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第11話 『ウェイデン侯爵領の衛兵①』

 アキラとケルンは、クライン村から北へ伸びる道を真っ直ぐ進んでいた。

 アキラは歩きながらクライン村での村長むらおさ殺害犯であるアールトのことを思い出していた。


 (しかしアールトのヤツ、あんだけのやり取りで、何もかも全部自供したな…

 犯行のことだけじゃなくて、本来言いづらい、好きだったに関わることや、母親の病気のこととかも…

 オレって悪いヤツ捕まえるのは得意だったけど、職務質問や取調べで自供させるの、不得意だったんだよなぁ…

 37年間の警察人生において、もっと職質や調べのスキルがあれば良かったのになぁ…

 そう言えば、ノーラやその家族も、こちらからろくに聞いてもいないのに、男爵の圧政や村長むらおさの暴虐について話してくれたっけ。

 この世界の人々は、すごく素直なのかな?)


と、アキラは、この時にはまだ自分に隠されている能力に気が付いていなかった。


 北へ向かって歩いている道の東西は、ずっと森が続いている。


 (森が多い土地だな…)


と思って歩き続けていると、日が傾いてきた頃、森が途切れ、左右の景色は草原となった。

 そこから道幅がどんどん広くなっていった。

 それまでは、やっと人が2人並んで歩けるくらいの道幅だったが、今はゆうに7~8人ほどが横並びで歩けそうなくらいに広い。

 アキラは頭の中で、道を7人ほどの人間で横並びに歩いている様子を想像して


 (Gメン’75かいな!)


などと、下らない脳内ひとり突っ込みをしていた。

 この異世界に来たばかりの時とは違い、随分と余裕が出てきたものだ。


 その広い道を更に進んでいくと、数人の、手に長槍を持った、全身鎧姿だがかぶとかぶっていない騎馬の男達が道をふさぐようにしているのが見えてきた。


 (ん…?、あっ!あれがノーラの家族が言っていた、街道を見回っている兵士達か。

 ということは、ウェイデン侯爵領とやらに入ったのかな?)


 アキラはそのまま道を進んで、その兵士達にに近づいていった。

 兵士は4人で、みんな若者だった。

 近づくにつれて、兵士達の声が聞こえてきた。


「本当に来たぞ!本当にエルフの娘だ。」


「えっ!?あれがエルフか…初めて見る…」


「ああ、それに聞いていたとおり、ケルベロスの子を連れているぞ。」


「うわっ!可愛い…❤️」


 アキラが4人の兵士達に


「こんにちは、お勤めご苦労様です。」


挨拶あいさつし、呆気あっけに取られている4人の兵士の間を通り過ぎて、そのまま街道を進もうとしたところ、若い4人の兵士の中で一番年長らしい赤毛の兵士が


「待たれよ、そこな美女。」


と、声を掛けてきた。


しかしアキラは


 (このまま進んで、どうしようかな…?

 街があれば、今夜は宿屋に泊まろうかな…?

 いや、頂いた大切なお金を無駄遣いしたくないし…)


などと考え事をしていたため、その赤毛の兵士の呼び掛けに気が付かなかった。


 赤毛の兵士は更に


「待たれよ、そこな美女!

 そこな美女!!」


と呼び掛けてみたが、これにもアキラは気付かずに先に進んでいくため、その赤毛の兵士は少し考え


「待たれよ!!そこな、絶世の美女!!!」


と大声で叫んだ。


「え?あ…はい、私?」


 その呼び掛けの声が大声であったため、考え事をしていたアキラにも気が付くことが出来たのだが、その様子を見ていた、赤毛の他の3人の兵士が


「うわ…単に美女って呼んだだけじゃ振り返らなかったのに、絶世の美女って呼んだら振り返ったよ…」


「いや、そら確かにメチャクチャ可愛いけどさぁ…」


「ちょっと、引くわー…」


と、それぞれ言った。


 アキラは我に返って


「いや、いや、いや、考え事をしていたので、気が付かなかったんです!」


と、慌てて言い訳をした。顔が真っ赤になっている。


 (とんでもない自意識過剰な勘違い女と思われただろうか?)


 そのやり取りを苦笑いしながら見ていた赤毛の兵士が冷静さを取り戻し、アキラの前に出て槍の柄で行く手をふさぐようにして


「待たれよ。このまま我らが領内に立ち入ること、まからぬ。」


と言ってきた。


「え…?私、帝都に行きたくて、帝都へ行くにはウェイデン侯爵様の御領地を通り抜けるのが、一番安全で近道だと聞いてきたんですけど…。」


「いかにも。これより先が、我が主、ウェイデン侯爵家の領内となる。」


「この街道は天下の往来のはず、何故通ってはいけないのですか?」


「コロネル男爵から我らが主に申し出があったのだ。

 エルフの娘が来たならば、領内を通行させないで欲しいと。

 我らには理由が判らぬが、貴女あなた、思い当たるふしはおありか?」


 (あ…あのクソ野郎の差し金か…)


「確かに…思い当たるふしが、ある…と言えば、あります…。

 しかし、何故侯爵様がコロネル男爵の申し出を?」


「コロネル男爵は侯爵様の寄騎よりき、即ち、我らが主ウェイデン侯はコロネル男爵の上司に当たる。なので申し出を聞き入れられたのだろう。」


「コロネル男爵は領民に圧政を敷いているんです。凄く重い税を課したり。

 それで男爵と言い合いになってしまって…」


「何?男爵が圧政?そんなの初めて聞くぞ。

 証拠もなく、そのようなことを申されるのはよした方が良いぞ。貴族に対する誹謗ひぼうは重罪ゆえ。」


 (はあ、証拠ねぇ…確かに証拠らしいものを今は持ってないけど…)


かく貴女あなたはウェイデン侯爵領に入ることは出来ない!帝都には、他の道を通られるように。」


「でも私、他の行き方は聞いていません。」


此処ここに至る少し前に西の方角へ伸びる細い道があっただろう?あの道を進めば、遠回りにはなるが、帝都へ行くことが出来る。」


「おい、ちょっと待てよ!もうすぐ日も暮れるのに、あの道を女の子一人で…」


 最初にアキラを見て「可愛い…❤️」と言った亜麻色の髪の兵士が言った。


「その道を進むと何かあるのですか?」


とアキラは、その亜麻色の髪の兵士に質問した。


「その道を進んだ先は、騎士様や準騎士様などの小領主の領地が固まっている地域でね、我らがウェイデン侯爵領ほど安全ではないんだ。

 あ、いや、それぞれの領主様が気を配っておられるが、それぞれの兵の数も少ないし…日中はともかく、夜はやめた方がいい。」


 (なるほど、江戸時代の小旗本や御家人領の密集した地域の街道筋は治安が悪かったっていうのと同じか。)


「せめて明日の朝まで便宜を図ってあげようよ。」


と、その亜麻色の髪の兵士が赤毛の兵士に向かって言った。


「そうだ!」

「そうだ!そうだ!」


 残る二人の兵士も、そう言って亜麻色の髪の兵士に賛同した。

 この二人の兵士は共に金髪で、顔もよく似ている。


「見張りの塔で休ませてあげようよ。」


 亜麻色の髪の兵士が赤毛の兵士に向かってそう言った。


 (うーん、これは、やっぱり今のオレが可愛い女の子の姿だから親切にしてくれるのだろうな…元のオッサンだったら、単に追い返されて終わりだったろうな…)


「わ、判った。特別だぞ。」


 赤毛の兵士が他の3人に押しきられる形で了承し


「ここから少し進んだ所に、領境りょうざかいを見張る塔がある。休憩する小屋もあるから、そこへ案内する。」


と、アキラに向かって言った。


 他の3人が無言ながらも、両腕を上げたり、笑顔を浮かべたりして喜色を表している。


 亜麻色の兵士が馬から降りてアキラに近づいてきた。


「俺、ニールスっていうんだ。この先のグレンスって街の衛兵さ!」


「あ!ニールス、ズルい!」

「そうだ!ズルい!」


 金髪の2人も慌てて馬から降りてアキラの方へ駆け寄ってきた。


「俺はレフィ!」

「俺、レクス!」

「俺達二人は兄弟なんだ!」

「俺達兄弟も、そのマティアスも、同じくグレンスの衛兵さ!」


と、いまだ馬上の赤毛の髪の兵士を指差した。


「では、案内つかまつろう。」


と、赤毛のマティアスが言うも、他の3人はアキラを取り囲んだまま動かない。

 皆、アキラに向かって色々と話しかけ、アキラは困った顔をしていた。


 (これって、普通にナンパされてない?オレ…)


         第11話(終)




※エルデカ捜査メモ⑪


 ウェイデン侯爵領は帝国貴族の所領の中で最も広大な版図はんとを誇る。

 実りの豊かな土地柄で、また牧畜も盛んで、その農産物はいずれも高品質なものであり、他の産地のものよりも、かなり高値で取引きされている。

 そのため、多くを税として徴収せずとも、領主側は高い収入を得られるため、税率も他の地域より低めに設定されている。



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