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第37話 『事件名:皇宮における御物窃盗事件 その3~現場へ~』

 (うーん。清掃員の格好というのは、古今東西共通するものなのかな?)


 皇宮侍女セシリア付きの女中ハンナとヘルト商会本部で話し合った翌朝、皇宮内の一室にマイカの姿があった。

 マイカは、灰色の長袖シャツに同色のズボン、薄いなめがわの手袋を身に付け、頭に大きな白い三角巾を巻き、エルフの特徴のある耳を隠している。また、顔の下半分も三角巾でマスクをして、面相も判りにくくなっている。

 その格好で手にほうきを持ち、背中に紐の付いたはたきを背負ったその姿は、どこからどう見ても、清掃員の姿だった。


 そのマイカの傍に紺色ワンピース姿の

    年齢50歳代くらい

    白髪混じりのグレーの髪を巻いてお団

   子にした

    細身の背の高い

女性が立っていた。

 この女性は、皇宮侍女長のマフダレーナという女性である。

 昨夜ハンナが


「手は有ります。マイカさんが皇宮内に入れるように出来る手が…」


と言った後


「侍女長のマフダレーナ様にお頼みします。

 マフダレーナ様はセシリア様の御親戚に当たられるのです。」


と説明してくれたとおり、このマフダレーナとセシリアは親類関係にあり、セシリアが皇宮に仕え始めた時から何かと世話をして可愛がっていた。

 また、実はこのマフダレーナは、女性の身ながらかつて近衛騎士団の騎士であった。

 であるため、セシリアを深く悲しませ、且つ、近衛騎士団の名誉にかかる今回の事件について、マフダレーナは深く心をいためていた。


 当初、ハンナからの申し出を受けた時、マフダレーナは


「そんな赤の他人を皇宮内に入れることなど出来ない!」


と突っぱねたが、今朝、ハンナが連れてきたマイカを見るなり、マイカを信頼の置ける人物と認識し、皇宮内に立ち入らせることを認めた。

 この事は、マイカも薄々感じ取っている、他人を信用させる、マイカの、何か特別な能力が働いたものと思われる。

 エルフであるマイカを最初に見た時、マフダレーナが非常に驚いたことは言うまでもない。


 マイカを臨時雇いの清掃員ということにして皇宮内に招き入れ、マフダレーナが案内していた。侍女長のマフダレーナが同行とあれば、皇宮内の大抵の場所へ出入りできる。

 マイカはマフダレーナに案内され、宝物庫の近くまで行ってみたが


 (これは…不審者は宝物庫の前にすら辿り着けないな。)


と、マイカが思ったとおり、宝物庫へ至る廻廊のあちらこちらに見張りの兵が立っており、行き来する者を監視している。

 そして、廻廊の左右には多くのドアがあり、その中に兵の詰所が何ヵ所もあるという。


 (…中から宝物庫に至ることは不可能か…ならば外からはどうだ?)


 宝物庫の外部は皇宮の裏庭で、すぐに高い城壁があり、城壁の上にも見張りの兵がいる。

 外部からは宝物庫への出入口は無く、ただ石壁が続いていた。


 (ん…?あれは?)


 マイカは、皇宮外部の一面の石壁の中に、小さな窓が一つだけあるのを発見した。

 その窓は地上5メートルくらいの高さにあり、大きさは普通の人なら入れそうなくらいだが、10cm間隔くらいに鉄格子がまっている。


「マフダレーナ様、あの窓は?」


「あれは宝物庫の通気孔です。風を通さないとカビが生える物もあるゆえ。」


「風を通す、ということは、中にも通気孔が?」


「ええ、ありますよ。でも、あれよりもずっと小さなものが二つ。同じように鉄格子を嵌めて。」


「あの鉄格子は外せますか?」


「いえ、無理でしょう。とても頑丈に造られていますから、周りの石壁ごと崩しでもしない限り。」


 (…ふーむ…内からも外からも宝物庫に侵入するのは極めて難しいな。

 ならば、やはり実際に出入りできる者のラインか…)


「カァァーーッ!」


 その時、通気孔近くの一本の木から鳴き声が聞こえてきた。


 (ん?カラスか?)


 マイカが鳴き声のした方を見上げると、一羽の黒い鳥が木に留まっていた。

 カラスというには小さい。少し大きい鳩くらいのサイズだ。


「んまぁーっ、カラスがこんな所にまで。」


と、マフダレーナが忌々いまいましげに言った。


 (ああ、やっぱりカラスでいいのか。でも、オレの知っているカラスよりも、随分と小さいような…)


「マフダレーナ様、ここのカラスはあんなに小さいのでしょうか?」


「そういえば、あのカラスは少し小柄ですね。

 いいえ、ゴミ捨て場をよく荒らすカラス共は、もっと大きいですわよ。」


と、マフダレーナが両手を広げて大きさを表現して見せた。

 どうやら、この異世界のカラスも、通常はマイカが見知っているカラスとサイズは変わらないようだ。


「はて、そういえば、あの小柄なカラスはゴミ捨て場では見かけませんわね。」


「……」


 マイカは、カラスについての話題は、それ以上、口にすることなく、その宝物庫の通気孔の方へ近付いていった。


 バサ、バサッ


 その小柄なカラスがマイカの頭上スレスレまで近付いてきた。

 一旦、飛び過ぎた後、再び戻ってきてマイカの頭上スレスレを通過する。


 (これは威嚇いかくか?何で通気孔に近付こうとすると威嚇する?)


「本当に忌々しいカラスだこと!

 マイカさん、大丈夫かしら?」


 マフダレーナがマイカに近付いてきて、腕を上方向に大きく振って、カラスを追い払う素振りをした。


「ありがとうございます、マフダレーナ様。

 はい、大丈夫です。」


 カラスは、元の留まっていた木の上に戻っていた。

 マイカの方をずっと見ている。


 (人が侵入するのは、極めて不可能に近い現場と、威嚇してくるカラス…うーん…これは、もしかすると…)


「マフダレーナ様、戻りましょう。少しお話があります。」


 マイカとマフダレーナは、その場を離れた。


               第37話(終)


※エルデカ捜査メモ㊲


 ラウムテ帝国皇宮侍女長マフダレーナは現在58歳

 代々続く帝国騎士家に生まれ、他に男の兄弟がいないため、幼い頃より父親から剣の教えを受ける。

 生まれ持った身体能力の高さと、勘の良さにより、その剣技はメキメキと上達し、17歳の時に選抜試験に合格し、近衛騎士団の一員となる。

 女性の身で、しかも弱冠17歳の若さで近衛騎士団員となったのは異例中の異例であったが、それだけ彼女の能力が優れていたためであり、その俊敏かつトリッキーな動きの剣技から〈軽業師〉の異名を持っていた。

 先帝ヨゼフィーネとは年齢も近く、女性同士であったことから、ヨゼフィーネから特に信頼を受けていた。

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