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第34話 『帝都到着…そして、ある女性からの相談』

「帝都では街に入る時から、お前さんがエルフだということを隠さないでいこう。」


と、ハンデルが言ったため、マイカはいつもかぶっている、ウェイデン侯爵領グレンスの衛兵から貰った大きな麦わら帽子を外して馬車の御者台に座っていた。


「エ、エルフ!?」

「うわっ!エルフだ!!」

「え、エルフ?本物?」


 日が暮れても人通りが多い帝都の通りを進んでいると、皆、一様に驚きの声を上げてマイカを見てきた。

 また、多くの人々がマイカが乗った馬車にいてきていた。

 ハンデルも人が尾いてきやすいように、わざとゆっくり馬車を進ませていた。


 やがて馬車は赤レンガ造りの大きな三階建ての建物の前で止まった。


「ここがヘルト商会帝都本部さ。手っ取り早く言えば、俺のウチだ。」


と、ハンデルは誇らしげにマイカに言った。


「へえーっ!凄いじゃないか!アンタの若さで、こんな立派な店を建てれるなんて!」


「ハハッ…まあ…借屋なんだけどな。」


 ハンデルはマイカにそう言った後、馬車から降りて尾いてきていた多くの人達に向かって


「さて、皆さん!明朝、このヘルト商会開店時から、このエルフのマイカ嬢が接客致します。

 どうぞ、こぞってお越し下さいませ!」


と大声で言った。


「何!エルフの売り子だと!?」

「それは珍しい!」

「ご近所さんも誘わなきゃ!」

「来るよ!絶対に来る!!」


と、集まった人々は口々に叫んだ。

 帝都においても、マイカの客寄せパンダとしての効果は抜群のようだ。


「こちらが商会副会長のロヴィー、こちらは仕入れ担当のニコ、あいつとそいつは……」


 建物の中に入ると、一階は全面店舗で、女性ものの衣服や装飾品アクセサリー、武具や壺、食器などの様々な商品があり、そこで陳列の作業をしていた10人程の人の紹介をハンデルはマイカにし始めた。

 皆、エルフを見るのは初めてで、一瞬、固まりはしたものの、ハンデルから事前に連絡があったらしく、にこやかに応じてくれた。


「しかし、明日たくさん客が集まってきても、中に入れる人数は限られてしまうな…」


と、ハンデルはマイカが接客することを宣伝しておきながら、その効果の大きさを想像して戸惑ったように言ったため、マイカは


「整理券を配ればいいじゃないか。」


とハンデルに向かって言った。


「整理、券…?」


「あら、知らなかった?

 うん。番号を書いた券を配って、例えば1番から100番は9時から10時まで、101番から200番は10時から11時とかって、時間と人数を指定するんだよ。

 それが整理券さ。」


「なるほど!それは良い!!

 よし、明朝7時に店を開けた時、まずは整理券を配ろう。

 商品の販売開始は何時にしようか?」


「それは集まった人の数で判断すればいいんじゃない?」


「そうだな!じゃあ早速、整理券を作ろう!」


 翌日、ヘルト商会帝都本部は、開業以来最大のにぎわいを見せた。

 マイカはインハングの街で見せた、ファッションモデルとしての役割と、そして売り子としての接客もにない、大忙しだった。

 そして、なんとケルンも手伝った。

 その三つの頭を上手く使い、バランスを取って商品を運び、補充に当たった。

 初めはモンスターのケルベロスであるケルンを気味悪がったり、怖がったりした客達も、まだ子供で、ちょこまかと可愛らしい仕草で荷物を運ぶケルンの姿を微笑みを持って見るようになってきた。

 ケルンに慣れてきた客が


「ケルンちゃん!」


と呼んだところ、その客の顔を見て大きく尻尾を振り


「アン!ウァン!キャン!」


と鳴いて愛嬌を振り撒くと、更に客達の心はほがらかなものとなり、マイカは元より、ケルンもこの場において人気者になった。


 ヘルト商会に居るエルフの美少女と、よく馴れたケルベロスの子供の噂は、日を待たずに帝都中に広まった。


「いやあ、ここまで売れるとは思わなかったぜ!倉庫の中まで、みんなカラになっちまった!!」


 ハンデルが嬉しい悲鳴ともいうべき声を上げていたところ、一人の若い女性が、このヘルト商会帝都本部に訪ねてきた。


「おや、すみません。今日はもう店閉まいなんですよ…と、あ、あなたは…」


 その若い女性はヘルト商会の常連客で、皇宮の侍女に仕えているハンナという女性だった。


「ごめんなさいハンデルさん、今日は買い物に来た訳じゃないんです。

 実は相談したいことがあって…でも、こんなこと、ハンデルさんに話しても、どうなるものではないかもしれないけれど…他に相談できる人がいなくて…」


「どういったご相談ですか?」


「私がお仕えしている皇宮侍女のセシリア様についてなんですが…」


 皇宮侍女のセシリアは代々続く帝国騎士家の令嬢で現在20歳。幼少の頃より皇宮へ出仕し、様々な職務をこなしてきている。

 セシリアは人当たりも良く、部下であるハンナらにも優しく、とても良くしてくれるという。

 セシリアには婚約者がおり、その婚約者というのは近衛騎士団員のエリアンという22歳の若者であるが、このエリアン騎士に窃盗犯の容疑がかかり、身柄を拘束されてしまった。

 その盗んだとされる物が、よりによって御物ぎょぶつ、すなわち皇族の所有物であるため、与えられる刑罰は死罪となる。

 愛する婚約者が死罪になればセシリアも自害するかもしれず、それを止めるにはどうすればよいだろう?


というのが相談の内容だった。


「近衛の騎士様が御物ぎょぶつを盗むなんて、あり得ないことだと思いますが。」


「そうなんですハンデルさん。ご本人も捕まる前、絶対にやっていないと申されていたそうで…しかし、状況からすると、エリアン様しか盗むことが出来る人は他に考えられないらしくて…」


「ほう…」


「でも、奇妙なことが起きたんです。エリアン様が捕まった後、また御物ぎょぶつが一つ盗まれたんです。今度は宝物庫の番兵が捕まりました。

 そう、御物ぎょぶつの盗難が2回続いたんです。」


「その盗難事件について、私にもよく話してくれませんか?」


 物陰に隠れるようにして二人の話を聞いていたマイカがハンナの前に姿を現し、そうハンナに尋ねた。


「エ…!エルフ!?」


 ハンナが驚きの声を上げた。彼女もまた、エルフを見るのは初めてらしい。


「ん?何だマイカ、お前さんも力を貸してくれるのかい?」


「うん。アンタには前に少し話したよね、クライン村での事件のこと。

 私は、前は色んな事件を捜査して真実を突き詰めることを仕事としていたんだ。」


 こうハンデルに向かって言ったマイカの心に、前世に刑事だった頃の探究心、好奇心が再び沸き上がってきている。


「だから、力になれるかもしれない。」


 そう言ったマイカの目は輝いていた。


               第34話(終)


※エルデカ捜査メモ㉞


 皇宮侍女セシリア付きの女中ハンナは19歳。

 給料が出るたびにヘルト商会を訪れては、可愛い小物を買うことを趣味としている。

 15歳の時に田舎から帝都に出てきて、皇宮の女中として働くようになった。

 皇宮で働くようになったのは、帝都の就業斡旋所において紹介されたことがきっかけである。

 この就業斡旋所は、近年、ラウムテ帝国の経済が著しく発展し、様々な職種において多くの人材が必要となったため設けられた機関であるが、この機関を設けたのは第9代皇帝の女帝ヨゼフィーネである。

 重ねて言えば、帝国に著しい経済的発展をもたらしたのもヨゼフィーネである。

 この就業斡旋所が設けられる以前は、女中のみならず、皇宮内において働こうと思えば、既に皇宮で働いている者や、貴族や有力者などのコネが必要だった。

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