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第26話 『摂政エフェリーネ』

 マイカとハンデルがインハングの街に足止めをくらった5日前、ラウムテ帝国帝都ホフスタッドのヒローツパレイスと呼ばれる皇宮内の一室に二人の女性の姿があった。

 一人は

    茶色い質素なワンピースを着た

    中肉中背

    茶色セミロングのストレートヘアー

    淡い茶色の瞳を持った

若い女性。

 もう一人は、一方より少し年長な見た目で

    やや長身の褐色肌の女性

    黒を基調としたシックな服装である   

   が、胸元がはち切れんばかりに大きく

   膨らんでいる

    また、同じく黒色のウシャンカ帽

を耳を覆うようにすっぽりと被っている。


 その二人が居る部屋のドアを激しくノックする音が聞こえ、褐色肌の女性が内からドアを開くと

    年齢30代半ばくらい

    中背より少し高い身長で中肉

    黒いクセのある長髪、黒い瞳

    口ひげ

を生やした男性が入ってきた。


「殿下!摂政殿下!!」


と、その男性は茶色い髪の女性の方に向かって言った。


「何でしょうか?ウェイデン侯爵?」


「何でしょうか?ではございません、殿下!コロネル男爵の事です。何を、何をなさるおつもりです!?」


急遽きゅうきょ召還する用が出来たので迎えにを送ったのです。」


「召還?召還ですと!?近衛騎士団の一部隊を、しかも騎士団長直率じきそつさせるなど、只事ではございませんぞ!」


「はい。拒絶ならびに抵抗される事を防ぐためです。

 コロネル男爵は、何故、自分が帝都に呼び出されるのか判っているでしょうから。

 それと召還するのはコロネル男爵本人だけではなく、彼の妻や子、他の親族一同及び主だった家人達もです。

 必然、迎えの人数も多くなります。」


「な…今回コロネル男爵と、その一党を召還される理由は?

 コロネル男爵は私めの寄騎よりき、上司である私には聞く権利がある!」


「領民に対し、非道の振舞いを行なっていました。帝国の掟に背いて圧政を敷いていたのです。驚くべき重税と酷い仕打ちを与えていたと…

 コロネル男爵家に先代より仕えし老執事が証拠の書面等を持って告発しにきたのです。」


「あ…圧政ですと?あのコロネル男爵が…信じられない…」


「侯爵がにわかに信じられないという気持ちも判ります。

 コロネル男爵は、貴族や上流階級の人の間での評判は良かったですものね。しかし裏の顔があったようです。

 良い評判の元となったのは、コロネル男爵からの豪華な贈り届け物だったようですが、それの原資となったのが領民からの重税だったようです。」


「重税とは、いかほど?」


「何と、収入の8割もの納税を義務付けていたようです。」


「8割ですと!?」


「そう、5割までと定めている帝国の掟に大きく背きますし、しかも、この納税は世帯ごとではなく、個人に課していたようです。」


「個人!?バカな!農民などは、世帯で一つの畑を所有している。個人に一つではない。

 そんな税の掛け方をすれば…」


「はい。先代のコロネル男爵の頃は世帯ごとに4割だったと聞いてします。

 なので、例えば4人家族の世帯だと、2倍掛ける4倍で8倍の納税になってしまいます。

 各世帯ごとに3割から3割5分を納税という、ウェイデン侯爵、貴殿の善政と比べると、いかに人非人にんぴにんの所業であるか判るでしょう。」


「そのような重税、今まで納められたのか?」


「これまでの蓄えを切り崩してまで納税していたようです。それも、当代コロネル男爵が領主となって僅か2年で蓄えを使い果たしてしまったらしく、このままでは今年は多くの者が餓死するだろう…と、その老執事は申しておりました。」


「なるほど、良く判りました。しかして、コロネル男爵への沙汰さたはどのようにされるつもりですか?」


「財産領地を没収、爵位を剥奪はくだつ。本人及び親類縁者一同の貴族籍を削って平民の身分に落とし、主だった家人もろとも追放します。」


「バカな!いくらなんでも、それは厳しすぎます!領地の没収と爵位の剥奪だけでよろしいではないですか!?

 生まれながら貴族として生きてきた者が貴族の地位まで奪われたら生きていける筈がない!」


「いくばくかの金銭は残しておいてやります。何枚かの畑を買えるほどの。

 追放と言っても帝国からの追放で、属国に住む事は許します。例えばプラッテ王国は直ぐ隣ですし、実り豊かな土地ですので、そこでコツコツと畑を耕すなりして生きていけばよいのです。」


「男爵ほどの高位の貴族が百姓仕事など出来ようもない。

 罰を与えるのはコロネル男爵本人だけでよくはありませんか?親族などは他の貴族の預かり処分などにして。」


「コロネル男爵の妻や子、従弟などの親族も領民に対して酷い仕打ちを行なっていたと報告にあります。家人達も主君の威を借りて横暴な振舞いがあったと。

 ですので、全員許せません。」


「しかし、このような厳しい沙汰さたは…

 摂政殿下!現在いま、帝国は先月に偉大なるヨゼフィーネ大帝陛下を亡くし、その跡を継いだのが我が子である5歳の皇帝、そして摂政殿下、貴女あなたも22歳の若さである故に、行く末を不安視する者が多く、大きく揺らいでいます。

このような厳しい沙汰さたをなさいますと、他の貴族達も不信感を持ち、忠誠心が薄れるやもしれぬぞ!」


「いいえ、今回は断固たる措置を実行します。

 民こそが国のいしずえとヨゼフィーネ大帝陛下は常々おっしゃっていました。

 民をないがしろにするようなやからは帝国には要りません。」


「くっ…し、しかし…」


「他の貴族と申されましたが、今回、コロネル男爵領の領民達に急ぎ保障をする事について、コロネル男爵の財産の他に、男爵より贈り届け物を受けた貴族達等にも、金銭や穀物を提供させようと思っています。男爵から受け取った物と同額分を。」


「そ、それは、まさに火に油を注ぐようなものですぞ!不信どころか反発を招く!

 帝国の基盤が揺らぐかもしれませんぞ!!」


「民こそが国のいしずえと申し上げた筈。民を飢えさせる方こそ帝国の基盤が揺らぎます。

 …そういえば、コロネル男爵の直接の上司たるウェイデン侯爵、貴殿もコロネル男爵から多くの贈り物を受け取っていらっしゃると思いますが…」


「コロネル男爵から貰った物の、私は倍額を民への保障に提供させて頂く!」


「さすがはウェイデン侯爵。民も喜びますし、侯爵御自身の名声も、また上がるというもの…」


「…殿下、ご後悔なさいませぬようにな!

 これにて失礼つかまつる!」


 ウェイデン侯爵は足音も荒く部屋を出ていった。


「エフェリーネ殿下、今回の件、ウェイデン侯爵は納得されていない様子でしたね?」


 褐色肌の女性が茶色い髪の女性、摂政エフェリーネに話し掛けた。


「ええ、リーセロット、彼は不安なのでしょう。この帝国の未来が。」


「私には不安ではなく不満に見えます。

 我が子が皇帝となり、当然、自分が摂政なり後見人なりとなって帝国の実権を握れる筈が、先帝の御遺言でエフェリーネ様が摂政となられた事が。」


「いえ、確かにウェイデン侯には自分が摂政になりたいという気持ちはあったでしょう。でも、それも帝国を、そして自分の息子である皇帝陛下を思えばこそ。

 帝国貴族の中で最大の実力者である自分が摂政を務める方が他の貴族達や属国も安定する筈と…」


「いっそヨゼフィーネ大帝陛下もエフェリーネ様に帝位を御譲りになされば良かったものを…」


「それは駄目です。

 貴女あなたもとうに御存知でしょう?我がラウムテ帝国は、初代から男系血統が帝位を継承するものだと。

 ヨゼフィーネ大帝…母上は例外中の例外だったのです。能力識見しきけん共に他の皇族方を圧倒されていたので…

 父上、ウェイデン侯爵家同様、初代皇帝陛下からの男系血統を継承しているドラーク公爵家の当主たる父上との間に男子が産まれていれば、何の問題も無かったのです。

 …それに、わらわが帝位を継げない理由、いや、継いではいけない理由も貴女あなたはよく知っているではありませんか…」


「…はい…出過ぎた口をきいて申し訳ございませんでした。」


「ウェイデン侯爵の奥方、母上の異母妹に当たるシルフィア皇太后陛下…いや、皇太后陛下とお呼びしては怒られるのだった…シルフィア、ウェイデン侯爵夫人は、個人的にわらわを好意的に見てくれています。」

 夫人とより親密となる事でウェイデン侯爵との距離を縮めていきたいと思います。」


「あの穏やかな優しいお方ですね。私も、それがよろしいかと思います。

 ところでエフェリーネ殿下、コロネル男爵領について、私からも報告したいことが…」


「何でしょう?リーセロット。」


「ヘローフ教の過激派の動向を探っていた私の手の者が、コロネル男爵領内にあったリザードマンの小集落が襲撃されていたのを目撃したと。」


「リザードマンの小集落?そんなものが…」


「はい。差別を受けている亜人の中には、人目につかない所で、同種だけで暮らしていることが多うございます。

 そこも、そのような集落の一つだったのでしょう。」


「襲ったのはヘローフ教の…?」


「はい。ヘローフ教の過激派信者に間違いないないようです。

 しかし、私の手の者が発見した時には集落に火をかけ、リザードマンの遺体を馬車に乗せて去っていくところで…追いつく事が出来なかったようです。」


「遺体を持ち去って、どうするつもりなの?」


「昔、リザードマンがモンスターと区別されていた頃、リザードマンの硬い皮膚は防具に、鋭く丈夫な牙や爪は、槍の穂ややじり等に加工されておりました。」


「まさか!今でも武器防具の材料とするつもりなの?リザードマンは現在いまではれっきとした人類の一員なのよ!」


「ヘローフ教の連中は常人つねびと以外、人間と認めていませんから…」


「しかし、帝国内で遺体をさばく事は出来ないでしょう?…となると…」


「はい。フリムラフ教国が関与しているかと。

 私の手の者もそう思い、そこからフリムラフの方へ向かっていたため、報告が遅れたようです。」


「ふむ。では、そのリザードマンの集落が襲われていたのは、いつなのです?」


「10日前です。」


「10日前…ではまだ、そのヘローフ教の連中は…」


「はい。まだ帝国内の何処いずれかに居るものかと思います。

 手の者が引き続き、フリムラフ教国の国境辺りまで行って調査を続けます。

 あと、その手の者が妙な事を…」


「妙な事?何なのです?」


「はい。その集落に、たった一人だけリザードマンが残っていて、発見した時には全身に大火傷を負っていて、既に虫の息だったそうですが、今際いまわきわ

   「早く…お逃がししろ…

  高位ハイヤーエルフ様を早く…」

と申して、息絶えたようです。」


高位ハイヤーエルフ?何ですか、それは?」


「はい。」

と、その褐色肌の女性、リーセロットは被っている帽子を取った。

 長く、先のとがった耳が現れた。


褐色ダークエルフである私達だけではなく、庸常ノーマルエルフ、混血ハーフエルフ等、全てのエルフ種の頂点に立つという、伝説のエルフの事です。」


「伝説…?伝説とは?」


「遥か昔より、我らエルフ種に口伝くでんとして伝わっているものです。

 それによると、見た目も他のエルフとは違うようです。例えば庸常ノーマルエルフであれば、殆どが金髪に青い瞳という特徴ですが、高位ハイヤーエルフは白金色の髪と緑色の瞳であると、口伝くでんでは伝わっています。」


「コロネル男爵の悪行を告発した、かの老執事は、領内でのエルフとの出会いがきっかけだと申していたけれど、そのエルフも白金色の髪と緑色の瞳だったというわ。

 関係あるのかしら…」


「おそらく、そのリザードマンが申していたのと同一人物かと。

 長く生きている私ですら伝説でしか知らないような、滅多にいないお方ですから、別々の高位ハイヤーエルフだとは考えにくいですね。」


「伝説の高位ハイヤーエルフ…」


「はい。口伝くでんでは更に高位ハイヤーエルフは、何らかの使命を帯びて世に現れ出でるとあります。

 ある時は人々が知らない知識を伝えるため、ある時は人々に農耕を教えるため、ある時は火の使い方を教えるため…

 戦い方を教えるため…人々を安寧に導くため…」


「安寧に導くため…

 会ってみたいですか?リーセロット。その高位ハイヤーエルフとやらに。」


「はい!それはもう。何せ伝説ですから。

 私の知る限りでは、実際に見た者もおりませんし。」


わらわも会いたくなりました。

 今どこにいるのかしら?10日前にコロネル男爵領に居たのならば、いや、老執事の言ったのと同一ならば、もっと最近までコロネル男爵領に居たことになるから…」


「はい。帝国領内にいらっしゃる可能性が高いですね。

 ララ!」


 リーセロットがそう呼ぶと、床に映ったリーセロットの影から、エフェリーネと同じくらいの身長で、身体に密着した黒い衣装を身に付けた女性が出てきた。

    クールな目付きの濃い茶色の瞳

    黒髪ショートヘア

    スリムな体型だが胸の大きな

リーセロットと同じ褐色ダークエルフの女性だ。

 エフェリーネは、床の影から生えるように人が出てきた事に驚く様子もない。どうやら見慣れているようだ。


「このララに捜索させます。

 ララ、頼んだわよ。」


「はい、リセ。必ずや、このララが伝説の高位ハイヤーエルフ様を見つけ出してみせます!」

 そう言うと、ララの身体が影のように黒く変色し、やがて姿が消えた。


               第26話(終)


※エルデカ捜査メモ㉖


 帝国第9代皇帝の女帝エフェリーネは長子で二人の弟と異母妹が一人おり、本来、男子が皇位を継承するのだが、第8代皇帝の晩年の時期において、駆逐して追いやったフリムラフ教国が勢力を回復しつつあり、また、周辺国の情勢も不穏なものとなったため、能力識見がずば抜けていたヨゼフィーネに皇位を継がせた。

 ヨゼフィーネは父帝の期待に答え、侵攻してきたフリムラフ教国の軍勢を撃退し、不穏な態度を見せていた二つの王国を属国にした。

 二人の弟は、その二つの属国の姫を娶り、一人は国王、もう一人は、産まれてきた子に王位を継がせ、国父となった。

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