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第18話 『恩人…それとも…』

「それで、エルフのマイカさんは何処へ行くつもりだったんだい?」


「帝都へ、帝都へ行くつもり。」


「帝都かい?で、何処からここまで来たんだい?」


「クライン村ってとこ、コロネル男爵領の。」


「コロネル男爵領?なら、どうしてウェイデン侯爵領を突っ切ってこなかった?

 そっちの方が全然旅がしやすいぜ、何せ凄く安全だ。」


 ここでマイカはハンデルにクライン村でのことを話し、コロネル男爵が、マイカがウェイデン侯爵領を通過するのを妨害したことを話した。


「重税に圧政か…本当なら許せんな、コロネル男爵のヤツ。」


「そうだろ?だから帝都へ行って、偉い人に訴えようかと思って…」


「でもさ、当代のコロネル男爵って、貴族間での評判はすこぶる良いんだよなあ…」


「実際にコロネル男爵に会ったけど、あんな品がない男の、どこが評判が良いの?」


「何でも、豪華な贈り届け物で自分よりくらいの高い貴族の機嫌を取りまくっているらしい。

 コロネル男爵の豪華な買い物のおかげで儲けた商人も大勢いて、商人組合ギルドからの受けも良い。

 …そうか…その大盤振る舞いの財源が領民からの重税という訳か…」


「豪華な贈り届け物か…自分を良く見せるためなら、大勢の人達を苦しめても構わないって、そんなヤツなんだよ、コロネル男爵って。」


「しかし、証拠が無いんじゃ話にならないぜ。いくらお前さんが真剣に話しても。

 それに、偉い人に話すって、誰ぞ上級貴族に知り合いでもいるのかい?」


「そんなのいないよ。大体、こちらの世界に来てから、そんなに時が経ってないんだ。

 知り合いといえば、クライン村の村人か、あと、ウェイデン侯爵領の4人の衛兵さん達くらいだよ。」


「あ…そういや、そうだったな。それじゃ昔馴染みなんている筈ないわな。」


「あっ!そうだ、いま気付いたけど、ウェイ…」


「ウェイデン侯爵なら無理だよ。コロネル男爵からの贈り物を一番多く受け取っているのは、男爵の上司に当たるウェイデン侯爵の筈だからね。

 第一、一都市の衛兵程度じゃ、頼る伝手つてにしては弱すぎる。」


「う……」


「まあ、俺なら伝手つてが無い訳じゃないんだぜ。お客様の中には宮廷に仕える侍女や、貴族の使いの者もいるからな。」


「本当?じゃあ…」


「ああ、力になってやれないこともない。ただし条件がある。」


 (あ!きた……やっぱり商人が無償タダで何かをしてくれる事なんて無いよな…提供したモノに対して報酬を求めることこそ、商売人の正しい筋道だもの…

 暴漢から助けてくれたことに対する謝礼や、高価な薬の代金とかを、いらないなんて、おかしいと思ったよ…

 金銭の代わりに、オレに言うことをきかせるつもりだったか…)


「ま、まさかアンタも私の、か、か、身体とかが目的か!?」


 マイカは、キィッと強い眼でハンデルをにらんだ。


「はあ?ハ、ハハハハ。そんな訳ないだろ。何を早とちりしてるんだよ!?

 そんなことが目的なら、お前さんが気絶している間とかに、とっくに手を出してるぜ。」


「ならば、あのアソゥ団の連中は、私を金持ちとかに売ると言っていた。アンタもそうか?

 エルフは高く売れるらしいな!?」


「違う!!」


 先程までニヤけた表情だったハンデルが急に真顔になった。眼に怒気をはらんでいる。


「で…でも、信用出来ないよ。商人なのに謝礼や報酬を要らないなんて言っておきながら、後から条件を付け足そうとするなんて、どう考えてもおかしいもん。

 うまいこと言って、やっぱり私の身をアンタの意のままにしようとしか…売り払ったりしようとしか…」


「違う、違うよ…俺が人を売買するなんて絶対に無い。絶対にそんな事しない。信じてくれ。」


 ハンデルは相変わらず真顔のままだが怒気は消えている。話す口調も穏やかになっていた。

 お互い、しばらく口をつぐんだ後にハンデルが口を開いた。


「…俺は、この帝国の最も北のアルム村って所の出身でな、っぽけな貧しい村で何も無い村だった。

 母親は、俺のやっつしたの妹を産んで直ぐに死んじまってな…父親も病気になって、貧しい村の中でも最も貧しかったよ、俺達の家族は。

 ……で、とうとう、このままだと家族みんな飢え死にしてしまうってところまできて…

 …ところまできて…妹が奴隷商人に売られちまったんだ……」


「えっ…?」


「妹はまだ6歳で、俺もたった14のガキだったから、どうにも出来なかった…

 だから、だから!俺は絶対に人を売るなんてマネはしないんだ、絶対に!」


「…そうか…判った。すまない。

 で、妹さんは?今?」


「それきりさ。今だにもって消息や居場所はつかめてねえ。

 俺が行商人になったのも、行商人は広く、色んな場所へ行くから、いつか何処かで妹の事を見つけられるんじゃないかと思ってさ。」


「早く見つかるといいな、妹さん。」


「ああ、必ず生きていると信じている。

 そして…、たとえどんな姿になっていても、必ず連れ戻す。」


 重々しい口調で話すハンデルが、特に「たとえどんな姿に…」と口にした時、最もつらそうな表情をしたことをマイカは見逃さなかった。

 奴隷として身を売られた者の、特に女の生きていく道が、どのようなものであるか想像出来た。


「……」


「……」


「なら、私に対する条件って何なの?」


「ああ、俺の商売の手伝いをして貰おうと思ってさ…おっと、闘商じゃないぜ。行商のほうさ、通常のな。」


「行商の手伝いって、どんな事をするの?私は商売の経験は無いよ。」


「なに、簡単さ。まず、エルフってのは、この世界では本当に珍しい存在なんだ。数がメチャクチャ少ないからな。

 だから、まずエルフを連れてるってだけで人がたくさん集まる。んで、俺が取り扱う商品は、女物の服や装飾品アクセサリーが多くて、それをお前さんが身に付けて人前に出れば、凄い宣伝効果になると思うんだ。」


 (なるほど、客寄せパンダ兼ファッションモデルという訳か…)


「ちなみに、服や装飾品アクセサリーなんかを宣伝の為に人に着させて見せる、なんて、今まで誰もやっていないやり方だ。

 つい先日、俺が思いついたんだ。それで、どこかに適材はいないかって思っていたところさ。」


 (…ということは、オレがこの世界におけるファッションモデル第1号という事になるのかな?)


 マイカは、舞台上をモデル歩きでウォーキングしている自身の姿を想像した。


「どうだ、やってくれるか?勿論もちろん給金は払うよ。」


「…うん。やる。頑張ります。」


 マイカは自分の想像に照れて、真っ赤になりながら答えた。


 (ん…?これだと、エルフモデルって事にならないか?違う物語に…)


「どうした、マイカ?」


「いや、何でもない。」


 (何だったんだ?今のは。何だよ、違う物語って。)


「街道を少し進んだ所に馬車を停めてある。

 さあ、行こう。」


 ハンデルとアキラ改めマイカ、そしてケルンも共に街道を歩き始めた。


                第18話(終)


※エルデカ捜査メモ⑱


 帝国における奴隷売買には、きちんとした制度が定められており、勝手に行なうことは出来ない。

 奴隷商人になるための必要な手続きと届け出は厳格で、更に認可された後も、年に一回、必ず更新の手続きが必要である。

 更に、奴隷の売買の際にも事前事後の届け出がそれぞれ必要で、いたずらに人を奴隷とする事のないように定められている。

 これらの厳格な手続きは、先帝の女帝ヨゼフィーネが定めたものである。


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