目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第32話 『摂政エフェリーネとウェイデン侯爵』

 マイカとハンデルがファーハイトの街の宿屋で、宿屋の主人から妙な誤解を受けていた頃、帝都ホフスタッド、皇宮ヒローツパレイスの玉座の間において、一つの裁定が下されようとしていた。

 玉座に金色短髪の、濃い青色の瞳をした男児が座っている。

 この男児が、弱冠5歳の皇帝ヤスペルであった。ヤスペルでラウムテ帝国第10代皇帝となる。

 その幼帝ヤスペルの直ぐ左横に摂政エフェリーネが立っており、そこからやや離れた場所にリーセロットも居る。リーセロットは例の黒いウシャンカ帽を被って、耳を隠している。

 玉座の間の左右の壁沿いには多数の貴族達が立ち並んでおり、その中にウェイデン侯爵も居た。

 そうした中、玉座の幼帝の前でひざまついている数十人の男女がおり、その中で一番先頭にいるのはコロネル男爵であった。


 摂政エフェリーネが一枚の巻き書類を持ち、一歩前に出て書類を拡げて掲げた。


「帝国の掟に背きし叛逆はんぎゃくの徒、コロネル及び、その一党に申し告げる!」


 エフェリーネは高々と声を放った。どうやら掲げている書類に書いてある事を読み上げるらしい。


「一つ、叛逆の徒、コロネルの爵位を剥奪はくだつし、所領を没収する!」


「一つ、コロネル並びにコロネルの妻と子、及びその血脈に連なる者全ての者を、貴族籍より削除し、平民の身分とする!」


「一つ、コロネル、コロネルの親族縁者及び、この場にいるコロネル家の家人もろとも帝国より追放致す!

…以上である。」


 左右の貴族達がざわついている。その中で


「何と厳しい…」

「それは厳しすぎる…」

「いくらなんでも、それは…」


と、この裁定が厳しい事に対する非難めいた声が多かった。


「では皇帝陛下、玉璽ぎょくじたまわりとうございます。」


と、エフェリーネが書類を幼帝ヤスペルに差し出そうとしたところ


「この女狐がぁーっ!!」


と、ひざまついていた集団の中から一人の若い男が叫び声と共に立ち上がり、エフェリーネに向かって駆け寄っていった。

 コロネルの長男、ディルクである。

 手に小さな刃物を持っていた。連行される際に危険物は全て没収された筈だが、どこかに隠し持っていたらしい。


「死ぃねぇーっ!!」


 ディルクがエフェリーネに対して刃物を繰り出そうとした刹那せつな、離れた場所に居た筈のリーセロットが、ディルクの首筋の後ろを手刀で打っていた。

 延髄えんずいを強く打たれたディルクは握っていた刃物を落とし、前のめりに倒れた。気を失っている。


「何だ、今の動きは?」

「誰ぞ、彼女の動きが見えたか?」

「あの女性にょしょう、単なる秘書ではなかったのか?」


と、貴族達は次々に驚きの声を上げた。


 (…くっ!他の者達は知らぬであろうが、皇統の御血筋を受け継ぐ、この私はあの女の正体を知っている。

 初代皇帝陛下の代より代々の御皇族に付き従い、帝国建国にも貢献したという、ダークエルフの隠密だ。

 あれ程の腕利きは、我がウェイデン家にも居ない。

 あの女豹が側に居る限り、かの女狐に手出しは出来ん!)


と、ウェイデン侯爵は苦々しい思いで、その光景を見ていた。


「お従姉ねえちゃーん!」


 幼帝ヤスペルが玉座から飛び降り、泣き声を上げながらエフェリーネに抱き付いてきた。


「お従姉ちゃん大丈夫?大好きなエフェリーネお従姉ちゃんが死んじゃったら…僕…僕…

 うわあぁーん!」


「大丈夫にございますよ、陛下。

 わたくしも大好きでございます。」


「本当?本当に大丈夫?」


「はぁい!…では陛下、玉璽を…」


「うん、判った!」


 玉座に座り直した幼帝ヤスペルの前にリーセロットが小さな台を置いた。台の上に小さな蓋付きの箱が置いてある。


「リセさん、お従姉ちゃんを守ってくれてありがとう!」


「何という勿体無もったいないお言葉!恐悦至極きょうえつしごくにございます。」


 その場でひざまつこうとしたリーセロットに対し、幼帝ヤスペルが


「リセさん、それはダメーッ!」


 手をクロスさせて〈✕〉の形を作って、そう言った。


「そうですよリーセロット。

 罪人でもない限り、膝を折っての拝礼は無用と、先帝ヨゼフィーネ大帝陛下がお定めになられたではありませんか?

 もうお忘れか?」


と、幼帝ヤスペルの横からエフェリーネが口を出した。


「はっ!これは失礼つかまつりました!」


 リーセロットは跪くのを止め、その場で立礼した。


 幼帝ヤスペルが箱の中から玉璽を取り出し、朱肉をつけ、書類の上に押した。

 これで先程エフェリーネが申し立てた内容が正式な勅命となった。


「ところで摂政殿下。殿下に危害を加えようとした、あの男の処分は如何いかが致しましょう?

 皇族の御方に対する危害は、未遂であっても死罪となっておりますが。」


「いいえ、このままで構いません。貴族達の中には、死罪よりも貴族籍を削られる方が、より重い罰と感じる方が多いようですから。」


 コロネル〈元〉男爵とその一党は、近衛騎士団員によって引き立てられていき、玉座の間にはベルンハルト・レーデン近衛騎士団長が残った。


「この度は御苦労様でした、レーデン卿。

 わらわが思っていた半数の日程で事が済みました。まさに疾風迅雷しっぷうじんらいのベルンハルトの二つ名のとおり、素晴らしい速さでした。」


と、エフェリーネが、玉座の前で立礼の姿勢でいる近衛騎士団長に声を掛けた。


「過分なるお誉めのお言葉、おそれ入ります。

 拙士は、一刻も早く、という勅命に従ったまで。」


「いえ、誰にでも出来る事ではございません。

 御礼を申し上げます。今後ともよろしくお願いします。」


「は!このベルンハルト・ファン・デル・レーデン!皇帝陛下、摂政殿下に絶対の忠誠を誓います!!」


 (くっ、女狐め!我が子ヤスペルだけではなく、近衛騎士団長までも巧く籠絡ろうらくしおって…

 いつか…いつか証拠を掴んで、目に物見せてくれるわ!)


 16年前、皇宮ヒローツパレイスの奥にある一画、ヘーモルと呼ばれている、皇統の血脈が流れる者と、皇帝近侍きんじの数名の侍従、侍女のみが入る事を許されている区画に、若き日のウェイデン侯爵の姿があった。

 当時、熱病に冒されていた皇女エフェリーネ姫を見舞うためであったが、病室への入室を断られ、皇帝付きの老侍従に見舞いの言葉を置いて去ろうとしていたところだった。

 その時、ある一室から侍女達の話し声が聞こえてきたため、何気にドアに耳を付けて聞き耳を立てたところ


「姫様はまだ6歳であられたのに……」

「皇帝陛下の御悲しみよう…見ていられませんわ……」

「せっかく授かられた子宝だったのに……」


 (な!何なんだ、この会話の内容は!?

 …もしかして、エフェリーネ皇女殿下が亡くなられたとでもいうのか!?)


「もし、そこなお人!ウェイデン家の御曹司、そんな所で何をしておられる?」


 声がした方を振り返ると

    灰色の髪と瞳

    同じく灰色の髭を顔の下半分に生やし

   た

    どっしりとした体型

の大男が立っていた。

 女帝ヨゼフィーネの夫、ドラーク公爵アルフレットである。


「こ、これはドラーク公…」


「お帰りになられるところかな、御曹司?

 ならば、わしと共に表に出ましょう。

 本日は申し訳ありませんな。姫は薬が効いて眠ったばかりであった故。」


「はい…あ…いや、ドラーク公?」


「共に、このヘーモルより、いでましょうぞ!!」


 そう語尾を強く言ったドラーク公は、凄まじい目付きで、当時のウェイデン侯爵をにらみ付けた。

 全身がすくみ上がるような、強い殺気が込められている。


「あ…あ…あ、はい…わか、わかり、判りました…

 か、か、か、か…帰らせて頂きます…」


 (あの時の侍女達の話した内容と、ドラーク公のあの態度。エフェリーネ殿下は、あの時に亡くなられたと、我は確信したのだ!

 それが、その2ヶ月ほど後になって快癒かいゆしたと…

 別人とすり替えたものだと、我は今もそう思っている。しかし、証拠を掴もうにも、あの時話をしていた侍女達は突然居なくなった…

 おそらく口封じのために消されたのだろう…)


 過去の思い出にふけっていたウェイデン侯爵は我に返り、玉座の横に立っているエフェリーネを睨み


 (おのれ、成り変わりの偽物め!いつの日か尻尾を掴んで、その化けの皮をいでくれるわ!)


と、強く心に誓った。


               第32話(終)


※エルデカ捜査メモ㉜


 皇女エフェリーネ姫が死去した時、その死去の事実について話し合っていたのをウェイデン侯爵に盗み聞かれた3名の侍女は、その場に居合わせたドラーク公爵によって、素早く処置された。

 といっても、口封じのために殺害するような事はせず、密かに匿った。

 その後、エリーがエフェリーネに成り変わった事実についても、絶対に口外せぬようにと、口外すれば云々…などといったような脅迫の文言と、生涯を贅沢に暮らせる程の多額の金品を与えて守らせた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?