目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第20話 『インハングの街』

 ハンデルとマイカ、そしてケルンを乗せた馬車は快調に飛ばしている。馬車をく二頭の逞しい鹿毛の馬の体力は衰えず、道の上を滑るように走って行く。

 日が暮れて夜になった。馬車は尚も走り続けている。満天に輝く星が街道を明るく照らしていた。


「ところで今、何処を進んでいるの?」


 マイカがハンデルに尋ねた。


「小領主街道を時計回りに回って、今、東を向いて進んでいる。もうすぐ帝国本領に続く南北の大街道と合流する。」


「時計回りだって!?時計があるのか?」


 マイカが驚いてハンデルに聞いた。


「ああ、あるぜ。ちょっと待ってな。」


 ハンデルは馬車を止め荷車の中に入り、金色に輝く豪華な装飾で彩られた置時計を手に持って出てきた。


「本当だ…時計だ…」


「へっ、凄いだろ?ちょっと前に仕入れることが出来た、ステルクステ騎士団領製の特級品だ。高価すぎて、未だに売れ残ってるがな。」


 マイカは、その置時計をマジマジと見つめた。


 (長針と短針と秒針…ん?印が12個付いてる!これは、12時間を表しているのか?)


「ハンデル、この世界の1日は何時間だ?」


「1日は24時間さ。」


「1年は?」


「365日。4年に一度366日。」


 (全く同じだ…オレがいた元の世界と…)


 マイカは、急に思い立ったように顔を上げ、星空を見た。


 (あ!天の川だ…あれは天の川だろ?星が一杯ありすぎて、星座とかよく判らんが、一際)ひときわ大きく光る3つの星…

 間違いない。あれは夏の大三角だ!

 あの一番上の星が、こと座のベガ。右下の星が、わし座のアルタイル。左下の星が、はくちょう座のデネブに違いない。

 そうか…異世界といっても、地球は地球なんだ、ここは…)


「ん?どうした?マイカ。」


 知らず知らずの内、星空を見上げていたマイカは涙を流していた。


「ああ、いや、ここは私が居た世界とは確かに違うが、どうやら同じ星の上らしい。

 そう思うと、急に懐かしい気分になってね。」


「へえー面白いな、その説。それ、もうちょっと詳しく…

 あ、いや、また今度でいいや。」


 遠い目で星空を見上げ続け、感傷にひたっているマイカに、ハンデルは遠慮したようだ。


 馬車は進み、ハンデルの言ったとおり、大街道との交差点に辿たどり着いた。左へ折れ、北へ向かって進む。


 「あと小一時間もすればインハングの街に着く。今夜はそこで宿屋に泊まろう。」


 星明かりに照らされ、市城門が見えてきた。

 東西にびる城壁の端は、暗くてよく見えないが、遥か先まであるようだから、インハングの街は、かなり大きな街のようだ。


 門を通過する際、門の番兵が声を掛けてきた。


「よう、ハンデル。隣の美女は誰だ?

 ここから出発した時は一人だったじゃないか?まさか、お前の新しい女か?」


 マイカは、例のウェイデン侯爵領の衛兵達に貰った、大きな麦わら帽子をかぶって耳を隠しているため、エルフだとはバレていないが、それでも充分に人目をひく見た目をしている。


「いえいえ、新しく雇ったウチの従業員ですよ。そんな浮わついた間柄じゃございません。」


「本当かよ?なにしろお前は女にモテるからな。ま、そういうことにしといてやるよ。」


と、その番兵はハンデルの言うことをあまり信じなかったようだ。


「ところで、何か仕入れてきた物はあるのかい?うちのカカアが新しい髪留めを欲しがっている。」


と、別の番兵が聞いてきた。


「はい、それはもう。明日のひるすぎから店を開きますので、是非お越し下さい。」


 そういったやり取りを終えると、馬車は市城門の中に入って行った。


 街の建物は平屋ではなく、階建ての建物が多く、整列したように建ち並び、その間を通る道は石畳で舗装され、道幅も広かった。

 マイカの想像より、遥かに立派な街並みだった。


「凄く発展してる…」


 マイカが感嘆の声を上げると


「ああ、このインハングの街は、帝国本領でも3番目にデカい街でな、大抵の物は揃っている。

 南北だけではなく、東西にも街道が延びている、まさしく帝国本領の入口さ。」


と、ハンデルがインハングの街について簡単に説明してくれた。


「マイカを色々と案内してやりたいけど、今日はもう夜も更けてきたから、このまま宿屋に向かおう。」


 馬車は一軒の建物の前で止まった。

 5階建てで、白亜の壁の豪華な造りの大きな建物だ。


「今日はここに泊まるぜ。降りな。」


 (ホテルだったのか。しかし、どう見ても高いだろ、ここ。)


「え?ここ、凄く高いんじゃない?私、自分の分払えないよ。私だけ、もっと安い所でもいいよ。」


「あ?確かにこの先、飯代やら何やら、給金から差し引こうとは思っちゃいるが、ここは大丈夫だから心配するな。」


「え?大丈夫って、なんか理由があるの?」


「まあ、いいから、いいから。さ、入った、入った。」


 宿屋の建物に入ると、正装した初老の紳士が出迎えてくれた。


「これはハンデル様、ようこそいらっしゃいました。すぐに案内の者を呼びますので、暫しお待ち下さいませ。」


「やあ支配人、悪いんだが予定変更だ。もう一部屋とれるかな?こちらの女性の分なんだが。」


 マイカは帽子を取り、支配人の男性に挨拶した。マイカの長い耳が表に現れた。


「すみません、マイカと申します。よろしくお願いします。」


「あ…あぁぁぁ…」


 支配人は大きく目と口を開いたまま固まってしまい、案内係の女中も、階段を降りてくる途中で足を止め、マイカを見つめたまま動かなくなった。


「支配人、支配人!」


「……あ、あっ!」


 支配人の男性は、ハンデルの呼び掛けでようやく我に帰ったが、驚いた表情のままだ。


「まあ、支配人が驚くのも無理ないか。」


「エ、エエ、エルフ…」


「そうエルフさ、珍しいよな。このインハングにエルフが訪れるのなんて何十年振りだい?

 もしかしたら、もっとかな?」


「は、はい…。あっ!申し訳ございません、取り乱してしまいまして。

 大変失礼致しました。」


「で、もう一部屋用意して貰えるのかな?」


「はい…はい!勿論でございますとも。

 これ、特別室に御案内したまえ。」


と、支配人は振り返って、後ろにいた案内係の女中にそう言った。


「特別室?俺も泊まったことが無いぜ、そこ。」


 その支配人とハンデルのやり取りを


 (いや、只でさえ宿泊代高そうなのに特別室なんて、一体いくらになるんだよ。)


と、ハラハラしながらマイカは横で見ていた。


「ところでハンデル様、モノは相談でございますが…」


「何かな?支配人。」


と答えたハンデルの顔は、まるで支配人がそう相談を持ち掛けてくるのが判っていたかのようだった。


「こちらのエルフ様、マイカ様が当店に御宿泊されたことを大々的に喧伝してもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わないぜ。」


 ハンデルは、マイカそっちのけで勝手に支配人に答えた。


 支配人は、今度はマイカの方を向き


「それではマイカ様、当店での御宿泊代、御飲食代については、全て無料とさせて頂きます。

 今回のみではございません。今後とも、よろしくお願いいたします。」


と、この宿屋を無償で、しかも一度きりではなく何度でも利用出来る旨を言ってきた。


 (な~る…。これが大丈夫ってことか。しかし良いのかな?

 今回は御厚意に甘えるとして、今度ここを利用する時には、ちゃんと払わせて貰おう。)


 マイカは、前世のアキラ当時から他人からの施しに対して、どうしても「申し訳ない」ていう感情が先に出てしまう。


 更に支配人は


「マイカ様、当店には自慢の、総大理石造りの古代王朝風浴場がございまして、そこを今からマイカ様専用と致しますので、どうぞゆるりとお入りになって下さいませ。」


と、追加のサービスを提供する旨を申し出てきた。


「いえ、そんな、別に貸切りじゃなくても…」


「いえいえ、是非!正直に申し上げますると、貸切りにさせて頂くのには、理由があるのでございます。

 そこでハンデル様。」


「何かな?何かな?」


と、ここでもハンデルはしたり顔で答える。


「マイカ様がお入りになられた後の残り湯を頂いてもよろしいでしょうか?」


「おう、勿論いいぜ。好きに使いな。」


と、ここでもハンデルはマイカに意見を求めることなく勝手に決定した。


「え?お風呂の残り湯なんてどうするの?」


と、マイカはハンデルに聞いたのだが、この質問には支配人が返答した。


「エルフが入った残り湯を飲めば万病に効くと言われ、また、自分が入る湯に、その残り湯を混ぜれば若返りの効果があると言われているため、私共はもとより、他のお客様にも提供したいのです。」


 (そんな迷信、たしか昔の日本にもあったな、貴人が入った残り湯は何ちゃらかんちゃら。

 まあ、オレ自身が減るわけでもないし。)


「はい、いいですよ。残り湯、ご自由にお使い下さい。」


 そう支配人に答えつつ


 (お湯に垢やらなんやら浮いてたら恥ずかしいから、湯船に入る前に身体をしっかり洗っとこうと…)


と思うマイカであった。


               第20話(終)


※エルデカ捜査メモ⑳


 小領主であったドラーク家が興って近隣を斬り取り領土を拡大させていき、ついにラウムテ「王国」を築いたが、そこから、当時ヘルダラ大陸において広大な地域を支配していたフリムラフ教国並びにその属国属領を駆逐していき、遂にフリムラフ教国の勢力に肩を並べた時「帝国」を称した。

 帝国本領とは、元の「王国」の地域を差す。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?