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第13話 『襲撃』

 アキラとケルンの旅は順調だった。


 細い街道を道なりに進み、日が暮れる前に街道脇の森や林に入って適当な場所を選んで休み、夜が明けたら出発するということを繰り返しながら帝国本領へ向かっていた。

 この小領主群街道は、治安がさほど良くないという話だったが、心配していた程ではなく、途中で行き交った人も軽く挨拶をしてくる程度だった。

 途中で変わった出来事といえば、街道沿いにある人里を通過しようとした際に、そこに住んでいる夫婦が、アキラ達に

 〈魚をそのまま挟んだパン〉

を呉れたことくらいだった。

 パンに挟まれた魚は、塩漬けされた半生のもので


 (大胆な食べ物だな…)


と思いつつ頂くと、これが中々の珍味だった。


 (少しクセがあるけれど、魚を食べ慣れた、元日本人のオレには全然平気だわ。

 …でも、やっぱり魚にはパンじゃなくて米が欲しいなぁ。)


 このようにして旅を続けて、4人の衛兵達と別れ、既に8日が経った。


 ひとつ問題が起こった。


 それは、帝国本領に入るまで充分に保つ筈だった手持ちの食料が、ほぼ尽きかけている。

 理由はケルンである。

 ケルンは日々成長し、食べる量が多くなっていた。

 身体も見る見る大きくなっており、出会った頃は、ほんの子犬サイズだったが、今では中型犬くらいの大きさになっている。

 ケルン用にと、ノーラの家族から貰った干し肉は、とっくに食べ尽くしており、その他のパンやチーズ、そしてウェイデン侯爵領の衛兵達に貰った物も、ケルンに分けて与えたが、それも残り僅かである。


 (森の中で何か食べる物を探すか。)


 いつもなら日暮れ前に森や林の中に入るのだが、この日は、陽が高いうちに森の中に入った。

 森に入って直ぐの所に、小さな赤い実が成っている木があった。

 赤い実は、2つずつ連なっている。


 「ん?あれは…サクランボかな?」


 近づいてみると、果たしてサクランボだった。濃い赤色の、ダークチェリーのようだった。

 アキラは、木に登ってサクランボの実を採れるだけ採り、降りてから1つ食べてみた。

 甘味は薄かったが、逆に酸っぱくもなく、充分美味しく食べることができた。

 ケルンも果物を食べられることが判っているので、ケルンにもサクランボを分けて、一緒に食べた。

 全部たいらげては、また木に登り、採れるだけ採っては食べる。ということを何回か繰り返した。


「ふーっ。割りとお腹が膨れたけど、やっぱり物足りないね。

 ケルン、もう少し森の奥に入って他の物を探そうか?」


 森の中に小さな湖があった。


「ケルン、またお魚獲ろうか?」


「ワン!ウォン!キャン!」


 アキラとケルンは湖の中に入って魚を獲ろうとしたが、以前の、範囲の狭い小川とは違って上手くいかず、結局1匹も獲ることが出来なかった。


「お魚獲れなかったねケルン。んー、残念。

 仕方ないから、後で別の物を探そう。」


 アキラは濡れたころもを乾かすため、脱いで近くの木の枝に掛けて干した。

 夏の日差しに当たって、直ぐにでも乾くだろう。

 一糸まとわぬ姿となったアキラは、再び湖に入り、湖の水で髪を洗った。

 そういえばクライン村のノーラの家で風呂に入ってから、ろくに入浴も水浴びもしていなかった。

 ケルンは楽しそうに湖を泳ぎ回っている。


 そのアキラとケルンを少し離れた木立の中からみつめている者がいる。

 2人組の男だった。2人とも顔中ヒゲ面の人相の悪い風体だ。腰に剣を帯びている。

 2人とも下品な笑顔を浮かべながら、一糸もまとっていないアキラの姿を見つめている。

 暫くして、2人組の男達は無言でうなづき合い、その場から去って行った。


 2人組の男達が向かった先には、更に5人の男達がいた。

 いずれも、獣の皮のような物で作った衣服を身に付けた、人相の悪い男達だった。

 先の2人も合わせ、一見して〈ならず者〉のような風体である。


「女だ!若い女が、裸で湖にいた!!」


「ああ!それも、ありゃあ、エルフだぜ!

 えれえ上玉のエルフの女だったぜ!!」


 2人組の男が仲間と思われる、その5人に向かって言った。


「本当か!?

 よし!お前、直ぐにおかしらの所に知らせに行け!」


 5人の内、最も大柄の男が、最も小柄の男に言った。小柄の男は、どうやら、ホビットと呼ばれる種族の者らしい。

 よく見ると、他にも、犬のような耳や尻尾がある者や、猪のような鼻と牙がある者もいた。

 所謂いわゆる、獣人と呼ばれる者や、オークという種族の者であるらしい。

 素早く走り去ったホビットの男以外の6人は、アキラとケルンがいる湖の方へ向かって行った。


 アキラは、既に乾いたころもまとい、ケルンと共に木の陰で軽い午睡ひるねを取っていた。

 ふと、ケルンが目を覚まし、立ち上がった。その気配に気付いてアキラも目を覚ました。


「ケルン、どうかした?」


 アキラが声を掛けると、ケルンは既にうなり声を上げていた。

 アキラはケルンの様子に只ならぬものを感じ取り、クライン村でノーラの家族に貰った、杖代わりの棒を手に取った。


 アキラが杖の棒を手に取ったのと、ほぼ同時くらいに6人の男達が木立の中から出てきて姿を見せた。皆、剣は抜いていない。素手か、短い木の棒を片手に持っているだけだった。


「本当だ!本当にエルフだ!!」


「しかも、とんでもない上玉じゃねぇか!」


「ああ、ほんの小娘のように見えるが…旨そうな、たまらん体つきしていやがる!」


「へっへっへっ。見ただけで、もうってきやがったぜ!」


「まあ、でも、まずはおかしらに献上しないとな。」


「おい!傷つけるんじゃねえぞ!上手く捕まえろよ!!」


 最も大柄な男がそう合図すると、6人の男達はアキラとケルンを取り囲んだ。


「さあ、お嬢ちゃん、大人しくしていろよ!」


 正面の男が、両手でアキラにつかみかかるように迫ってきた。

 アキラは杖の棒で、その男の胴を打った。前世でつちかった剣道7段の腕前にとっては造作のないことである。


「ううぅっ!」


と、アキラに胴を打たれた男は左脇腹を押さえて、その場に膝を着いたが、アキラにとって以外だったのは、その後、苦痛に顔をゆがめながらも、直ぐに立ち上がったことだった。


 (たしかに手加減したが、それでも数十分は身動きがとれなくなる程度には力を込めた…

 …あ、そうか…この身体、腕力は見た目のまんま、普通の女の子の腕力でしかないのか。)


「ならば!」


 次にアキラの右後方から襲い掛かってきた男に振り向きざま、今度は力一杯に面を打った。

 したたかに面を打たれた男は白目をいて仰向けに倒れて動かなくなった。一発でKO出来たようだ。


 (今度は強すぎたか?いや、そんなことを気にしている場合じゃない。このくらいで死ぬことはないだろう。)


 アキラは、先程胴を打った相手の方へ向き直すと、逆胴で、今度はその男の右脇腹を力一杯打った。


「ぐぅわぁーっ!」


 なんとも苦しそうな声を上げ、その男はんどりって倒れた。口から泡を吐きながら苦悶の表情を浮かべている。しばらく立ち上がることは出来ないだろう。


「このアマーッ!」


 後ろから片手に持った棒を振り下ろしてきた男を、サッとかわし、空振りになったそいつの小手に向かってアキラは杖の棒を思いっきり振り下ろした。

「グシャッ!」という、骨の砕けたような感触がアキラの手にも伝わってきた。

 その男の面を打って倒した後、更にアキラは2人の男、獣人とオークの間をり抜けながら、胴、逆胴と打った。

 勿論もちろん2人とも一撃で倒れ、苦しみもがきながら地に這っている。


 残るは、最も大柄な男の独りとなった。


「こ…こいつめぇーっ!」


 アキラは、その大柄な男が棒を振り下ろしてくるのを、バックステップで後ろに跳んでかわし、跳んだ足が地面に着くと同時に、今度は前に跳んで、その大柄な男の左鎖骨の辺りを袈裟斬けさぎりに打った。


「があぁーっっ!」


 男が叫び声を上げ、その場に左膝を着いた。おそらく左鎖骨は折れたであろう。

 アキラは、左膝を着いて、その分背が低くなった男の前で真上に跳び上がり、そいつの脳天を目掛けて思いっきり杖の棒を振り下ろした。


「ケルン!早く逃げるんだ!!」


 6人の〈ならず者〉達を倒した後、アキラとケルンは全速力で街道目掛けて走っていた。

 街道に出て、小領主の領地のいずれかに逃げ込むつもりだった。

 森を抜け、街道に出たアキラとケルンは急に足を止めた。

 そこには、ゆうに50人を超えるであろう、一見して〈ならず者〉の集団が待ち構えていたのである。


         第13話(終)


※エルデカ捜査メモ⑬


 小領主領地群には、下級騎士である準騎士や、帝国貴族の中で最も下位に位置する勲士などの領地が、およそ200ほどある。

 そのいずれも兵力は数名から数十名程度であり、たとえば、50名程度のならず者集団に対しても対応が難しい。

 更に、小領主領といっても、それぞれが独立した〈国家〉であるため、どこかで悪事を働いても、地領に行ってしまえば力が及ばない。

 時折、帝国政府が治安維持のための部隊を派遣するが、常時ではないため、悪党どもは、その隙をついて来る。

 以上が、小領主領地群があまり治安の良くない理由で、帝国政府としては、その解決を模索中である。

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