目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第19話 『帝国の奴隷制度』

歩きながら、ハンデルがふと思い出したように


「あ!そういや、このまま進むとマズい。ちょっと森に入って回り道をしよう。」


と言ってきた。


「なんで?このまま進んだ所に馬車があるんだろう?」


とマイカは気にせず、ケルンと共にそのまま進んだ。


「いや、ちょっと…」


とハンデルがマイカの服を引っ張ろうとしたところ、マイカの眼に凄惨せいさんな光景が入ってきた。


「あちゃーっ、お前さんの眼に入らないように移動させてたの忘れてた!」


 ハンデルが右手で顔を押さえ「しまった!」というような様子で言った。


 街道脇のくさむらに、アソゥ団の連中が変わり果てた姿で転がっている。

 アソゥ団の連中は「斬られた」なんて生易しいものではなく「切断」または「解体」されたと形容してもよいほどの状態だった。


「ん?どうかしたか?俺の顔に何か付いてる?」


 マジマジと顔を見つめてくるマイカにハンデルは微笑みながら聞いてきた。白い歯が光った。


 (これだけの数の人間をこんな風に殺しておきながら、何の暗さもコイツからは感じない…

 人殺し特有の陰鬱いんうつさも、犯罪者特有の面相のゆがみも、コイツには全く無い…

 悪党を殺しても当然、ということか。コイツ自身の考えか、はたまた、それがこの世界の常識なのか…

 そういや、オレが好きだった時代劇の主人公も皆、悪人を…長七郎も、主水之介も、平蔵も、全く躊躇ためらうことなくバッタバッタと斬り殺していたな…

 それと同じような感覚なのかな…?)


「こ…このアソゥ団達はどうするの?」


「ああ、既に伝令を飛ばしている。ここから一番近い〈インハング〉って街の行商人組合ギルドに、回収に来てくれってな。」


 (伝令を飛ばしている…?)


 ハンデルの馬車はたくましい鹿毛の馬二頭立てで、白い山型のほろ付き荷車も大きく立派なものだった。


「へえー…」


「どうだい、立派なモンだろ?割りと儲けてるんだぜ、俺は。

 おっ、そうだ!」


 ハンデルは荷車の後ろから中に入ると、しばらくしてから出てきた。手に若草色の女物の衣装を持っている。


「お前さんの着てるその服、血や泥が付いて汚れちまっている。これに着替えなよ。」


「えっ?…あ、うん……、あ…えっと…」


「何だい?どうかしたか?」


「で、出来れば…した、下着も…貸して欲しい…な…」


「あ?あっ、そっか!そういやお前さん、下着付けてなかったな!」


「え!なななな、何で知ってる!?

 あっ!みみみみ、見たのか!?」


 マイカはあわててころもの上から下腹部を両手で押さえた。


「見た。んじゃなくて、見えたんだよ。お前さん、胸の下辺りまで服をまくり上げられた状態で気絶してたからよ。

 直ぐに裾を直して、見えないようにしたよ!」


 マイカは、手の位置はそのままで、顔を真っ赤にしてうつむいた。


 荷車の中には、所狭しと大小様々な箱が置かれ、また、何十着もの女性用の衣服が掛けられていた。何故か大きな鳥籠もあった。

 床に人が一人分横になれるスペースが空けられており、毛布が敷かれていた。おそらくハンデルは、この毛布の上で休むのであろう。


 (しかし、測ったようにピッタリだな、服も下着も。女性用の物を多く取り扱っているというだけで、こんなに判るものなのか?

 …さては、女に相当詳しい?

 もしかするとモテ男くんですかい?そういや見た目も良いし、カネも持ってそうだし…前のオレとは正反対だな!チクショウめ!)


「おーい、着替えが終わったんなら、開けてもいいかい?」


 荷車の前方、キャビンの方からハンデルの声が聞こえた。


「ほお…似合ってるじゃないか。

 ところで、お前さんが着てた服、ちょっと貸してくれないか?確かめたいことがあるんだ?」


「確かめたいこと?

 うん、別にいいよ。どうぞ。」


 マイカは、この世界に着てからずっと着ていた白いワンピースをハンデルに渡した。

 ハンデルは服の隅々まで手で触れ、また、時折にかざした。


「…この軽さ、この手触り、そして、この虹色に反射する光…

 うん!やっぱり間違いない。これが伝説のエルフのころもか!?」


と、ハンデルは感に堪えない様子で言った。


「エルフのころも?」


「ああ、エルフしか材料、製法を知らない、しかも全てのエルフが着ている訳でもない、非常に珍しい衣服さ。

 よく見てみな。大立ち回りをした後なのに、どこも破けていないだろう?ほつれてさえいない。

 凄く丈夫で、普通の刃物では切ることが出来ないって言われているんだ。」


 (へえー。そんなに特別な服だったのか、最初から着てたから知らなかった。)


「あっ!それなら、その服、売れたりする?高価で?

 それを売って高級治傷薬ハイポーション代の足しにでもしてくれれば…」


「ハッハッハッハ!」


とハンデルはマイカの申し出を聞いて豪快に笑い


「このエルフのころもはその昔、何処ぞの王様が姫に着させるために、領地付きの城1つと交換したってほどの代物だ。

 俺が扱うには、スケールがデカすぎるぜ。

 まあ、気持ちは嬉しいが、そいつはお前さんの物だ。大切にしな。

 帝都に腕のいい洗濯屋がいる。そいつに綺麗にして貰おう。」


 マイカも馬車のキャビン、御者ぎょしゃ台に移動して、二頭の馬の手綱を持っているハンデルの横に座り、ハンデルに話しかけた。


「ねえ、言いたくなければ言わなくていいんだけれど、一つ聞いてもいいかな?」


「何だい?聞きたいことってぇのは?」


「奴隷のことさ。奴隷商人に売買されということは、この国には奴隷制度があるってことだよね?」


「…ああ、帝国だけじゃなく、世界中どこにでもある。」


「アソゥ団の連中は、私を大貴族や資産家に売り飛ばす目的だったらしい。それはやっぱり奴隷としてかな?」


「稀少種のエルフを奴隷にすることは、随分前に禁止されてるんだよ。

 だが、ずっと若くて美しいままのエルフを欲しがる…ああ、性的な意味でな、欲しがる奴らは大勢いる。」


「禁止されているのに?」


「ああ、欲しいものは何がなんでも手に入れたい、って奴は、特に資産家の中に多いからな。非合法と判っていても、手に入るとなれば、大金積んで手に入れようとするだろうさ。」


「ふーん…では、合法な奴隷っていうのはどういうの?」


「そもそも奴隷にするために人をさらったり、だましたりするなんて、絶対に許されないのさ。

 合法的な売買で取引される奴隷は、本人の同意がなければ絶対に駄目なんだ。」


「同意?奴隷になることに同意だって!?」


「ああ、先帝ヨゼフィーネ大帝陛下のおかげで豊かになったとはいえ、それでも貧しい人達はごまんといる。

 そういった人達が飢え死にをまぬがれるために、生きるために奴隷になることを選ぶのさ。

 本人が奴隷になることを望んでいる人達しか、奴隷として売買してはいけないのさ、この帝国では。」


「本人が望む?いや、アンタの妹は6歳だったんだろ?6歳の子が、そんなの判断できる筈ないじゃないか?」


「ああ、子供の場合は親権者か、その代理人でもいい。」


「そんな!親が子供を売るってことじゃないか!?

 そんなの非道ひどい!……え…?て、ことは…親父さんが?」


「俺も最初はそう思って親父のことを恨んだんだが、少し違ってた。」


「違ってた?何が?」


「確かに妹を売ることに同意したのは親父だが…

 これは親父が、妹が売られた翌年に死んだ後で知ったんだが、村の連中が、病人で働けなかった親父に食い物やらかねやら恵んでくれてたんだが、それを急に返せって言ってきたらしいんだ。返せる筈もないのに。

 それで、妹を売るように迫ったらしい。

 男の俺よりも、女の子の方が高く売れるからな…」


「な!?何てことを!!

 で、村の連中はどうしてるんだ!?今!」


「今から5年ほど前、酷い冷害がアルム村を襲って飢饉ききんが起きてな、ほとんどの村人が飢えや病気で死んでしまって、アルム村は無くなっちまったんだ。」


「それは…」


「天の報いだと思った。

 で、俺はその頃には一廉ひとかどの商人になってたからさ、しようと思えば出来たのに、援助しなかった。助ける気になれなかったんだ。」


「それは仕方ないと思う。そんな気になれなかった気持ちは判るよ。」


「でも、さ、つい近頃になって援助しなかったこと、後悔しちまってるのさ。もう、取り返しがつかないけど…」


「なんか、つらい気持ちにさせたようだね。ゴメン。」


「いや、いいのさ、気にしなくても。

 でも、何か不思議な気分だな。今までこんな事、誰にも話したことないのに、妹のことについてもさ。なのに、お前さん相手だとベラベラ喋っちまう。」


 (何だろう?本当に皆、オレには言いづらいことでも素直に話してくれる。

 …やっぱり、これは偶然では無さそうだな。)


「さあ、他には?何か聞きたいことはあるかい?マイカ。」


「それじゃあ、この国の奴隷制について、もう少し。

 合法な奴隷といったが、合法的に売買された奴隷は、どのような扱いを受けるの?」


「ああ、身体の安全は保障される。奴隷といっても、無闇むやみに傷つけたり、暴力を振るうことは許されない。そんなことをすれば、奴隷の所有権を剥奪はくだつされる。」


「それだと、女性の奴隷の場合、性的な被害を与えてもいけないのでは?」


「ああ、そうなんだがな、それでも奴隷本人が望んだ、ということなら大丈夫になってしまうんだよ。

 だから、奴隷自身が望んでいる、ってことにして、性の相手をさせたり、中には娼館で働かせたりする者もいる。」


「なるほど、建前だけの話か。」


「ああ、やはり奴隷は、あるじになかなか逆らえるもんじゃないからな。

 それでも、家畜以下みてぇに扱われている他の国の奴隷よりは全然マシなのさ、この帝国の奴隷は。」


「奴隷制に反対している人はいないの?」


「いる。結構たくさんいる。

 最たるのは、先帝ヨゼフィーネ大帝陛下や、現皇帝陛下代理のエフェリーネ摂政殿下が奴隷制の存続に疑問的と聞く。」


「国のトップが反対派なのに、何故、奴隷制が撤廃されないの?」


「先にも言ったとおり、奴隷にならなければ、即、飢える人達が大勢いるからさ。その現状を何とかしないと、撤廃は難しい。

 何せ、衣食住は保障されるからな、奴隷になりさえすれば。

 しかも、奴隷がせこけていたり、みすぼらしい格好をしてたら、そのあるじの恥になるから、割りといいもん喰ってるし、いい服着せて貰ってるよ。」


「それでも、人間の尊厳が阻害そがいされていることに変わりはないのだろう?」


「ああ、そのとおりだ。意に沿わないことにも従わなきゃならねぇ、てのは、人にとってとてもつらいことだ。」


「…妹さんの名前を聞いていなかったな。」


「エリーだ。エリーっていうんだ。」


「エリーさんか。エリーさんは何歳になられる?」


「22歳になっている。」


「22歳。全然若い。充分やり直せる年齢だ。」


「そうさ、この先の人生、絶対に幸せにしてやるんだ。」


「絶対に見つけような、妹さんを。」


「ああ、ハナからそのつもりだ。

 ……ありがとう。」


               第19話(終)


※エルデカ捜査メモ⑲


 先帝ヨゼフィーネは、帝国における奴隷制度を大きく改正した。

 それまでは、帝国でも、他の国々と同様、奴隷といえば家畜同然、または家畜以下のごとく扱われて、奴隷主が好き勝手に奴隷の自由権利を奪い、生殺与奪の権を握っていた。

 ヨゼフィーネはまず、奴隷商人を認可制にし、国から課せられた厳しい条件をクリアしなければ、奴隷を取引することが出来ないようにした。そして、奴隷を買う際にも売る際にも事前の届出を義務付けた。

 奴隷主となるにも、資格制を定め、奴隷主となる者に対し、奴隷の生命身体の保障、衣食住の保障を与えることを義務化し、それに反すれば、即、資格を取り消し、場合によっては投獄したりした。

 しかし、そのように厳しく取決めを作っても、定めの網を抜け、非合法な奴隷売買をしたり、奴隷を虐待する者はあとをたたない。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?