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第27話 『インハングの名物スイーツ』

 マイカはハンデルに連れられ、インハングの街を案内してもらっていた。

 エルフとは判らぬように、例のグレンスの衛兵達に貰った大きな麦わら帽子を深く被り、耳を隠している。

 帝国本領の玄関口である、この街に相応ふさわしく、宿屋や料理屋、酒場などが多い。

 また、帝国創立時、他方への軍事遠征の拠点であったため、いかつい古城跡などもあり、観光スポットの一つになっている。


 ハンデルと一緒に歩いていると、マイカには面白くない事があった。

 それは、ハンデルが街の女性から、やたらと声を掛けられる事だった。

 宿屋、料理屋や花屋の店員女性などがハンデルが側を通りかかると、みな表に出てきて話しかけてくる。


 (何だ?皆ハンデルの事を知っているみたい 

 だけど。

  しかし、声を掛けてくる女性達、皆、ハン 

 デル♥️ハンデルさん♥️ハンデルさま♥️て、

 語尾にハートが付いてやがる。

  クソッ、やっぱりモテやがるんだな、コイ

 ツ!前世で素人童貞だったオレには、全くも

 って不愉快だぜ!!)


 マイカは自分の顔がふくれっつらになっている事に気付いていない。


 (しかも、その女性達にオレの事を聞かれる

 と、従妹だなんてウソつきやがる。田舎か

 ら出てきた従妹に都会を案内してるとか何と

 か…普通にウチの従業員だって言えばいいじ

 ゃん!)


 マイカがふくれっつらをしている事に気付いたハンデルが


「とうした?いてるのか?」


などと尋ねてきた。


「誰がくか、ボケ。」


「ハハハ…ボケとは言い草だな。」


「何だ、あの女性達は?」


「大切なお客さん達だよ。」


「ふーん、お客さんねぇ。アンタを見る目が、皆、恋する乙女の目だったぞ。

 …まさか、あの人達全員、手を出したんじゃなかろうな?」


「いやぁ…全、員に、なんて…手を出しちゃいないよ……ハハハハ…」


 (今の言い方!全員でなくても、あの中の何

 人かには手を出してやがるな、コノ野郎!)


 マイカの頬は、益々大きく膨れあがった。


 マイカはハンデルに連れられて、街中を流れる運河沿いにある、水車が併設されている一軒の店に入った。

 この店に来る途中、少し道に迷ったので、ハンデルの行きつけの店というわけでは無さそうだ。


「マイカ、このレックルという名の店は、水車を使っていた小麦粉を使って作ったフラーイが絶品だって評判の店なんだぜ。」


「フラーイ?フラーイって何?」


「小麦の生地にチェリーやあんず、イチゴとか色んなフルーツを挟んで焼いた、この街の名物スイーツさ。」


 (スイーツ…どおりで女性客が多い訳だ。

 だから男のハンデルには、あまり馴染みが無

 かったのか。)


「…ハンデル、まさか甘い物で私の機嫌を取ろうとしてるのか?」


「ん?あ…あぁ、いや、何かお前さん機嫌悪そうだったから、甘いもん食ったら気分も良くなるかと思ってな。ハハ、ハハ…」


「ふーん。ところでハンデル、私が元々オッサンだったって事、忘れてない?」


「え?ああ、そうか!じゃ、じゃあ甘い物は好きじゃなかったか?」


「好きさ!大好きさ!甘い物も、酒も、肉も、みーんな大好きさ!!」


 マイカは運ばれてきた円型のフラーイをナイフとフォークで切り分け、一片、口に入れた。


 (ほう…フルーツパイのような物か。どれど

 れ……

  うぅっ!美味うまいっ!

  小麦の生地の香ばしさにフルーツが見事に

 マッチして…

  全体的に甘いが決してしつこくなく、後味

 がサッパリしていて…

  これは確かに絶品だ!)


美味おいしい!ハンデル、これ凄く美味おいしい!!」


 それまで険しい表情だったマイカの顔が、嘘のように明るくなった。


「ん?どうしたの?ハンデルは食べないの?」


「ああ、俺は甘い物は、ちと苦手でね…」


 マイカは直径30㎝ほどのフラーイワンホールを1人で全部食べてしまった。


「あー、美味おいしかった!この世界は美味おいしい物が多いな!」


「ああ、でもマイカ、このフラーイといい、昨日の宿屋の朝食や酒場での食べっぷりといい、お前さん、そのうち太るぞ。」


「な!?う、動けばいいんだ!その分運動すれば!

 前世ではもっと食べてたけど、常に動いていたから全然太ってなかったぞ!」


「運動ねえ…ではお前さんは、こちらの世界ではどんな運動をするつもりだい?」


「うん。そこで一つ、アンタに頼みがあるんだが…」


「何だい?頼みってのは?」


「空いた時間でいい、剣の稽古をつけてくれないか?」


「剣の?…はーん、なるほどねぇ…」


 ハンデルは、マイカが何故、剣の稽古を、と言ってきた事の本意が理解できたようだ。


「私は前世では幼少の頃から剣の修練を積んできたんだが、晩年、多忙や年齢を重ねた事を言い訳にして稽古を怠っていた。そのせいで、随分、腕が鈍ってしまっていたようだ。」


と、マイカはここで一旦、言葉を切った。表情に悔しさがにじみ出ている。


「そのせいで、あんな連中…あんな、アソゥ団ごときにおくれを取ってしまった。」


 マイカは悔しさのあまり、グッと口唇を噛みしめた。


「二度とあのような事がないようにしたい。せっかく生まれ変わって若い身体になったんだ。もう一度、一から修練し直したい。」


「判った、了解だ。そうと決まれば、早速、稽古用の木剣や防具とかを買いに行こう。もう少し一休みしたら行くぞ。」


 マイカとハンデルが、ここレックルの店の奥のテーブル席でフラーイを食べつつ会話していた頃、入口近くのカウンターの一人席で運ばれてきたフラーイを凝視している女性の姿があった。

 その女性は褐色の肌と黒髪のショートヘア、濃い茶色の瞳をした、スリムな体型ながら、服の上からでも判る豊満な胸を持った女性だった。

 そう。帝国摂政エフェリーネの側近リーセロットからマイカを探すように命ぜられた褐色ダークエルフの女性、ララであった。

 ララは、黒いターバンのような布を頭に深く巻き、エルフの特徴のある耳を覆い隠しており、衣服は、今は黒いワンピースを着ていた。


 (あわわ…あわわわ…こ、これがレックル

 のフラーイ…

 インハングに来ることがあったら、必ずレッ

 クルに来ようと前々から思っていたのよ…

  勿論、インハング名物といっても、フラー

 イ自体は帝都でも食べる事は出来るわ。で

 も、でも!このレックルのフラーイは絶品だ

 と帝国中に鳴り響いているんですもの!

 いいわよね、いいわよね、少しくらい息抜き

 しても…)


 そう思うララであったが、クールな表情を崩す事はないのであった。


 (…落ち着いて、ララ。さあ、頂くわよ。)


 ララは心の中でそう言い聞かせながら、フラーイの一端をフォークで切り取って口に入れた。


 (ふわぁぁぁぁーーーっ)


 ララの脳の中でチェリーやあんず、イチゴなどのフルーツが列を作ってグルグルと回り始めた。

 そこに麦穂が割って入ってきて、なんと、それぞれのフルーツと麦穂から手足が出てきて手を繋ぎ、足を上げてラインダンスを踊り始めた。


 (小麦とフルーツのラインダンスやー…)


 そのような幻惑に近い映像を脳内再生しつつも、ララはクールな表情を決して崩さない。


 (嗚呼ああ、し♥️あ♥️わ♥️せ♥️)


 フラーイを食べ終わったララの耳に周りの客達の

「昨日エルフが…」


「エルフの女の子…凄く可愛かった…」


「クラームで…エルフの女の子が…服や装飾品アクセサリーを…」


という話し声が入ってきた。

 実は随分前から、このレックルの中の客達は、昨日クラームで画期的な商売をしていたマイカとハンデルの話題を話していたのだが、ララはフラーイに夢中になり過ぎていつ気が付かなかったのだ。


 (えっ!?エルフがこのインハングに?

  街道が閉鎖されているから、まだこの街に

 居る筈!

 …てか、やっべ。フラーイに夢中になって危

 うく聞き逃すとこだった…)


と、丁度その時、ハンデルと共に店を出ようとするマイカの姿をララはとら

た。


 (あ!!帽子で耳を隠しているけど、あの

 、白金色の髪と緑色の瞳…

  もしかして高位ハイヤーエルフ様では?

  何たる怪我の功名…いや、千載一遇の好

 運!)


 ララはマイカとハンデルの後から店を出て、二人の後をつけ始めた。


             第27話(終)


※エルデカ捜査メモ㉗


 褐色ダークエルフのリーセロットは、表向きは摂政エフェリーネの秘書のようなものであるが、真の姿は、帝国を裏から支えてきた特殊機関の長である。

 その機関の主な任務は、敵性勢力に対する探索や諜報活動、破壊工作、暗殺などで、この機関における最も優秀な工作員が、リーセロットと同じ褐色ダークエルフのララである。

 ララは、先に述べた色んな任務を、何ら感情を動かすことなく、冷徹ともいえるクールさでこなしてきており、同機関の他の同僚達から

「ララには、人の感情があるのだろうか?」

と評されるほどであるが、美味しいスイーツには目が無い、という人間らしい一面がある。

 いや、美味しいスイーツには目が無い、というか…

 ララは、美味しいスイーツを前にすると、はっきり言って

    バカになる!

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