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第22話 『異世界初のファッションモデル?』

 出発の時間となり、部屋を出て階段で1階ロビーまで降りると、大勢の人達が待ち構えていた。

 この宿屋の従業員一同と、それ以外にも、宿泊客と思われる男女もいた。高級店の客らしく、皆、上品な身なり風体ふうていだ。


 マイカが姿を現すと


「ワァーーーッ!!」


というような大きな歓声が沸き起こった。


「本当にエルフだ!」

「まあ、なんて可愛らしいのかしら。」

「本当、お人形さんみたい。」

「エルフと同じ宿に泊まったなんて、故郷くにに帰ってから、大いに自慢できるぞ!」


 宿泊客達が次々と感想を述べる中、ハンデルが大きな声で


「さあさあ皆さん!手前は行商を営んでいるハンデルと申します。

 本日のひる過ぎより、クラームの76区画にて店を開きます。

 こちらのエルフのマイカ嬢も共に参りますので、お時間がおありの方は、どうぞいらして下さい!」


と宿泊客達に向かって言った。


「おおーっ!行く!行くとも!!」

「まあ、それは素敵。アナタ、共に参りましょう。」

「ところでハンデルさんとやら、あなたのお店では、どんな品物を取り扱っておられるのかね?」


「はい。主に女性のお召し物や装飾品…、男性用の物もありますよ。身の回りの小物類や武具なども各種取り揃えております。

 なお、女性用の物については、こちらのマイカ嬢が実際に身に付けて、皆さんに御覧頂こうと思います。

 是非、御購入の参考にして下さいませ。」


「おおーーーっ!!」


 宿泊客達は、一斉に大歓声を上げ


「行こう!皆で行こう!」

「こんなの黙ってられない!街中の人達に知らせるぞ!」

「ええ、こんな機会ないですもの!」


と、次々に興奮した口調で話し合っていた。


 目の前で起こっていることの、あまりの展開に、マイカは目を白黒とさせていた。


 (何だったんだろう?さっきのは。)


 ハンデルと馬車に乗り、通りを進みながら、マイカは先程の狂騒きょうそうともいえる騒ぎを思い出していた。

 また、例の大きな麦わら帽子を被って耳を隠し、一目ではエルフと判らないようにしている。


「どうしたマイカ、面食らったか?

 あれがエルフに対する一般的な反応だよ、知らなかったかい?」


「いや、今まで会った人達も、私に驚きはしたけれど、何て言うか、あんなスターみたいな扱いは…」


「スター?スターって何だい?」


「あ、そうか、判らないか。

 うーん…そうだなあ、有名な舞台の看板女優みたいな、って言えば判るかな?」


「ああ、なるほど、確かにそんな感じだったな。」


「クライン村の人とかは、あんなんじゃなかった。」


「クライン村の人達は、圧政に疲弊ひへいしているせいだろうな。疲れ過ぎていて、喜びや楽しみの感情を爆発させにくかったんだろう。」


「うーん…」


「その点、このインハングや帝都の人達は違う、豊かで毎日、人生を謳歌おうかしている。楽しいことを、しっかりと楽しむことが出来るのさ。

 そういった人達にとっては、お前さんは、とっておきの娯楽のタネなのさ。」


「本当に、エルフって珍しい存在なんだね、この世界では。」


「ああ、一生見ることがないって人が大半だからな。」


 マイカとハンデル、そしてケルンを乗せた馬車は、白い壁の三階建ての建物の前で止まった。

 泊まっていた宿屋の豪壮ごうそうさとは比べものにならないが、この街の建物の中では小さいほうではない。

 しかし、この街の建物は白い壁のものが多い。


「ここが行商人組合ギルドのインハング支部さ。

 盗賊団退治の依頼金の後金を受け取るのと、預けているウチの伝令を引き取るのさ。」


 ケルンを荷車の中に残してマイカとハンデルは馬車を下り、建物の中に入った。

 ハンデルは何故か、例の大きな鳥籠を手に持っている。


「いらっしゃいハンデルさん。じき組合支部長ギルドサブマスターが参りますので、しばらくお掛けになってお待ち下さい。」


 入口を入って直ぐのカウンター越しにいた受付の女性に言われ、二人はカウンター前の椅子に座った。


「やあ、ハンデル。この度はご苦労だったな。」


 年齢40歳ほどに見える、黒髪を綺麗に七三分けに整え、口ひげを生やした男性が奥から出てきた。

 紳士ぜんとした雰囲気だが、着衣にも浮き出るような筋肉から、只者ではないことが、一目で判った。


「やあ支部長サブマスター、ご機嫌よう。」


 ハンデルが支部長サブマスターと呼んだその男性も、大きな鳥籠を持っており、中には大きな鳥が入っていた。

 その鳥は、全身の色や模様はよくいる鳩とそっくりだが、上嘴うわくちばしがカギ状に下を向いているところや、足が大きくて鋭い爪を持っているところなどは、猛禽類もうきんるいの特徴がある。

 大きさは、大型のオウムくらいだ。


「はんでる!はんでる!」


 (わっ!この鳥、喋るんだ。)


 マイカが驚いていると


「やあブラム、伝令ご苦労さん。」


と、ハンデルがその鳥の名を呼び、ハンデルと支部長サブマスターがそれぞれ鳥籠の入口を開けると、そのブラムと呼ばれた鳥は支部長サブマスターの鳥籠からハンデルの鳥籠の中に移っていった。


「ハンデル、報酬の後金の受け取りはどうする?金貨か?それとも銀貨でか?」


「銀貨で頼みます、支部長サブマスター。」


「銀貨で、となると枚数が多くなるから少し時間がかかるな…ちょっと待ってくれ。

 そうだ、酒でも飲んで待つか?用意するぞ。」


「いえ、これから店を開けるつもりなので、今は遠慮しときます。また夜にでも。」


「そうか、じゃあ今から店を押さえておくぜ。

 …ところで、隣の美しいお嬢さんはどなただい?またお前の新しい彼女か?」


 (…また?って、やっぱりハンデルの野郎、モテやがるのかコンチキショー。

 確かに見た目も良いし、カネも持ってるし、腕っぷしも立つし、それに昨晩、錯乱してたオレに見せた、あの優しさ…女にモテない要素は無いわな…

 ん?いや、いやいやいや!オレは心は男だからな、ホレるわきゃないぞ!…でも、確かにあの優しさには助けられた…)


「いえいえ、彼女はウチの従業員ですよ。新しく雇ったんです。

 ん?どうした?」


 ハンデルがマイカの方を見て、そう言った。

 マイカが自身から自己紹介すると思っていたのに、何か考え事をしている様子で黙っていたためだ。


「あ!失礼しました。」


 物思いにふけっていたマイカは我に帰ると帽子を取り、支部長サブマスターに向かって挨拶をした。長い耳が表に現れる。


「御挨拶が遅れて申し訳ございません、マイカと申します。どうぞよろしくお願い致します。」


「あっ!!」


 支部長サブマスターは、そう一言を発したまま固まってしまった。

 カウンター越しの受付の女性も、マイカを見て、目を丸くして固まっている。


 (やっぱり、エルフを見たらそういう反応になるのね…)


 マイカは額に汗が流れるのを感じた。


「エ、エルフ、エルフだな?おい、本物のエルフだな?

 行商人達の話には何回か出てきたが、実際に会うのは初めてだ。」


 (何回か話に出てきた?行商人の中には、他のエルフを知ってる人がいるのか?)


「ハンデル、エルフのお嬢さんを使ってどんな商売をするつもりだい?」


「ええ、俺が取り扱っている商品を、このマイカ嬢に身に付けて貰ってですね、大勢の人にお披露目ひろめするんですよ。そうすれば凄い宣伝になると思いまして。」


「それはいい!大儲け間違いなしだ!

 ハンデル、その新しい商法、特許登録するかい?」


「いいえ必要ありません。他にもやりたい人がいれば、好きにやって貰えば。

 もっとも、ウチのマイカ嬢ほどの逸材は中々見つからないでしょうがね。」


「ハッハッハ、違いない!では、この商法を考案したのは、ハンデル、君だということは全組合ギルドに伝えておこう。

 他に特許の横取りをするヤツが出ないようにな。」


「はい。それはお願いします。」


「ところでハンデル、この商法の名前は?何て名付けた?」


「名前ねえ…そういえば考えてませんでしたな。何か適当に…」


と、ハンデルが考え始めた横で


「ファッションモデル…」


と、マイカがボソッとつぶやいた。


「ファッション…モデル…?」

「ファッション…モデル…?」


 ハンデルと支部長サブマスターが同時に声を発し、マイカがつぶやいた、この聞き慣れない言葉を反芻はんすうした。


ファッション流行モデル見本か……

 いい!それはいい!!この商法の名はファッションモデル式だ!

 マイカさん、あなたはファッションモデル第1号だ!」


と、支部長サブマスターが感にえない様子で言った。


 (あ…はかららずとも、やっぱりこの異世界でのファッションモデル第1号になってしまった…)


と、マイカの心はやや複雑だった。


               第22話(終)


※エルデカ捜査メモ㉒


 行商人組合ギルドは、帝国の経済流通における最も重要な機関で、そこそこ大きな都市には必ず支部が設けられている。

 組合ギルドに属してなくでも商売は出来るが、属することによって、組合ギルドに属している他の商人達のネットワークを通じて情報や幇助を受けることが出来るため、行商を営む者にとっては、非常に有利である。

 インハングの街自体は、帝国本領第3の都市であるが、帝国各地への街道が伸び、帝国の入口とも言える街の性格から、行商人組合ギルドインハング支部は、帝都に次ぐ規模を誇り、代々の組合本部長ギルドマスターは、ここ、インハングの組合支部長ギルドサブマスターを経ている者がなっている。

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