルト商会副会長のロヴィーがドアを開けると、そこには背の高い、金髪碧眼へきがんの美男子が立っていた。

 金色の肩章やモールの付いた純白の上下服に真紅のマントをまとい、腰に佩刀はいとうしている。


「不意の訪問、ひらに容赦。

 帝国近衛騎士団団長のベルンハルト・レーデンと申す。

 エルフのマイカ殿の居所はこちらと聞き、まかした。マイカ殿はおられるか?」


「はい、私です。」


 マイカが奥から玄関先まで出てきて、ベルンハルト騎士団長と対面した。


「こ、これは……」


 ベルンハルトは一瞬、絶句し


「美しいとは聞いていたが、聞きしに勝る美しさだ…」


と、マイカの瞳を真正面に見据えて言った。

 これにはマイカも


 (インハングの街で遠目に見たけど、この近衛騎士団長さん、本っ当に美形だな。

 こんな美形の人に「美しい」なんて言われたら、さすがに照れてしまうわ。)


と思って頬を赤くし、モジモジとしてしまった。


 ベルンハルトとマイカが暫く黙って見つめ合っていたため、ごうを煮やしたようにハンデルが横から


「ところで騎士団長閣下、ウチのマイカにどういった御用件でしょうか?」


と、ベルンハルトに問いかけた。


「あ、失礼した…」


 ベルンハルトはハンデルの質問で我に返り、これまた、頬を赤くした。

 そして一つ咳払いをした後


「マイカ殿、皇宮内での事件を解決し、我が騎士団員エリアン騎士の無実を証明してくれたことに対して礼を言いに参った。

 エリアンの命を救ってくれたこと、誠にかたじけない。いくら感謝しても感謝し切れぬ。」


と、マイカに向かって言った。

 さらにハンデルに対しても


「そなたがハンデルうじであるな。

 そなたも協力してくれたことを聞いている。闘商としての名声もな。感謝いたす。」


と、礼を言った。


 (貴族の、騎士団長ともあろう者が、わざわざ庶民の元へ出向いて礼を言いに来るとは…

 しかも、騎士団の名誉云々うんぬんとか言わずに、まず、部下の身を救ったことに対しての感謝を述べるとは…

 正しい心を持った良い性格の若者のようだ。)


と、マイカは感心した。


「いえ、恐縮です閣下。

 良い偶然が起こり、うまく事が進んだだけに過ぎません。

 でも、エリアン様が助かって良かったです。」


 と、マイカはニコッと含羞はにかんだような笑顔を見せてベルンハルトに言った。


 マイカの笑顔を受けてベルンハルトも笑顔となり、そして


「見事、事件を解決なされたのに、直ぐに立ち去られたとマフダレーナ侍女長殿より聞いた。 マフダレーナ侍女長は、当然、恩賞についての話を其許そこもとにしようと思っておいでであったが。」


「部外者である私が差し出がましいことを致しましたので、長居をしてはマフダレーナ様に御迷惑が掛かると思いまして…

 あと、人を助けることが出来たのなら、別に恩賞なんていらないです。」


「何と、奥ゆかしい…」


と、今度はベルンハルトがマイカに感心したようだ。


「先の旧コロネル領での事件も、マイカ殿が解決したものと聞き及んでいる。

 今回の件と合わせての恩賞について、私からも上申することに致す。」


「旧……コロネル領?

 あの、先日インハングの街で閣下をお見かけしました。閣下が馬車の中の人と会話されているお姿を。

 あの声はコロネル男爵でした。今、旧コロネル領と申されましたが、コロネル男爵に何かあったのでしょうか?」


「ふむ…じきに公表する事実ゆえ、マイカ殿には話してよかろう。

 コロネルは、爵位や領地、財産を没収され追放されることになった。コロネルだけではなく、家族や親類、主だった家人も同様にだ。

 コロネルの執事であった者が、圧政の事実を証拠付ける書面その他を持って訴えてきたのだ。」


「執事…確かセバスティアーンと言った…」


「そう、そのセバスティアーンという者だ。

 その者、マイカ殿の言動に感銘を受けて訴え出るに至った旨も聞き及んでいる。

 さすれば、コロネルの悪行を暴いたのも、マイカ殿の功績ということになるな。」


「では…クライン村は?コロネル男爵領の村々は?」


「直に解放する。そう、今回の当事者であるエリアンは、私と共に礼を言いに参上すべきであったが、旧コロネル領への支援物資運搬の任のため、明朝早く帝都を発たねばならぬため置いてまいったのだ。

 後日、必ず参上させる。」


「解放…支援物資…ああ、クライン村は助かるのですね…

 騎士団長閣下、閣下も向かわれるのですか?」


「いや、私は別の任務がある故、直率する1番隊と共に残る。旧コロネル領へは2番隊が向かう。エリアンも2番隊所属なのだ。

 そのクライン村とは、マイカ殿と何か所縁ゆかりが?」


「はい。そこのノーラという10歳の少女と、その家族に凄くお世話になったんです。その御礼の品を送ろうと思っていたところで…」


 マイカは、前にハンデルと話していたように、ブラムに頼んで一飛ひとっとびしてもらって届けるつもりだったが、旧コロネル領に滞留している近衛騎士団の一隊が無断で出入りする者の監視を強化している旨の話が伝わってきて、そんな中、ブラムを飛ばすと射落とされる可能性が出てきたため、未だに送れずにいたのだ。


「うむ、引き受けた!2番隊隊長に届けてもらおう。その旨、申し伝えておく。」


「え…?いえ、そんな…このような事を身分がおありの方に頼むなんて、とんでもありません。失礼致しました。」


「なに、造作ない。マイカ殿より受けた恩と比ぶれば万分の一にも満たぬ事だ。

 さ、品物を私に預けられよ。」


「それでは御言葉に甘えまして…」


 マイカは一旦その場を離れ直ぐに戻ってきた。茶色い手の平サイズの小袋を持っている。


「これなのですが…本当によろしいのですか、閣下?」


「うむ!…失礼ではあるが、一応、中身を見ても…」


「はい、勿論です。どうぞ中をお改め下さい。」


と、マイカは自ら袋の口を開き、中身をベルンハルトに見せた。

 金貨5枚と折り畳んだ紙片が入っていた。


「ふむ、金貨が5枚と…それは手紙だな?手紙は開かなくてもよい。

 よし!しかと承った。この品はクライン村のノーラ少女に確実に届くよう手配しよう。」


「ありがとうございます、騎士団長閣下。」


               第40話(終)


※エルデカ捜査メモ㊵


 ベルンハルト近衛騎士団長の貴族としての位は上騎士。ラウムテ帝国の貴族制度においては五爵に次ぐ地位にあり、上級貴族と言っても差し支えない。

 そのような高位の貴族が、恩があるとはいえ、庶民の元へ出向くなどとは、普通は有り得ないことである。

 これは、ベルンハルト自身の律儀さもさることながら、彼の母親が庶民出身であることも大きく関係している。

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