「摂政殿下!マフダレーナ侍女長が緊急の拝謁を求めております!
リーセロットが摂政執務室に飛び込んでくるなり、エフェリーネに向かって叫ぶように言った。
「何ですって!?マフダレーナ侍女長を
エフェリーネもまた、叫ぶように答えた。
マフダレーナ侍女長は銀製のトレーを持って執務室に入ってきた。トレーの上に朱色の
「殿下、お改め下さいませ。」
マフダレーナがエフェリーネに向かって、捧げるようにトレーを差し出した。
エフェリーネは、その袱紗包みを開いて中を見た。
「これは!
…間違いありません、これらの品々は
マフダレーナ侍女長、ありがとうございます…」
そうマフダレーナに礼を言ったエフェリーネの声は、若干、涙声になっていた。
「して、侍女長殿、この御物の品々を盗み
と、エフェリーネの横に居るリーセロットがマフダレーナに尋ねた。
「カラスにございます。」
「カラス?」
「カラス?」
マフダレーナの返答を、エフェリーネとリーセロットが同時に聞き直した。
「はい、カラスにございます。小柄なカラスが宝物庫の通気孔窓から侵入し、盗み出していたのでございます。
そのカラスの寝床に御物がございました。」
「何と…」
「………」
マフダレーナの説明に、エフェリーネとリーセロットは暫し絶句した。その
「マフダレーナ侍女長殿!大手柄でございますぞ!よくぞ事件を解決なさいました!!」
と、リーセロット
「本当に…よくぞ!
これでエリアン騎士と番兵の潔白も証明されます。あなたのおかげです、マフダレーナ侍女長!!」
と、エフェリーネが、それぞれマフダレーナに向かって言ったが、マフダレーナは何故か浮かない顔をしている。
「お待ち下さい!」
マフダレーナが突如大きな声を出したので、笑顔になっていたエフェリーネとリーセロットの顔が少し
「どうしたのですか?マフダレーナ侍女長。」
「はい、殿下。今回の事件を解決するに至ったのは、私の功績ではございません。
外部より協力者を招き入れ、その協力者の方が全て解決して下さいました。
私は、その方の、ただ傍にいただけでございます。」
「外部の…協力者…?」
「はい、殿下。私めは、お誉めに預かるどころか、無断で外部の者を皇宮に招き入れてしまいました。
ですので、罰を受けるべきにございます。」
「その協力者というのは、侍女長の
「…いいえ、違います。今朝、初めて会った人物でございます。」
「初めて?初めて会ったというのに、何故、そのような何処の誰かも判らない者を皇宮の中に入れたのですか!?侍女長殿!」
今度はリーセロットがマフダレーナに詰問するかのように問いかけた。
「はい…初めて会ったお方でしたのに、何故か何の理由もなく、この人は信頼の置ける人物だ、と確信したのでございます。」
「それは…」
と、リーセロットは言いかけ
(それは、何らかの特殊な
と心の中で思った。
「その協力者とは、一体、何処のどなたなのです?」
と、エフェリーネがマフダレーナに、その人物の正体について尋ねた。
「はい。城下にございます商館、ヘルト商会の職員にて、マイカと申される女性で…」
「マイカ!?」
「マイカ!?」
と、マフダレーナが口に出した名前を、エフェリーネとリーセロットが、また同時に聞き直した。
「はい、マイカさんと申される…そう!なんとエルフの方にございます!
エルフの…少女と言ってよい見た目の…何とも愛らしいエルフの女性にございます。」
「侍女長殿、そのエルフの女性の髪色は?瞳の色は?」
「はい、リーセロット殿。マイカさんは白金色の髪色で、緑色の瞳をなさっていて、優しげな感じの美しいお方でございますよ。」
「…それはまさに…
「おや?リーセロット殿には、ご存知の方でしたの?」
「…あ……いや、侍女長殿、別に…知ってる訳では…」
「はい。そのマイカと申されるエルフの女性のことは、
リーセロットがマフダレーナの質問にしどろもどろになっていたところへ、エフェリーネが口を挟んだ。
「殿下!?」
「侍女長にならば話しても良いでしょう。
そのマイカなるエルフの女性は、先日、旧コロネル男爵領においても、ある事件を解決されました。
その時のマイカ殿の言動に啓発された者の告発により、コロネル元男爵の悪事が明るみに出て、旧コロネル領を解放する運びとなったのです。
さすれば、旧コロネル領の領民達を救うきっかけを作ってくれた人物として記憶しておりました。」
「まあ…そうでしたの…やはり只者ではなかったのですね、マイカさんは。
…殿下!そのようなお方とはいえ、無断で皇宮内に招き入れた私の罪は、罪。どうか私に罰をお与え下さい。
しかし、マイカさんと…あと、マイカさんに協力して頂いたヘルト商会のハンデル殿と…そしてケルン君には褒賞を賜りますよう、お願い致します。」
「ハンデル…」
そう呟いたエフェリーネは少し遠い目をした。
「ハンデルと申すは、ヘルト商会の代表で、マイカ殿の雇用主と聞き及んでいますが、ケルン…君とは何者ですか?」
「あ…はい、ケルン君、は……」
マフダレーナは、自分が言い出したのにも関わらず、言いにくそうに口を
「ケルン君と申すは、モンスターのケルベロスでございまして、いや、まだほんの子供なのですが、ケルン君が最終的にそのカラスを追い詰めてくれたのです。」
と、ケルンについて説明した。
「あの、地獄の番犬と恐れられているケルベロスが!?」
リーセロットがマフダレーナの説明を聞き、驚きの声を上げた。
「はい。そのケルベロスなのですが、マイカさんによく懐いていて、馬車の中でもおとなしかったですし…あと、賢くて、人の言葉が判るみたいなんですよ!少しの間一緒に居ただけですけれども、私も可愛く思えてきて…
マイカさんはケルン君のことを、大切な友達と申されておりました。」
「ケルベロスを
「はい…まさに。」
「マフダレーナ侍女長、貴女の英断こそが今回の事件解決を呼び寄せたのです。
罰を与えるなんて、とんでもない!
貴女にも相応の褒賞を与えますよ。」
「摂政殿下…なんと寛大な……恐悦至極にございます。」
そう言ったマフダレーナの顔は感涙に濡れていた。
第39話(終)
※エルデカ捜査メモ㊴
御物窃盗事件が解決に至り、喜んだエフェリーネとリーセロットであったが、カラスが犯人だったことで、解決する前に色々と考えを巡らせたことを二人とも恥ずかしく思い、特にリーセロットにあっては、ウェイデン侯爵による陰謀との私見を口に出したこともあり、穴があったら入りたいと思うほど、自分の早とちりを恥ずかしく思った。
事件が解決する前にエフェリーネとリーセロットが話したことについて、二人が触れることは、この先なかった。