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第36話 『事件名:皇宮における御物窃盗事件 その2~苦悩する摂政エフェリーネ~』

 マイカが帝都に到着すれば、直ぐにでも呼び出して面会するつもりだった摂政エフェリーネであったが、とてもそれどころではない状態に陥っていた。

 勿論、御物ぎょぶつ盗難事件の発生が原因である。

 先帝が崩御ほうぎょした後、5歳の幼児が帝位を継いだことと、若年かつ女性である自分が摂政となったことに対して不平不満の態度を示す者や、表向きには不平不満な様子は感じられなくても動静不確かな者が多い中、皇族の近辺にはべる近衛騎士団は相変わらず強い忠誠心を維持し、また、近衛騎士団長のベルンハルト・レーデンからは、忠誠心以外のものも、エフェリーネは感じとっていた。


 (近衛の騎士が盗んだ筈がないわ…番兵も盗む筈がない…しかも、あんな価値の低い物を…

 でも、誰が一体、何のために…?)


 今回宝物庫から消えた指輪とブローチは、皇宮侍女セシリア付きの女中ハンナがマイカに言ったとおり、非常に安価な品物だった。

 町娘などが、ちょっとしたオシャレに使う、金色の塗装をした木材製の台座にガラス玉をめ込んで造られている、銅貨の10~20枚も出せば購入出来るような代物であった。


 (あの指輪とブローチは、私がヨゼフィーネ陛下に対して、直ぐに心を開くきっかけとなった物…

 あの日、皇宮に連れてこられる途中、道端の露店で売られていたのを、私が物欲しそうに見てて、後日、それを買って私にプレゼントしてくれた…本当に嬉しかったな…

 今まで、貴族達や大商人などから色んな高価な物を献上されてきたけど、そんな物たちなんかよりも、私にとっては遥かに大切な思い出の品…)


「摂政殿下、失礼致します。」


 エフェリーネの執務室のドアの外から呼び掛ける声がし、やがて声の主が室内へ入ってきた。


「リーセロット、首尾はいかがでしょうか?」


「はい、殿下。エリアン騎士は、相変わらず「自分は盗んでいない」の一点張りです。

 配下の者が取り調べている番兵も同様にございます。」


「そう…そうでしょうね…」


「しかし、このまま何の進展もなければ鑒察使かんさつしが身柄を引き渡すように申し出ていることに断りきれなくなります。」


 ここにいう鑒察使とは、皇宮に仕える者や身分ある者が帝国の掟や規律に違反した場合に、その取り調べや処罰に関する権限を持つ機関のことで、エリアンと番兵が拘束された際も、身柄の引き渡しを要求してきたが、エフェリーネが、当の被害者は自分であるので、と理由付けて、自分の元に身柄を引き取っていたのである。


「…鑒察使への引き渡しなど、わらわが絶対にさせません。

 鑒察使など、拷問も辞さないかもしれないし、そうなれば、やっていなくても、やった

と言うかもしれません。

 …私は、その二人が盗んだものではないと思っています。リーセロットは?」


「はい。私も同じ考えでございます。」


「しかし、ならば一体誰が犯人なの…?」


「…ララに皇宮内の影に潜ませて情報を集めておりますが、真犯人に繋がる情報は掴めておりません。」


「そう…」


「私の私見を述べてよろしいでしょうか、殿下。」


「私見とは、何です?」


「はい。この事件は、殿下と密接な関係にある近衛騎士団を陥れるために何者かが仕組んだものではないか、と私は考えます。

 近衛の力を弱体化させ、殿下の後ろ楯を弱くしようと…」


「…なかなか大胆な推理ですね、リーセロット。

 では、何者が仕組んだのだと?」


「私は、ウェイデン侯が最も疑わしいかと…」


「…リーセロット、そのこと、わらわ貴女あなたの胸に仕舞って、もう絶対に表に出さないようにしましょう。

 …でも、わらわ自身を失脚させるだけならまだしも、近衛の力が弱体化すれば、侯爵自身の子であるヤスペルに、皇帝陛下にも悪影響を及ぼすわ。だから、その線の可能性は低いんじゃないかしら?」


「…ウェイデン侯ならば、自らが皇帝になり得ます…」


「リーセロット!そんな恐ろしいことを!

 そんな、そんな事が起きれば、属国の王と王父となられている二人の叔父上や、他の貴族達も黙っていませんわ、周辺諸国も…

 大きな戦乱の時代が来てしまう……」


「……そうならぬよう努めるのが、我ら隠密の役目にございますが…」


 そう言ったリーセロットのおもてに強い殺気が表れた。


「…リーセロット、貴女の言ったこと、今は忘れます。引き続き真犯人探しを続けて下さい。

 もし、見つからない時には…」


「殿下…」


「もし、見つからない時には、私が民の為に非情の判断を下します。」


 エフェリーネがそう言ったのには訳があった。

 今回の事件がなければ、近衛騎士団に旧コロネル男爵領の解放と、救援物資の運搬の任に当たらせようとしていた。

 しかし、鑒察使や貴族達が、反乱防止の為に旧コロネル男爵領に滞在している者達を除いた近衛騎士団員全員を謹慎させるようにと要求してきたことから、未だに旧コロネル男爵領領民達に救いの手を差し伸べられないのだ。

 事件の解決を待たねば近衛騎士団の謹慎を解けず、飢餓まで猶予のない旧コロネル男爵領の領民達を救うためならば、たとえ無実であっても、しかるべき処断を下すと、エフェリーネは言っているのだ。


「近衛ではない他の者達を手配しようにも、貴族らに様々な理由を付けられて思うようになりません。

 一刻も早く救わなければ、旧コロネル領の領民達が…」


「…心中しんちゅうお察しします、殿下…」


 「拷問なんかによる仮初かりそめの自白なんかではなく、わらわがきちんと当人に説明してから…

 いえ、それはまだ気が早いですね。

 リーセロットには、引き続き真犯人の探索をお願いします…」


「はい、殿下。」


 リーセロットは物音ひとつ立てずに部屋から去っていった。


               第36話(終)


※エルデカ捜査メモ㊱

帝国鑒察使かんさつしは貴族や上流階級にある者、及びその親類縁者によって構成され、皇宮に仕える者や、貴族、上流階級にある者達が帝国の掟に背いた場合や、不正を働いた場合に対して司法的権限を持つ機関であるが、しばしば、貴族が影響力を増すためや、貴族同士の派閥争いなどの私的運用にも利用されてきた。

 そういった点で、とても純粋な司法機関とはいえず、先帝ヨゼフィーネは、この鑒察使をよく管理し、貴族が私的に運用することを厳しく管理し、私的運用をした場合、その鑒察使や利用した貴族を粛清してきた。

 ヨゼフィーネが崩御した現在、再び影響力を強くしようと活動を活発化している。

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