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第38話 『皇宮における御物窃盗事件 その4~被疑者判明~』

 皇宮は四方を運河で囲まれており、門のある箇所に橋が掛けられている。

 橋は跳ね上げ式で、いざ、外敵が攻めこんできた場合、橋を跳ね上げて城内への通行を困難にすることが出来る。

 幾つかある門の内、最も大きいのが、ヴォール門と呼ばれる表門と、ナー門と呼ばれる裏門である。

 表門は都心部に通じ、裏門は郊外に通じている。郊外のその先は直ぐに山地の森となる。


 その裏門に掛かる橋の外側にハンデルの姿があった。

 ハンデルは馬車に乗っている。

 馬車は、いつもの二頭立ての大型の馬車ではなく、栗毛の馬が一頭で曳く、やや小型のもので、白い幌付きの荷車を付けており、その荷車の中にケルンが居た。

 マイカがマフダレーナに頼んで、皇宮の裏門外まで来るようにと連絡してもらったのだ。


 そのマイカは、再び皇宮の裏庭にいた。マフダレーナも傍に居る。

 手に筒型の望遠鏡を持ち、例の小柄なカラスの様子を見ている。


 (通常、カラスが寝床に戻るのは夕刻になってからだろうが、いつ動き出すか判らんから、ずっと見張っていなければ。)


「マフダレーナ様、長時間になりますので、マフダレーナ様はどうぞお戻り下さい。

 私が一人で見張っておきますので。」


「いいえ、私も傍におりますわ。責任ある立場ですもの。」


 マイカとマフダレーナが見張りを始めて数時間経っても、小柄なカラスは木の上に留まったまま動こうとしない。


 (じっと宝物庫の通気孔の方を見たまま動かないな…エサを取りに行くことすらしない…ここに来る前に食べてきたのかな?)


などとマイカが思っていると、その小柄なカラスが突然飛び立った。


「動いた!」


 その小柄なカラスは宝物庫の通気孔に向かって飛び、やがて中に入っていった。

 体を鉄格子に擦り付けながら、その小柄な体でも、やっと入れるような感じだった。


「マイカさんの言ったとおり、入っていったわ。内に居る者に知らせて捕まえさせましょう。」


「いえマフダレーナ様、今、捕らえてはいけません。このまま出てくるのを待ちましょう。」


 (今、捕らえてしまったら、無くなった物の在りかが判らなくなる…)


と、マイカとマフダレーナが会話をしている間に、その小柄なカラスは、直ぐに通気孔から出てきた。しかし、何も持ってはいなかった。


 (ん?何も持ってないぞ…読みがハズレたか…?

 いや!現場の状況から判断するに、やっぱり、あのカラスが先に無くなった二点の御物ぎょぶつを盗んだ可能性が高い、とオレは思う!)


 カラスは通気孔から、これまた、やっとのことで出てきて、そして留まっていた木には戻ることなく飛び去ろうとしていた。裏門の方角へ向かっている。


 (やはり裏門の方、山へでも戻るつもりか?寝床に帰るのか?)


 マイカは、飛び去ろうとする、その小柄なカラスを追って走り出した。マフダレーナも尾いてくる。


 (マフダレーナさん、速っ!)


 年輩であるマフダレーナだが、さすがはかつて近衛騎士団の一員だったこともあり、全速力で駆けているマイカに楽々と尾いてきて、裏門の近くまでくると、マイカを追い抜いていった。


「開門!!」


と、マフダレーナが門番の兵に叫び、開かれた裏門からマイカとマフダレーナが外へおどり出た。

 カラスは、二人よりもかなり先へ進んで飛んでいる。


「ケルン!あのカラスを追って!!」


 裏門から運河に掛かっている橋を掛け渡りながら、橋の向こうにいるハンデルの馬車に向かってマイカが叫ぶと、荷車の後ろからケルンが飛び出てきて矢のように走り、カラスを追いかけた。

 マイカとマフダレーナは馬車に飛び乗り、ハンデルが馬車を急発進させた。


 (ケルンは何処まで追いかけた?)


 山のふもとまでは馬車で行けたが、山中へは入れないため、マイカ、マフダレーナ、そしてハンデルの三人は馬車を降りて山中の木々の間を歩いている。


 暫く山を登り、陽もだいぶ暮れてきた頃


「ワン!ウォン!キャン!!」


と、ケルンの吠える声が聞こえてきたため、三人はそちらへ向かった。


 高さ10mほどの、周りの木より幾分高い木の下で、ケルンが飛び上がりながら頭上に向かって吠えていた。

 見上げると、木の枝に、あの小柄なカラスが留まっていた。横に、細い木の枝を組んだようなものがある。


 (?、今の時期、カラスは子育てしている頃の筈…しかし、あの枝を組んだの固まりにはつがいも、ヒナも居ない。巣ではなく単なる寝床のようだ…

 子育ての時期に、メスが単身なのは考えにくい。ならば、あのカラスはオスなのかな?カラスは見た目では区別出来ないけど…)


「そんな事は、まあいいや。

 ハンデル、ロープを貸して!」


 ハンデルは馬車から降りる際、マイカに言われて一巻きのかぎ付きのロープを手にしていた。

 マイカは、ロープの先端の鉤の部分を樹上に投げ、枝に引っ掛けた。


「よし!巧く掛かった。」


 マイカは、スルスルとロープを伝い、木の上に登っていった。


「へえーっ、意外だなマイカ。お前さん、そんな事も出来るのかい?」


 ハンデルが意外そうに、木を登っていくマイカを見上げながら声を掛けた。


「ああ、木登りは得意なんでね。」


「しかし、胸だけじゃなく、尻もデカイんだな……」


「ああ?ハンデル、何か言った?」


「いや、別に…」


 下からマイカの臀部でんぶを見上げて呟いたハンデルの言葉は、幸いにもマイカの耳には届かなかった。


「…何か、とても、失礼な事を言われた気がしたんだが……

 あと、もうちょい。」


 マイカが寝床の近くまで辿り着いても、カラスはケルンの吠える声に威圧されたのか、動けないでいる。


 (カラスの寝床は集団で固まってる筈だが、周りを見回しても、この一つだけポツンと…どういうことだろう?)


「あっ!これは!?」


 マイカが寝床を覗き込むと、金色の小さな指輪とブローチが置かれていた。


 (ん、軽い…これは貴金属で出来たものではないな。)


 マイカが手にした、その指輪とブローチは、木材に金色の塗料を塗った台座にガラス玉を嵌め込んだ物だった。


「マフダレーナ様、これがカラスの寝床に有りましたけれど。」


 木から降りたマイカは、寝床から取ってきた指輪とブローチをマフダレーナに見せた。


「まあ!まさしくこれですわ!!宝物庫から無くなった御物は!!」


 (やはり、あの小さなカラスが犯人だったのか…何となく全容も判ったような気がする…)


「あ、そうだ。ハンデル、何かアクセサリー持ってない?何でもいい。」


 ハンデルが偶然持っていた、ペンダントヘッドをマイカに渡した。

 金合金の台座に赤い天然石を嵌めた小さな物で、さほど重量はない。

 マイカは、そのペンダントヘッドを持って再び木に登った。

 カラスの寝床にペンダントヘッドを置くと、横に居る、いまだにケルンの威圧が効いて動けないカラスに向かって言った。


 「代わりにこれをあげるから、あの2つは返して貰うよ。

 良いお嫁さんが見つかるといいね。」


 ハンデルの馬車に乗って皇宮に戻る時、荷車の中でマイカはマフダレーナに対して、この事件解決の糸口となった推測について語った。

 マイカは、清掃員の衣装は既に着替え、今は若草色の半袖ワンピース姿になっている。


 カラスには光る物を好む者がいること。

 あのカラスは小柄だったため、狭い幅の鉄格子を抜けて宝物庫に入ることが出来たということ。

 小柄であるがため、重い貴金属類を嫌って、軽い、あの2点を持ち出したのだろうということ。


「…なるほど…しかし、カラスが犯人とは、盲点もいい所ですわ。マイカさんは、良く物をおりですのね。」


「私も、あのカラスが威嚇してこなければ判りませんでした。

 あと、あのカラスは小柄なので、他のカラスから仲間外れにでもされているのか、本来なら集団で固まる筈の寝床が単独だったのも判りやすくて助かりました。」


「ふむふむ。カラスは光る物を好むとマイカさん、おっしゃいましたけれど、自分の寝床まで持ってきたのには、何か理由があるのかしら?」


「んー、カラスは、割りと何の意味もなく収集するらしいのですが、もしかしたら、あのカラスは求愛のプレゼントにでも使おうとしてたのかもしれませんね。

 他のカラスがとっくに繁殖期に入っているのに、いまだ独身のようでしたから。」


「あのカラス、また来るかしら?」


「さんざん、このケルンに…」


と、マイカは、横で伏せているケルンの3つの頭を交互に撫でながら


「恐い思いをさせられたので、もう来ないとは思いますが、念のために鉄格子に改良を加えたほうが良いかもしれません。」


「ええ、そう致しますわ。そうね、鉄格子に横向きに針金でもくくろうかしら…

 しかし、そのケルン君?ケルベロスの…マイカさんに、よく馴れてらっしゃるのね。」


「はい。私の大切な友達です。」


 馬車は再び皇宮裏門に架かる橋の前に戻ってきた。


「マフダレーナ様、お先にどうぞ。」


 マイカがそう言い、マフダレーナは馬車の荷車から下りた。

 下りる際、素早く荷車の後ろに回り込んでいたハンデルが


「失礼。」


と、マフダレーナの手を取って、下りるのを介添えしてやった。

 マフダレーナは、そのハンデルの横顔を見て、頬を赤くしている。


「マフダレーナ様、この衣装をお返しします。」


 マイカは荷車から下りずに、さっきまで着ていた清掃員の衣装を綺麗に折り畳んでマフダレーナに渡した。


「はい……マイカさん?」


「それではマフダレーナ様、お疲れ様でした!」


 マイカが明るくそう言うと、マフダレーナを下ろした後、素早く御者台に戻っていたハンデルが馬に合図を与え、馬車が走りだした。


「え…いや、いや!マイカさん!マイカさん!!お待ちになって……」


 マフダレーナが呼び止める声は、素早く走り去る馬車の中に居るマイカには届かなかった。


               第38話(終)


※エルデカ捜査メモ㊳


 今回の事件の犯人であるカラスは、マイカの読みが外れ、また戻ってきた。

 鉄格子に針金を張られた通気孔には入ることは出来なくなったが、それでも、毎日同じ時間にやって来ては、夕刻まで、ずっと通気孔近くの木に留まっていた。

 それを見たマフダレーナが不憫に思い、パンやチーズなどを与えたところ、マフダレーナになついてしまい、そして、宝物庫通気孔近くの木の上に寝床を移してきた。

 このカラスが御物盗の犯人だと知れると、捕らえて処罰すべし、との意見が出たが、マフダレーナはカラスを庇い続けた。

 マフダレーナから毎日エサを貰って、カラスの身体は段々と大きく逞しくなり、とうとう、パートナーを得ることが出来るのであるが、それは先の話。

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