浴場は、宿屋の支配人が「当店自慢」と言うだけのことはあり、ただ広いというだけではなく、それ
(古代王朝風って言ってたけど、何か、元の世界の古代ローマ風な感じだな…
よく行ったスパにも、こんな感じのがあったような…)
マイカは、さっき思ったとおり、石鹸を使って全身を
(ふー…極楽、極楽…ノーラの家でお風呂を
これで、
やはり、発想がオッサン臭いマイカであった。
(ふいーっ、つい長風呂しちまったぜぃ。)
マイカが浴室から出ようとしたところ、入る際には気が付かなかったが、浴室出入口の横に、全身を映す大きな
「うわぉーーーっ!!」
鏡に映った自分の姿を見て、マイカはまるでオバケにでも会ったかのような驚き方をした。
(あっ!自分か!?…あー、ビックリした…
何せ、オレ、まともに女の人の裸を見たことがなかったからなぁ。
素人童貞だったし、エッチなお店でも恥ずかしくて、部屋を暗くしてもらってたから、よく見えなかったし…)
マイカは、自分であるのに、胸と股間を手で隠しながら、鏡に映った姿を見てみた。
(こんなに美しいのか…まるで、特別級の芸術作品のようだ…
しかし、前にも思ったけれど、何でいきなりこの身体なんだろう?
やはり、転生したのはだいぶ前で、今までの記憶が無いのか…?それとも、他人に魂が乗り移ったのか…?
…もし、他人のだったら、あまり見るのは失礼だから、早く上がろう。)
マイカは大事な所を隠しながら、そそくさと浴室から出た。
(こんな凄い部屋に泊まれるなんて、オレは王侯貴族か何かか?)
と、マイカが思ったとおり、特別室は特別だった。
見るからに高価な物と思われる調度品の数々。複雑な幾何学的模様が編み込まれた絨毯。
まさに王侯貴族の部屋のようだった。
(しかも
マイカはふと、絨毯の上で柔道の前回り受け身をしてみた。
(絨毯フワフワ過ぎて、身体の何処にも痛みが無かった。
どう編んだら、こんなにフワフワになるんだろう?)
マイカは
今日一日の疲れ、特にアソゥ団との闘いで全身疲労していたため、直ぐに深い眠りに落ちる筈だった。
…が、横になろうとしたマイカは、突然、激しい
続いて、まるで身体全体の皮膚の下に何かが、例えば、無数の虫が這い回っているかのような悪寒が走った。
(なっ!何だ、これは!!)
そう思ったマイカの脳裏に、突然、昼間のアソゥ団との出来事が映し出された。
特にアソゥ団首領の、ルォーの正視に耐えない下品な笑顔が脳裏いっぱいに映し出された時、マイカは強い嘔吐感を覚えた。
ずっと
今夜は遅く、そして疲れて食欲もないので、と言って夜食を断って空腹であったため、ひたすら胃液を吐きまくった。
「ワーン、クゥーン、キューン」
ケルンが心配して、マイカに身体を擦り寄せてきた。
「ゲホッ。だ、大丈夫だよ、ケ、ケルン。ゲッ、ゲホッ。」
「おい!どうしたマイカ!何かあったのか!?」
ドタバタと大きな音を続けて出したからだろう。マイカがいる特別室の向かいの部屋をあてがわれたハンデルが、ドアを大きくノックしながら呼び掛けてきた。
ケルンがドアまで走り、その中央の頭の角で、ドアの施錠を器用に解錠した。
「マイカ、どうした?」
ハンデルが特別室の中に入ると、マイカは部屋の片隅で膝を抱えて三角座りで座っていた。
ブルブルと全身を震わせている。
「ちょっ、マイカ、大丈夫か?」
ハンデルがマイカに近付こうとしたところ
「イヤーーーーッ!!」
マイカ自身、自分が出したのが信じられない、と思うような大声を出し
「来ないで…近寄らないで…」
歯の根が合わず、ガチガチと歯を鳴らしながら、今度はとても弱々しい声でそう言った。
そのマイカの様子を見て、ハンデルにはどういうことか理解できたようだ。震え続けるマイカに向かって
「…判った。俺は自分の部屋に戻る。
だけど、何かあったら呼びに来いよ。起きててやるから。」
そう優しく言い、ハンデルは特別室からでて行こうとした。
「待って……」
と、今度はマイカがハンデルを引き止めた。
「近付いて欲しくないけど、見えない所へ行かないで…私から見える所に居て…」
「うん。判った。じゃあ、ここに居るよ。」
ハンデルは部屋からは出ず、ドアの横の床に座った。
(どうしたんだろう…?オレは、心は男の、マイハラアキラのままの筈なのに…)
マイカは自身に訪れた突然の変化に戸惑いながらも、ある種、冷静に分析していた。
(これは、性的被害に遭った人が陥るPTSDの症状ではないか?
心も身体に…女の肉体である、この身体の方に心も引き摺られるのだろうか?
頭では落ち着けていたのに、どうしようもなく悲しい…悔しい…腹立たしい…怖い…
…未遂でも、こんなになるんだな。オレもかつて、性的被害に遭った女性から事情聴取したことがあったが、真に向き合っていたとは言えないな。口には出さなかったけど「命があっただけでも、まだマシじゃないか」みたいに思ってたもんな。
これがもし、未遂じゃなかったら、あいつらに本当に
そんなの、死んだほうがマシだ!
知らなかった…こんなに…こんなに…
「うっ…うっ…うっ…
えっ…えっ、えぇーん。えぇーーん。」
マイカは声を上げて泣き出した。
心の中に居るアキラが止めようとしても、次から次へと悲しみが沸いてきて、どうにもならなかった。
ケルンはずっとマイカに身体を寄せている。
子供のように泣きじゃくるマイカを、ハンデルは優しい目で見守っていた。
マイカが気付くと、
掛け布団も身体に掛けられ、ケルンがその上で、マイカの左横に臥せていた。
(あ…泣き寝入りしてしまったのか…?
でも、床に座っていたのに……そうか、ハンデルが運んでくれたのか…)
カーテンの外側が明るい。とっくに夜が明けていたようだ。
気分はスッキリと晴れている。昨晩のことが、まるで嘘のようだったと、マイカには思えた。
マイカは身を起こすと、鏡台の前に座り、鏡で顔を見た。
(うわ、ヒドい顔…)
両
その時、ドアを軽くノックする音が聞こえた。
「マイカ、もう起きたか?俺だ。」
マイカは右手でドアを開けた。左手は
「あ…ハンデル、昨日はごめんなさい。自分でも、何だか訳が分からなくなって…」
凄く照れ臭い気持ちが沸いてきて、まともにハンデルの顔が見れない。
「…いいさ、全然。それより、昨日入った大浴場、支配人に頼んで、今から入れるようにして貰ったぜ。
風呂から出たら、直ぐ朝食だ。
ひと風呂浴びて、食うもん食やぁ、その顔もスッキリ元通りにならぁ。」
「あ…」
(やっぱり、ヒドい顔してるとか思われた。)
激しい
「ありがとう、昨晩は…本当にありがとう、助かった。」
と、心からの御礼を言った。
「ん」
とばかりにハンデルは無言で
「おい、おい、朝からそんなに食って大丈夫か?」
ハンデルが少し
朝食は、マイカが居る特別室まで運んでくれ、マイカとハンデル、そしてケルンも一緒に朝食を
ハムと半熟のゆで玉子
フルーツの盛り合わせに野菜サラダ
数種類のジャムとバター
オレンジジュース、ヨーグルト
ケルンにはどデカイ、スペアリブ
量も多く、普通の人の口には余りそうな量なのだが、マイカは全部平らげそうな勢いでバクバク食べている。
「だって、凄く美味しいんだもの!
それに昨日、晩御飯食べなかったし。
(その上、吐いてしまったし…)
お腹ペコペコだから、なんぼでも入るよ。」
「フッ」
とハンデルは軽く笑い
「元気が出たみたいで良かったぜ。何なら、俺のも少し分けてやろうか?」
「本当?じゃあ、チーズとバターを頂戴。乳製品が特に美味しくて、先に食べ切っちゃった。」
「そうだろ、帝国の乳製品はどれも
「ウェイデン印?」
「おっ!そのとおり。よく知ってるじゃねぇか。」
「うん。ウェイデン領グレンスの衛兵に教えて貰った。」
「本当に全部平らげちまったな…男の俺ですら多い量なのに。」
ハンデルが目を丸くして言った。
「まだイケるぜ。でも、動けなくなるといけないから、この辺でやめとく。
これから仕事なんだろ?」
「ああ、その前に用事がある。少し食休みしたら出発して、この街の行商人
第21話(終)
※エルデカ捜査メモ㉑
マイカとハンデル、ケルンが泊まった高級宿屋「フェルファインド」は約180年の歴史を持つ老舗である。
元々は、ラウムテ帝国初代皇帝が遠征した際の本陣として建てられたもので、これまでに2回、大規模な改修工事を行ない、当時の姿を保っている。
初代皇帝が寝泊まりした部屋は、マイカが泊まった特別室ではなくて、もっと豪華なものであるが、皇族専用として、一般には公開されていない。
この皇族専用部屋は、約40年前、皇太女時代の先帝ヨゼフィーネとドラーク公とのハネムーンの際に使用した以後は使われていない。