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第33話 『パルキールの街 殺人剣と活人剣』

 ファーハイトの宿場町を出発したマイカとハンデル一行だが、帝都への本街道の渋滞混雑ぶりは相変わらずで、ノロノロと少し進んだら直ぐに止まり、また少し進んでは止まってしまう、ということを繰り返していた。


「こりゃダメだ、マイカ。

 ここからほんの少し先にパルキールという宿場町がある。今日は日の高いうちに宿を決めて明日に賭けようぜ!」


 まだ昼過ぎの頃にパルキールの宿場町に着き、今度はそれぞれ一部屋ずつ取ることができた。

 更に頼み込んで、マイカはケルンと、ハンデルはブラムと同じ部屋で泊まれることになった。


 宿屋の食堂で遅めの昼食を摂った後、その宿屋の広い馬車置場でマイカとハンデルは革製の鎧兜を身に付け、両刃の長剣を模した木剣を持って剣術の稽古を始めた。

 当初、鎧兜を身に付けたのはマイカだけであったが


「ハンデルも防具を付けてくれ。私の剣がアンタの身体に届く事はないだろうとは重々承知しているが、それでも気兼ねして、私は思い切り剣を振ることが出来ない。

 それでは良い稽古にならないから。」


と頼んで、ハンデルにも防具を身に付けてもらった。


 (くっ、手も足も出ないとは、まさにこの事づな。剣道七段練士のオレが、まるで子供扱いだ。)


 マイカが両手に力を込めて振るう木剣を、ハンデルは片手で事も無げに軽々と払っている。


「やっぱり出来るな、マイカ。

 お前さん、思っていたよりも、よっぽど腕が立つぜ!」


 (そう言いつつ余裕じゃねえか。しゃくさわるヤローだ!

 ならば、これはどうだ!?)


 マイカは木剣を斜めにしてハンデルが打ち下ろしてきた木剣の刃先を横手で受け、そのまま滑らすように自らの木剣を前に打ち出してハンデルの面を襲った。


 (取ったか?)


 しかし、マイカが振るった木剣がハンデルの兜に当たる直前、目にも止まらぬ素早さでハンデルはかわした。


「マイカ、何だ今の技は?凄いじゃないか!」


「ああ、元の世界での私の国の刀は片刃の両手剣でね、盾を持たないんだ。

 それで、厚く作ってる刀の横手の部分で、しのぎと言うんだが、そこで相手の剣を受けたり払ったりするのさ。

 今のは、その鎬を生かした使い方だったんだが…ハンデルは初めて見たんだよね?こんな剣の使い方。」


「ああ、初めてさ。驚いたぜ!」


「初めて、なのに…あっさりと躱された…」


「…でも、俺以外なら躱せないだろうぜ。

 マイカ、お前さん、本当に良い腕してるな。そこらの騎士より、よっぽど強いんじゃないか?」


 マイカとハンデルが剣の稽古をしている馬車置場で、ケルンも走り回っていた。

 走っては、大きな木に体当たりしたり、飛び上がって木の枝に噛み付いたりしていた。

 遊んでいるのではなく、ケルンも、はっきりとした意識を持ってトレーニングしているのである。

 アソゥ団に襲われた時、自分のせいでマイカを窮地に立たせてしまったとケルンは思っており、今度同じような目に遭ったら、その時は足手まといにならないように、いや、自分がマイカを守れるようにとの意識を持って鍛練しているのである。

 日が暮れるまでマイカとハンデル、そしてケルンの稽古鍛練は続いた。


「ふーっ、昨日、あれだけハードに稽古したのに、どこも痛くない。

 若い身体って素晴らしいなあ!」


 朝早くパルキールの宿場町を出発したマイカは、馬車に揺られながら沁々しみじみと思っていた。


「なあ、ハンデルは大丈夫?疲れてな……いな、その様子じゃあ。

 昨日、軽々と私の剣をさばいていたもんな…」


 ハンデルは御者台の上、マイカの隣で二頭の馬の手綱を操っている。ようやく街道の渋滞が解消したので軽快に飛ばしている。


「いやあ、軽々じゃなかったぜ。本当に驚いたぜ!

 お前さんほどの腕だったら、闘商も立派につとまるぜ。どうだ、やってみる気はないか?」


「いや、無理だよ。私には人は殺せない。

 私の剣は、相手を殺すことは無い、と判った上でのことだから思い切り打ち振るえるんだ。

 殺してしまうかもしれない、と思ったら、手が止まってしまうだろう…」


「ほう。じゃあ、お前さんは人を斬ったことはないのかい?」


「ああ、無いさ。」


「人を斬ったこともないのに、あの剣の冴え…お前さんの剣の流派は何て言うんだい?」


「剣道って言うんだ。」


「ケンドー…?」


「剣の道、という意味さ。剣の修練をする事で心身を鍛え、おのれの精神を昇華させる事を目的としていてね、人を斬ることが目的じゃないんだよ。

 そう、人を殺す殺人剣ではなく、人を活かす活人剣の考え方が元となっているのさ。」


「活…人、剣?

 へえー…初めて聞く。なんか、いいな、それ。」


「あ!判ってくれるのかい?

 じゃあさ、ハンデルもどう?殺さない方向で剣を振るう道に進まないかい?」


 こう言ったマイカの心には、ハンデルは何か勿体無もったいないという気持ちがあるからだ。

 ハンデルほど気の良い、また、人の痛みを判っている人間が、極悪人相手とはいえ躊躇ためらうことなく命を奪うことを。

 非難ではない。この世界の常識では、ごく当たり前の事となっていることをハンデルは行なっているだけなのだから。

 だが、ハンデルにはもう人を殺して欲しくないという思いがマイカの心には芽生えてきている。

 どうしてそのように思うのかは、マイカ自身も、今は判っていない。


「そうだなあ…この世界から悪人が一人も居なくなったら、俺もその活人剣とやらを極めるようにするよ。」


 朝早くパルキールの街を出て、昼前になった頃、とある店舗街にマイカ達は立ち寄った。

 このような店舗街は、旅人や行商人らのために帝国本街道にはいくつ設置されているという。


 (へえー…なんか、道の駅みたいだな。)


とマイカが思ったとおり、そこには幾つかの飲食店と、現地の作物や土産物等を売っている店があった。

 そこで昼食のため小休止して、あとはずっと駆け通し、夕刻過ぎに帝都に到着することができた。


 (インハングの街も大きかったが、それよりも遥かにデカい!

 大帝国の都だけのことはある!!)


 帝都の市城門を通り抜けようとするマイカ達の馬車を、夕闇の深い影の中から、褐色ダークエルフのララが見届けていた。


               第33話(終)


※エルデカ捜査メモ㉝


 この世界の、特にラウムテ帝国近辺の剣は、両刃の直刀で、その長さ太さによって片手剣と両手剣とに分別される。

 ハンデルが所有している細身の長剣は片手剣に分類されるものであり、通常ならば、剣を持つ手の、もう一方の手には盾を装備するのだが、ハンデルの師であるドワーフ戦士・商人のヘルトが編み出した剣術は攻撃に特化していて盾を使っての防御などしないため、ハンデルも盾を持たずに闘う。

 このように片手剣を使いながら、盾を持たずにいるのはハンデルやヘルトに限ったものでもなく、腕に自信がある者は盾を持たない傾向がある。

 近衛騎士団団長ベルンハルト・レーデンも、片手剣を使いながらも、盾を持たない者の一人である。

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