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第29話 『インハングから帝都へ向けて』

 ララとの一件があった翌朝、インハングの街は朝から騒がしかった。

 近衛騎士団の一隊がインハングに到着したのだ。

 コロネル男爵領に行った折り返しで、このまま留まることはせずに、そのまま街を通過して帝都へ戻るという。

 ただ、馬を休ませる必要があるため、一旦足を止め、一昨日にマイカとハンデルが店を出したクラームにおいて、騎馬や馬車馬に飼い葉や水を与えて小休止していた。

 その騎士団の隊列の真ん中ほどに、10台ほどのほろ付き馬車が固まって停まっており、その周りを剣や槍を抜き身で持った騎士達が警固している。

 その近衛騎士団の周りに多くの見物人が集まっていた。その中にマイカとハンデルも居る。


 馬車の内の一台の、そのほろの中から


「団長殿!…レーデン卿!…ベルンハルト・レーデン卿!」


と、中年くらいの男性の声が聞こえてきた。

 マイカには聞き覚えがある声だった。


「コロネル男爵だ…」


 横に居るハンデルにマイカは耳打ちをした。


「何…?しかし、コロネル男爵を召還という話だったが、これではまるで…」


 そう言いかけるハンデルの語尾に重ねるように、マイカが


「ああ、まるで連行だな…」


と言った。


 (ほんと、何だよ、この物々しさは?まるっきり逮捕した身柄を護送しているかのようだ。

 …もしや、コロネル男爵の悪行が露見したのか?

 いや、情報の封鎖と統制を行なっていたから、それは不可能に近い…なら、だとすれば一体…?)


 コロネル男爵が呼び掛けた声を聞いて

    年齢20歳代半ば

    身長185cmくらい

    金色短髪でアイスブルーの瞳

をした、極めて美形の青年が


 「群衆の最中さなかですぞ。お静かになされよ!」


と、馬車の中に声を掛けた。

 すると


「騎士団長殿、後生でござる。今からでも引き返して下され。

 まだ屋敷の整理なども残っていて…必ず、必ず出頭するゆえ、何卒なにとぞ…」


と、馬車の中からコロネル男爵が懇願する声が聞こえてきた。


「なりませぬ。急ぎお連れせよとの勅命を受けておりますゆえ。

 それに、男爵には、何故御自身が召還されるのか、充分に御理解されておられる筈。

 …もはや、覚悟めされよ。」


 と、その美形の青年は、周りには聞こえない小さな声でコロネル男爵の懇願に返答した。


 コロネル男爵からの呼び掛けに応えたところから、この美青年が近衛騎士団長、ベルンハルト・レーデン卿らしいということが、マイカにも判った。

 白い鎧姿は他の騎士達と同様だが、他の騎士達は身に付けていない、赤いマントを羽織っているところが、身分の違いを表すものと見てとれた。


 (あの超イケメンが近衛騎士団長か…)


 マイカが、ふと周りを見回すと、見物人の中の女性達の視線は、全てこの騎士団長に注がれていた。


「よし!刻限だ。出立いたすぞ!」


 ベルンハルト騎士団長が合図すると、騎士達は一斉に乗馬し、整然と出発した。

 近衛騎士団の一隊は、街の中では静かに、ゆっくりと進んでいたが、街を出た途端、全速力で帝都へ向けて駆けていった。


 近衛騎士団の一隊がインハングの街から去ってから約2時間後の正午頃に帝都への街道封鎖が解かれた。


「さあ、マイカ!ケルン!ブラム!昼飯を食ったら帝都へ向けて出発だ!」


 二人と一頭と一羽は馬車に乗り、インハングの街を後にした。


 街道は、2日半に及ぶ封鎖のため、多くの人や馬車でごった返していた。


「帝都へは、あと何日くらいかかるんだ?」


 馬車の前方、御者台で馬の手綱を握っているハンデルに、横に座っているマイカが尋ねた。


「いつもなら、インハングからだと大体2日くらいで着くんだが、この混み具合だと飛ばせないから、3日くらいはかかりそうだな。

 …今夜は途中にある、ファーハイトという宿場町に泊まろう。」


「うん、判った。ところで、そのファーハイトって街も、ご飯は美味しいのか?」


「ハハッ、お前さんときたら…

 ああ、帝国本領内は何処の街も、メシも酒も美味うまいぜ!」


 馬車を走らせながら、マイカとハンデル、二人の会話は続いている。


「そういやマイカ、今回のインハングでの儲けのお前さんの取り分だが、どうする?

 金貨がいいか?それとも銀貨か?」


「え?いや、給料って、仕事した都度に頂けるの?

 月毎とかじゃなくて?」


「…まあ、それでもいいよ、月払いでも。」


「て、いうか、金貨?金貨って凄く価値が高いんだろう?

 そんな高額を頂けるの?」


「ああ!何せ、お前さんのおかげで記録的な売上げだったからな!

 えれえ、儲けが出たぜ!」


「そうなのか?そういや、私、この世界におけるお金の価値とか種類とか全然知らなかった。

 この世界…というか、帝国にはどんな種類のお金があるの?」


「金貨と銀貨と銅貨さ。」


「ふーん。各貨幣の価値はどれくらい?」


「銅貨1枚で、まあ普通の人の1食分くらいのパンが買える。

 んで、銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚の価値さ。

 他にも、銅貨1枚の10分の1の価値の小さな四角い銅銭もあるし、銀貨も同じく、1枚の10分の1の価値の物があるよ。」


 (とすると、銅貨1枚は、大体百円くらいの価値でいいのかな?

 銀貨が1枚で1万円、金貨は1枚で100万円くらい…

 ん…?ハンデル、金貨でくれるって言ってたな…じゃあ、100万円以上ってこと!?1日働いただけで!?)


「ちなみに普通の人達の収入はどれくらい?

年だと、いくらくらいになるの?」


「普通の庶民なら一世帯辺り、金貨に換算すると、大体4~5枚くらいだな、年に。」


 (ふむふむ。なら、年収4~500万円くらいということかな。現代日本の社会人の平均年収と同じくらいになるな。)


「それで今回、私が頂ける額って?」


「金貨だと5枚さ。」


「何ですと!?」


 (金貨5枚って、庶民の年収分だろ?それを、たった1日の仕事で?)


「ああ、今回、金貨100枚分くらいの儲けが出たからな。それの5分ごぶがお前さんの取り分だよ。」


5分ごぶ…」


 (その割合は、この世界の常識だと多いのか?少ないのか?)


「おっと、5分ごぶというと少なく思うかもしれんが、内訳を説明すると、まず、儲けの5割は次の仕入れ用に取っておかなくてはいけない。

 そして、納税分に4割。残りの1割を俺とお前さんとで折半して5分ごぶになるわけさ。」


「え?折半て、ハンデル、アンタと?私なんかに半分も頂けるの?」


「勿論!今回の驚異的な売上げは、お前さんのおかげと言ったじゃないか。

 まあ、今回に限らず、以後も儲けは折半させてもらう。

 これからもよろしく頼むぜ、相棒!」


「うん、よろしく頼みます。

 あっ!お給料、月払いでいいって言ったけど、今回だけは直ぐに頂けまいか?クライン村でお世話になった人に送りたいんだ。」


「コロネル男爵領のか?判った。

 しかし、そんな大金を送って大丈夫だろうか?」


「たしかに…見つかったら税として徴収されるかもしれないな…

 何とか秘密裏に送れないものだろうか?」


「ブラムに頼めばいい、ただ、一つ問題がある。」


「何なの?問題って?」


「実は、今の手持ちには金貨は1枚も無いんだ。

 大体、金貨は価値が大きすぎて、そのまま使う人は滅多にいないからな。

 大抵は銀貨と銅貨で取引きする。」 


「ということは、今は銀貨と銅貨しか持ってないという事か?」


「ああ、金貨5枚という事は銀貨だと500枚にもなる。銀貨500枚はさすがに重すぎてブラムには運べない。

 んで、金貨に両替出来る銀行は、ここいら辺には無いんだ。この先、帝都まで行かないと。」


「そうか、そうなのか…」


「こんなことだったら、インハングで両替しとけばよかったな。」


「いや、いいんだ。判った。じゃあ、帝都に着いたらお願いするよ。」


「よし。判ったよ、マイカ。」


「あと、そういや高級治傷薬ハイポーションのお金、給料から払うって言ってたっけ…」


「あれはいいよ。気にすんなよ。」


「いや、そういう訳には。

 私も商売の手伝いをするようになったのだから、商人のはしくれとしての節度を守らせてくれ。

 あの高級治傷薬ハイポーションは、私が買ったものとして、その代金を支払わせてもらえまいか?」


「よし。そこまで言うのなら、次の給金から引かせてもらおう。

 で?いくらずつ払ってくれるのかな?」


「ん!ところで、あの高級治傷薬ハイポーションは、いくらするの?」


「仕入れ値は、金貨だと15枚だ。」


「じゅ!じゅ!15枚!?そ、そんなにするのか!?」


「同じ重さのきんよりも高いって言ったろ?

 ま、従業員割引ってことで、仕入れ値分だけで良いよ。そうだな、10回くらいに分けて払ってもらおうかな。」


 その日の夕暮れ時にファーハイトの宿場町に着いたマイカとハンデルだったが、街道封鎖からの開放の影響からか、どの宿屋も満室だった。

 何軒もハシゴして、ようやく空き部屋のある宿屋を見つけたのだが…


「空いているのは、一部屋だけでございます。でも、二人部屋で、お二人で寝れるベッドがありますので、ご安心下さい。

 しかし、お客様、いかに慣れているとはいえ、モンスターの同宿はお断りさせて頂きます。」


 宿屋の主人は、マイカとハンデルにそう告げた。


「しゃあない。俺はケルン、ブラムと一緒に馬車の中で寝るよ。マイカが一人で泊まりな。」


「いや、それは申し訳が立たない。ハンデルが宿に泊まるべきだ。私が馬車でいい。」


「女の子を馬車で寝かせられるか!俺の面子メンツが立たん!!」


「アンタは私の雇用主ではないか。偉い方が泊まるのが当然だ。」


「あ、あの、お客様…」


 マイカとハンデルが部屋の譲り合いをしているところに、宿屋の主人が口を挟んできた。


「もし、どちらかがお一人で…という事ならば、他のお客様を相部屋させて頂きますが?」


「はい?」

「何だと?」


 と、マイカとハンデルが問い返した。


「二人部屋と、申し上げたではありませんか。

 本日のように宿泊希望のお客様が大勢おられる時に、空きを作る訳にはいきませぬので…」


「代金は二人分払うぞ、何なら三人分でもいい。それでもダメか?」


 ハンデルが、そう交渉したが


「そういう事ではないのですよ。あと一人お泊めする事が可能なのに、その一人を入れないという事が、いけないという事です。

 それこそ、宿屋としての面子メンツに関わるのです。」


 マイカとハンデルは同じ部屋に泊まる事になった。


「なあマイカ、本当にいいのか?」


「うん。アンタが寝込みを襲うような人間ではないことは充分承知しているし、ベッドも二人分、二つあるんだろ?

 構わないさ。同じ部屋に居るくらい。」


 マイカとハンデルが宿屋の階段を昇りつつ話していると、自分達が泊まる部屋に辿り着いた。


 そしてドアを開け、部屋に入った二人は絶句した。


 部屋には、大きなサイズのベッドが一つだけ置かれていたのだ。


               第29話(終)


※エルデカ捜査メモ㉙


 帝国の貨幣は、かつては各貴族領や属国ごとに違っており、行商人らが各地に訪れた際などには、その地域の貨幣にいちいち両替する必要があった。

 その両替には、当然手数料がかかり、商取引において大きな負担となっていた。

 帝国内〈属国も含め〉の貨幣を統一したのも先帝ヨゼフィーネであり、同じく実行した、関所の廃止、通行税の廃止、貴族・有力者による物品専売権と併せて、貨幣統一は、帝国の経済を大きく発展させるものとなった。


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