一通りのお仕事も終え、ほんの少し手が空いた俺は、キッチンに
「う~ん? 病人と言えば『おかゆ』なんだろうけど、作り方が分かんねぇんだよなぁ」
なにぶん看病をしたことも、されたこともないため、『おかゆ』なんていう高等料理を作った事が無い。
しょうがないので
これなら作り慣れているし、なにより『おかゆ』っぽいからマリアお嬢様でも何とか食べられるだろう、うん。
俺はパッパと鍋に昆布をぶちこみダシをとりながら、雑炊の準備に取り掛かった。
数十分後、いつも通りの我が家の雑炊が完成し、ソレを台車の上に乗せて、
「ロミオ、行っきまぁ~すっ!」
と1人機動戦士ごっこをしながら台車を押してマリアお嬢様が眠っているであろうお部屋へと突貫するナイスガイ、俺。
控えめに3回ノックし、ゆっくりと部屋の中を確認するように扉をあける。
「失礼しまぁ~す。お加減はどうですかマリア様――って、寝てる……」
ベッドの上で横になるマリアお嬢様のもとまで足音なく近づくと、そこには苦しげな表情で寝息を立てているマリア様の姿があった。
う~ん、ちょっと寝苦しそうだなぁ。
「あっ、そう言えば念の為に濡れタオルを持って来てたんだった」
確かラブコメの幼馴染みヒロインが主人公を甲斐甲斐しく看病しているとき、額に濡れタオルを置いていたのを思い出して一応持ってきたんだが、どうやら役に立ちそうだ。
俺は寝苦しそうにしているマリア様の額に濡れタオルをポンッ! と置いて見せた。
「これでよしっ! と。あとは……起こすのも忍びないし、今はゆっくり寝かせてあげようか」
とりあえずこの雑炊は俺のお昼ごはんとして処理するとして、午後からどうすっかなぁ。
と今後の方針について頭を悩ませながら、マリアお嬢様が眠っていらっしゃるベッドから離れ、
――クイッ。
「おっとぉ?」
ベッドから離れようとしたその際、何者かによって俺の執事服の裾が引っ張られた。
いやまぁ、このタイミングで裾を引っ張る人間なんて1人しか居ないんだけどね。
俺は再びベッドの近くに腰を下ろしながら、苦しげに
「申し訳ありませんマリア様。起こしてしまわれましたか?」
「……行かないで」
「はい?」
「行っちゃヤダ……」
俺の裾を引っ張るマリアお嬢様はうわ言のように何度も何度も「行かないで」「行っちゃヤダ」と繰り返す。
一瞬起きたのかと思ったが……違う。
どうやら寝惚けているらしい。
マリア様は焦点の合っていない瞳を俺の方に向けながら、
「おねがい……1人にしないで? 一緒に居て……一緒に寝て?」
「えっ? ……えっ!? い、一緒に寝て!? そ、そそ、それはつまりっ!?」
抱けというコトか!?
そうなんですか?
そうなんですね!?(確信)
おいおいっ!?
マリアお嬢様ったら、俺よりも大人の階段を上る気マンマンやでぇっ!
ホップ♪ ステップ♪ どころかジャンプッ! で一気に上る気やでぇ、この
どうする!?
イクか!?
いやしかし、圧倒的に経験がない今の俺に女を持て余したマリアお嬢様を満足させるコトが出来るのか!?
クソゥっ! こんなことなら毎晩ピロートークの練習でもしておくんだった!
悔やんだ所でもう遅い。
コレ以上待たせることはマリアお嬢様に恥をかかせるのと同義だ。
その証拠に答えに詰まった俺を見て、マリア様がせっつくようにその愛らしい唇を動かしてみせた。
「1人はヤダよぉ。おねがい……お姉ちゃん」
「――って、お姉ちゃんかいぃぃぃっ!?」
どうやら今のマリアお嬢様には俺がジュリエット様に見えているらしい。
……何か気が抜けたわ。
「熱で変な夢でも見てんのかな?」
「1人にしないで、一緒に居て……お姉ちゃん」
「…………」
気がつくと俺は、執事服の裾を握りしめていた彼女の柔らかい手をそっと包み込むように両手で
俺にしているコトに意味なんて無いかもしれない。
それでも、この優しい女の子が少しでも安心して眠れるように。
ほんの少しでも幸せな夢に
そんな小さな祈りと共に、俺はマリア様に向かって囁くように言葉を
「大丈夫だよマリア。お姉ちゃんはココに居るから」
「ほ、ほんとに? ずっと一緒に居てくれる? マリアを1人にしない……?」
「もちろん。可愛い妹を1人になんかさせないわ。ずっと、ずぅぅぅぅっっっと! 一緒に居るわよ」
「お母さんは?」
「お、お母さん? お、お母さんはねぇ、え~と……」
おいおい、なんて要望の多いお姫様なんだ。
と内心ちょっと慌てながら、急いで喉の調子を整え、
「お母さんよぉ~(裏声)。すぐ傍に居るわよぉ~(裏声)」
自分でやっておいてアレだが……こんなオフクロは嫌だ。
というかオフクロじゃないもん、コレ。
二丁目あたりでチョメチョメしてる人の声だもん。
さすがに1人2役は無理があったか!? とマリアお嬢様の顔色を窺うが……どうやらアレでよかったらしく、彼女は目に見えて表情を緩めながら「お母さんだぁ……」と嬉しそうに呟いた。
えっ? ほんとにアレでいいの、ママン?
モンタギュー家のご当主様の性格がすごく気になる所だ。
「みんな一緒に居てくれる? マリアを1人にしない?」
「もちろん。お姉ちゃんもお母さんもマリアを置いてどこにも行かないわよ」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
それっきりマリア様は力を失ったように何も喋らなくなった。
その代わり、俺の耳には彼女の規則正しい寝息の音と、穏やかな寝顔だけが映し出されている。
どうやら上手くいったらしい。
俺は「ホッ」と胸を撫で下ろしながらマリアお嬢様の手を優しく握り続ける。
「それにしても……モンタギュー家の母親って、オネェ系なのかな?」
というか、本当にその人は『お母さん』なのだろうか?
『お母さん』じゃなくて『オカマさん』だったりしない?
「まぁいいや。それじゃ俺は自分の仕事に戻って……」
と、やんわりマリアお嬢様の手を
「えへへ……お姉ちゃんの手、温かくて、大きいね?」
「…………」
最初に部屋に入って来たときとは打って変わって、すごくリラックスした表情で寝息を立てるマリアお嬢様。
本当に気持ち良さそうに眠っていらっしゃる。
これが俺と手を繋いでいるからだとしたら……。
「……離すわけにはいかないよなぁ」
俺は再び彼女の手をぎゅっ! と握りしめながら、小さな苦笑を浮かべるのであった。