「プハーッ!
あぁーーっ、この一杯のために生きてるなあ!!」
可憐なエルフの美少女が、ジョッキのビールを一気飲みするという一種異様な光景に、その場にいた者、皆、呆気に取られて言葉を失っていたが、マイカが先のように叫んだため、一斉に大爆笑した。
「何だよ!マイカちゃん、イケる
「おい!もっと酒持ってこい!ビール以外もだ!」
「ワインは好きかい?マイカちゃん。」
「酒だけじゃなく、食い物もジャンジャン持ってこい!」
それまでマイカに微妙な距離を置いていた皆が、一気に近づいてきた。
それぞれ手にワイン瓶やビアジョッキ、料理が乗った皿などを手にしてきては、次々とマイカのテーブルに置いた。
(ニク!分厚いニクのステーキ!!
この、揚げた芋にチーズをたっぷり掛けた、実に背徳的な物も実に
ケルンも山盛りの肉を貰い、一心不乱に食べている。
マイカは飲んでは食べ、食べては飲んで、大いに満足した。
場が少し落ち着いた頃、マイカは話し掛けてきた
マイカが、この世界について無知な事については、ハンデルが
「世間から遠く離れた場所に今まで居たから…」
などと説明してくれ、マイカの質問には、その場に居た人達は何でも答えてくれた。
まずは、この世界の事
この世界は5つの大陸と、大小様々な島々があり、現在居る、帝国が所在する大陸はヘルダラ大陸と言い、他の4つの大陸は、それぞれヴリズン大陸、トロープン大陸、ドローホ大陸、ニウ大陸と言うらしい。
島々の中で大きなものは、帝国領であるヴィセン島やファルナール島、帝国領以外で帝国と交流があるのは、ヴォルスト王国という国があるオープンゼー島、クラウデン連盟王国の属領であるレーウ島などで、あと、帝国との交流は無いが、ここヘルダラ大陸の東部の海を越えると、不思議な文化風習を持った人々が住むホッデン島という島がある。
ホッデン島に行くには、ヘルダラ大陸東部の広大な地域を占める〈不毛の地〉を抜けて行かなければならず、非常な困難を伴うという。
「不毛の地…?」
マイカがそう尋ねると、不毛の地についても詳しく説明してくれた。
その不毛の地には、かつて巨大な古代文明国家が存在していたが、興亡が激しく変遷し、色んな勢力がそれまでの国を滅ぼし、新たに建国しては、また別の勢力に滅ぼされるという事が数え切れないほど繰り返され、その都度、多くの人々が死に、また、農地や街も荒れ果てて、とうとう人が居なくなったという。
その荒れ果てた地に新たに作物が育つことはなく、いつしか強力なモンスターが住みつくようになり、人々は、立ち入ることすらしなくなっていった。
それでも不毛の地に足を踏み入れようとする者があれば、不毛の地との境界線辺りに生息している多数のケルベロスの群れが、人が立ち入ることを拒むという。
「ケルベロスが?」
マイカは一瞬、傍らにいるケルンを見て言った。
「ああ、そうさ。不毛の地の門番みたいなことをしてるもんで、皆、ケルベロスの事を
地獄の番犬
って呼んでいるんだ。
ところでマイカちゃんは、そのケルベロスの子は何処で拾ったんだい?」
商人達もすっかりケルンに危険を感じなくなって、ケルンの頭を撫でたり、手ずから料理を食べさせたりしている。
「ケルンと出会ったのは、あそこはもう、コロネル男爵領になるのかな?…の森の中です。」
「え!?それじゃあ、ここのすぐ近くじゃないか。不毛の地は、いくつもの貴族領や、属国のエイズル王国を抜けて行かなくちゃいけない、遥か遠方なのに。」
「ケルベロスは不毛の地以外にはいないんですか?」
「うん、そうさ。他の土地で生息してるって情報は聞いたことがない。
何で帝都にも程近い、そんな場所に居たんだろう?」
(へえー、そうだとすれば、本当に何故なんだろう?何故ケルンは、あの場所に?しかも、たった独りで…まだ、ほんの子供なのに。
そういえば、この世界に来て直ぐの、燃えた集落で見たモンスター以外にモンスターらしいものを見ていないな。)
「あの…コロネル男爵領クライン村の近く、東南方辺りの小さな集落で大きな赤い鳥のモンスターを見て以来、モンスターらしき生き物、このケルン以外に見なかったんですが。」
「ああ、人里や街道沿いなんかにゃあ、滅多にモンスターは出ないよ。今までの長い年月をかけて、人が退治したり追い払ったりしたからね。
マイカちゃんが見たのはモンホル鳥だと思うけど、アイツは頭が悪いから、時々、人が居る所へ現れては、その都度退治されている。」
「あんなに大きいの、どうやって退治するんですか?」
「なあに、モンホル鳥は翼にほんの小さな穴でも開けられると直ぐに落ちるんで、弓を使えば簡単にやっつけられるよ。」
(ふーん。この世界の人達は、もうモンスターと戦うことなんて、慣れっこになっているのかな?)
「しかし、あんな所に集落なんてあったかね?
辺り一面、草が生えているだけの場所だぜ。人が住んでるなんて聞いたことがない。」
「私、その近くで意識を失っていて、気が付くと、その小さな集落は燃えていたんです。
火が収まった後に調べてみたら、大きなトカゲのような人が死んでいて…」
「ああ、リザードマンだな、獣人種の。
ひょっとしたら、そこ亜人の里かな?」
「亜人の里?」
「ああ、亜人の中でも、
(ふーん。でも、それがオレに何の関係があるのかな?リザードマンとエルフの関連性は?)
「もしかして、またヘローフ教の連中の
と、また別の商人の男が呟いた。
「ヘローフ教?」
「うん、マイカちゃん。ヘローフ教っていうのはね、一神教で、信者達は自分達の教義以外は絶対に認めない、って連中ばかりで、このヘローフ教の神は
だから
と、その商人の男は、マイカにヘローフ教について説明してくれた。
「何で、そんな宗教を認めているんですか?」
このマイカの疑問には、先ほどヘローフ教について説明してくれた商人とは、はたまた違う男が
「かつて、このヘルダラ大陸の大部分が、ヘローフ教を
だからヘローフ教そのものを滅ぼすことは出来なかったんだよ。」
と、捕捉の説明をマイカにしてくれた。
「でも、集落を襲ったり、焼いたりするような連中なのに…」
「勿論、ヘローフ教の連中、皆が皆、そうじゃないよ。
でも、信じていない人に押し付けたり、自分の信仰と違うからといって、人を攻撃したり殺したりする奴が、少なからずいるんだよ。ヘローフ教には。」
そして、先程ヴィセン島に行っていたと言った男が
「ヘローフ教の連中は、獣人族とかよりも、より強くエルフを攻撃の対象としてるんだ。
ヴィセン島だけじゃなく、多くの地域で多くの人達がエルフを信仰の対象にしているからね。自分達の神以外が信仰されてるのが、どうやら許せないみたいでね。
だから、かつてエルフを虐殺したり、
(…ということは、今のオレが最も気を付けなければいけないのは、そのヘローフ教の連中ということか…)
マイカは無意識に険しい表情になっていた。
「あ、マイカちゃん、俺達の中にはヘローフ教信者は一人もいないから心配しないでね。」
「その通り!俺たちが信じるのは
その場にいた全ての者が、一斉に声を揃えて言った。
第24話(終)
※エルデカ捜査メモ㉔
フリムラフ教国は、少数の宗教指導者が独裁的に多くの信者達を支配し、周辺国や地域を神を信じない悪魔の領域と定義し、侵略し、破壊と殺戮を繰り返してきた。(内実は、単なる領土欲や交易の拠点を手に入れたいという俗物的な欲求)
また、自国民に対しても、少しでも教義に反する(と指導者が判断する)言動をとった者を異端として断罪し、公開処刑するなど、恐怖や宗教的洗脳により強圧的に支配してきた。
更に、神への奉仕と銘打ち、国民に重税を課して奴隷的労働を強制し、指導者らは贅沢三昧な生活を送っていた。