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第23話 『異世界初のファッションモデル+お渡し&握手会?』

 帝国領内の街では、事前に登録さえしていれば誰でも自由に商売が出来るという。

 このインハングの街も、その例外ではなく他所よそから来た者でも好きに商業活動をするための広場スペースが数ヶ所ある。

 その中の〈クラーム〉という所にハンデルは事前予約を入れており、マイカとハンデルを乗せた馬車は、そのクラームの一画で止まった。

 灰色の石畳の中に白い石が混じっており「76」という数字と、その区画の範囲を表す枠線が白い石で記されていた。

 既に大勢の人集ひとだかりができている。

 マイカとケルンは騒ぎを避けるため、荷車の中にいる。


 ハンデルは馬車を止めた後、荷車の中に入ってきてマイカに着る服や身に付ける装飾品アクセサリー、小物などの説明をした。

 装飾品アクセサリーや小物は、見るからに高価そうな物から、シンプルなデザインの物まで色々と種類があり、富裕層だけでなく、色んな人が買えそうな品揃えである。

 服はワンピース様のゆったりとした物が多く、これならばマイカのような体型以外の人でも着用可能であろう。

 だが、中にはタイトな、体型がモロに表に出るデザインの物や、広く胸元や背が開いていたり、大きなスリットがあるドレス様の服もある。


「おい、ハンデル。こんなのを着たら、私の胸が放り出てしまうぞ。」


「大丈夫、大丈夫。何も下着を付けずに着ろっていうんじゃない。

 でも、どんな服を着ても目立たぬように、下着はこれに着替えてくれ。」


と、ハンデルが小さな箱から取り出したのは、黒色レース地の布地面積の小さな、凄くセクシーな下着だった。


 (なんや、このメッチャ、セックスィーなブラとパンツは。これを身に付けるんかい?

 …は、ずー…)


「どうしたマイカ、イヤかい?イヤなら肌の露出が多い物は避けて…」


「いや、やる。一旦やると言ったからには、頑張って務めさせてもらう。」


「おっ、そうか。では頼んだぞ!」


 ハンデルはそう言い残して、大きな正方形の木箱と小さな長方形の木箱を持って荷車の外へ出た。


 マイカが薄いピンク色のワンピース、真珠のネックレスとイヤリング、銀のブレスレットと、左右の薬指に赤い宝石が付いた指輪を身に付けて荷車から表へ出ると


「ドオォーーーッ!!」


というような、地が揺らぐ程の大歓声が上がった。

 地面に、先程ハンデルが持って出た大きな木箱と小さな木箱が、くっつけて並べて置いてある。

 どうやら、大きな箱はお立ち台で、小さな箱はお立ち台に上がるための踏み台らしかった。

 マイカが、そのお立ち台に上がったところ、更に歓声は大きくなり


「キャァーーーッ!!」


と、悲鳴のような女性の黄色い歓声も響き渡った。


「そのネックレス、俺にくれ!妻へのプレゼントにする!」


「その服なら、私にも着れそう。私に下さいな!」


「ワシはブレスレット!その意匠なら、男のワシでも似合いそうだ!」


と、次々と購入したい旨の申し出が殺到し、ハンデルが素早く、その声を発した人の元へ行って注文をとった。


「よし、いいぞマイカ!

 次のに着替えてきてくれ!」


 そのようにして、次々と別の装束に着替えては、マイカはお立ち台に上がり、いずれもまたたく間に注文が入った。


 そして、マイカが露出度の高い紫色のドレスを身に付けてお立ち台に上がると、群衆の興奮は最高潮に達した。


「あのドレスは俺が買うぞ!彼女にプレゼントするんだ!!」


「いいえ!私が着るのよ!私に頂戴!!」


「俺は女房も恋人も居ないけど、エルフが着た物だから、俺もそのドレスが欲しい!!」


 このようにして、次々と商品に買い注文がついていった。


 注文を受けた品々は、マイカが手渡しすることになった。

 これもハンデルが思い付いたことである。

 一人目の客は、白髪まじりの初老の男性であったが、ハンデルが代金を受け取り、マイカが商品を渡そうとすると


「あ…あの…握手して貰っていいですか?」


と、その客の男性が申し出てきた。

 マイカは軽く


「あ、いいですよ。」


と返事をして、その男性が差し出した手を軽く握り返したところ


「ウッヒョーーッ!」


と、見た目にそぐわない派手な喜び方をし、それを見ていた後続の客達も次々にマイカに握手を求めてきた。


「はい!握手は5つ数えるまでですよ!」


 ハンデルが浮かれた様子で、客に向かって言っている。


 (わたしゃ、アイドルか何かかい?これって、まるっきり握手会じゃないか。

 この異世界における、初のファッションモデルプラス初の握手会じゃないか?

 あ、商品の手渡しも加わるから、お渡し&アンド握手会か…)


 マイカの初仕事は、日もどっぷり暮れた頃、大盛況の内に幕を閉じた。


「乾杯!!」


 昼間に行商人組合ギルド支部長サブマスターが言ったとおり、とある酒場が予約されていて、マイカとハンデル、そして、前もって話をしてくれていたため、ケルンも一緒に店に入った。

 既に20名ほどの男女が中にいて酒宴を始めており、皆、マイカとケルンを見ると一様に驚いたが、すぐに受け入れてくれ、支部長サブマスターに案内されて店の一番奥のテーブル席についた。

 支部長サブマスターは、昼間の七三分けの髪型を崩し、ワイルドな感じの髪型になっていた。

 先にいた客達は、組合ギルドの職員や行商人達で、いずれもハンデルとは顔馴染みのようだった。親しげにハンデルに話しかけてきて、ハンデルも笑顔で応じていた。

 しかしマイカには、皆、視線を向けてはいるものの、エルフを見ることさえ初めてであるため、遠慮があるのか、傍にいるモンスターのケルンをおっかながっているのか、中々話しかけてくる者がいなかった。

 そんな皆の煮えきらない態度にごうを煮やした支部長サブマスター


「みんな、ここにいるマイカさんに自己紹介して貰うから、静粛に!」


と、突然大声で言った。

 すると、皆


「待ってました!!」


とばかりにはやし立てたり、手を叩いたり、中には指笛を鳴らす者もいた。


「えーと…あ、マイカです。見ての通りエルフです。

 こちらはケルン、ケルベロスの子供です。大人しいので安心して下さい。

 ……んー、よろしくお願いします。」


「えーっ!それだけ!?」


 どっと笑い声が起こり


「もっと詳しくー!」


「どこの出身ですかー?」


「年齢はー?」


などと、多くの質問が投げ掛けられた。


「ちょっと待てよ、みんな!エルフってのは、元々、謎に包まれてるもんだぜ。

 色々と話されるより、謎のままで良くないか?」


と、ハンデルが助け舟を出してくれ、続けて、別の行商人らしき男が


「そうそう、エルフはあまり他人種と交わることなく暮らしているんだ。謎多き種族じゃあないか。」


と言い、更に別の男が


「そうだよ!所謂いわゆるエルフの里ってのも何処にあるのか知られていないし、しかも、真名しんめい、本当の名前も秘密にしているらしいよ。」


「何?真名しんめい?それは俺も知らなかったぞ。」


と、ハンデルも知らないエルフについての情報を、その男は知っていたらしい。


「その情報、何処で仕入れた?」


 ハンデルが、その男に続けて聞いた。


「ああ、ついこの前、魚の買い付けにヴィセン島に行った時に現地の老人に聞いたんだ。

 ほら、ヴィセン島の人達って、エルフを信仰の対象にしてるだろ?だからエルフについては、大陸の人間よりも詳しいのさ。」


 (ヴィセン島?…確か、コロネル男爵の傍にいた黒眼帯の大男…執事だったかな?あいつも、そのヴィセン島の出身と言っていたな…)


 そうマイカが考えている間に、マイカの目の前に大きな陶器製のジョッキが置かれた。中に白い泡が立っている。


「これって…ビール?」


「そうだよマイカちゃん。帝国には色んな酒があるが、なんと言っても、まずはビールだ。

 帝国のビールは世界一だぜ!」


 支部長サブマスターが、いつの間にか馴れ馴れしくマイカのことを「ちゃん」付けで呼んで、そう言った。


「あ、いや、酒は…マイカは見ての通り、まだ少女だし…」


と、ハンデルが支部長サブマスターに言うも


「エルフは歳とらないだろうが。マイカちゃんも、こう見えて結構、歳くってるかもよ?

 ねえ、マイカちゃんは歳も秘密かい?」


 そう言った支部長サブマスターの声も耳に入らないほど、マイカはジョッキの中の液体を凝視していた。


 (ビール…ビール…ビールか!?

 オレが世界で一番好きだった飲み物!

 こ、この異世界でも、まさか飲めようとは!!)


 マイカは、その大きな陶器製のビアジョッキを両手で持ち上げると、ふちに口を付けて勢いよく飲み始めた。

 「ング、ング、ング」とのどを鳴らしながら飲み続け、なんと、一気に飲み干してしまった。


 そこに居並ぶ者は皆、その意外な光景にあんぐりと口を開いて黙ってしまった。


 マイカは空になったビアジョッキを「ドンッ」と、テーブルの上に置き、よろこびの声を上げた。


「プハーッ!美味うまいっ!

 あぁーーっ、この一杯のために生きてるなあ!!」


              第23話 (終)


※エルデカ捜査メモ㉓


 現在、帝国領内においては申請などの手続きをしてさえおれば、誰でも自由に、どんな物でも売ったり買ったりの商売をすることが出来るが、これは先帝ヨゼフィーネの代になってからである。

 それまでは、物資の販売権を、貴族や大資本家などがそれぞれ持ち(例えば、紙は○○伯爵、蝋は○○男爵、油は○○商会、など)それらの商いをするためには、莫大な上納金を販売権を持つ者に支払わなければならなかった。

 そもそも商売をする者も限られていて、それぞれの販売権を持つ者にコネがなければ、中々難しかった。

 そのような古いしきたりは、経済発展の邪魔でしかない、とヨゼフィーネは考え、撤廃したのであった。

 そう、日本の戦国時代に織田信長が実施した「楽市楽座」そのものである。


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