「――マリアお嬢様、こちらダージリンになります」
「う、うむ。あっ、いや待て! わ、妾が直々に取りに行く! だからソレを置いてキサマは3歩……10歩離れよ! いいな!?」
マリアお嬢様との未知との遭遇を経た20分後の桜屋敷内にいて。
取り乱すマリア様を必死に
マリア様はそんな俺を確認するや否や、キッ! とキツく俺を睨みつつ、生まれたての小鹿のようにプルプル震えながらゆっくりと席を立った。
「う、動くんじゃないぞい! 動くんじゃないぞい!?」
と全力で念を押しながら、腰が引けた状態でジリジリと紅茶の方へと移動していく彼女。
どういうワケがマリア様は俺と距離を取りたがっているように見える。
まぁ気持ちは分からなくもない。
なんせ玄関を開けたら姉のパンツを頭に被ったナイスガイが、ハイテンションでズボンとパンツをズリ下ろしているという素敵な光景を目撃したばかりなのだから。
しかも頭に被っている姉のパンツは王冠スタイルではなく、まさかの変態仮面スタイルである。
思わず錯乱するマリアお嬢様に「ほぅら、これが私の『おいなりさん』だ!」と言ってセクハラのジャイロボールをブッこむ所だったわ。
「よ、よしっ! そのまま、そのままじゃぞ!?」
ようやく紅茶の置いてある場所へと到達したマリア様は、紅茶片手にゆっくりと自分の席へと戻って行く。……何故かまっすぐ俺を見つめて。
もしかしたら惚れられたかもしれない。
「マリア様」
「ッ!? だ、誰か動いていいと言った!?」
まるで度し難い変態と遭遇した時のように、マリア様が悲鳴にも似た声音を漏らす。
ちなみに今現在、この応接室には俺とマリア様しか居ない。
彼女の護衛兼使用人たちはこの扉の外で静かに待機している。
そして基本的に桜屋敷は全部屋防音であり、つまりココでいくら叫ぼうが泣こうが外の使用人たちには一切聞こえないというワケで……。
い、いやいや?
もちろん何もしないよ?
紳士の俺がそんな下劣で助平なことをするワケがないだろう? ハハッ!
思わず千葉の埋め立て地に存在するという夢の治外法権の国に住むマスコットキャラクターのような声が漏れそうになる俺よりも先に、マリア様が酷くビクビクした様子で口を開いた。
「わ、妾が『よしっ!』と言うまで動くでないぞ!? 絶対じゃぞ!?」
瞳を潤ませ、これでもかと強気の態度に出ているクセに、腰は完全に引けているマリアお嬢様。
その姿と言動は男の
おいおい、マジかこの
天然でここまで『イジメてください!』オーラを出せるだなんて……将来はどんな偉人になるというのだろうか?
「ふぅ~……よしっ。もう動いても良いぞい。た、ただしっ! 妾の許可なく半径3メートル以内には絶対に入るでないぞ! 絶対じゃぞ!? ――って、なんでそんな凄い勢いで近づいて来るんじゃ!?」
「いえっ、『近づいて来い』って言う前フリかと思いまして」
「フッとらん! そんな前フリなんぞフッとらんわ! ヒィッ!?」
光の速さでマリア様に近づいた途端、顔を引きつらせて半泣き状態になる彼女。
俺がイケメン過ぎて驚いたのだろうか?
ゴメンね、イケメンで?
「大丈夫ですかマリア様? 汗が酷いようですが? よろしければコチラのハンカチをお使いください」
「だ、誰のせいじゃと思っとるんじゃ……って!?」
マリア様はビクビクした様子で俺がポケットから出した真っ白なハンカチを受け取って――
「コレ女物のショーツじゃないかえっ!?」
と絶叫して我が後輩の純白のパンツを机へと叩きつけた。
「も、申し訳ありませんマリア様。どうやらハンカチと女性用下着を間違えてしまったようです」
「いやどうすれば
「自分、ドジッ
いそいそとプチデビル後輩のパンツを回収しながら、今度こそハンカチをマリア様に手渡すべく、反対側のポケットに手を突っ込んだ。
「どうぞマリア様。コチラ、ハンカチになります」
「うむ」
尊大な態度でピンクの色のハンカチを受け取るマリア様。
そのまま俺から受け取ったハンカチをピラッ! と引き伸ばす。
そしてマリア様の目の前に現れるのは、ピンク色のレースの刺繍がなんとも愛らしい、魅惑の三角形のハンカチだった。
「ってぇ!? コッチもショーツじゃろがい!?」
そう言って俺から受け取った実の姉のパンツ(桃色)を再び机へと叩きつけるマリア様。
メンコばりにパッシーンッ! と勢いよく叩きつけるその姿は、俺にニュージェネレーションの到来を予感させた。
「なんでポケットの中に女物のショーツを忍ばせておるキサマ!? 変態か!?」
「申し訳ありませんマリア様。どうやらポケットを叩くと下着が増えるようで……」
「ふしぎなポケットか!?」
ビスケットの代わりに出て来たパンツを拾い上げ、いや
さすがは女の子と言うべきか。
その絶妙な摘まみ具合にロミオ思わず脱帽です。
「まったく! ポケットからパンツを取り出す奇行といい、女子校生の着替えを覗くバイタリティといい……イイ御身分じゃのぅ。この犯罪者予備軍め」
「お褒め頂きありがとうございます」
「褒めとらんっ!」
「ところでマリア様、本日はどのような用件で? 申し訳ありませんが、ジュリエット様も白雪様も現在留守にしておりますが?」
「お、おぉぅ……。急に真面目な話を振るでないわ。テンションの高低差に風邪を引いてしまうじゃろうが」
何故かジトッ……とした瞳で俺を睨みつけるマリア様。
彼女はすっかり冷えて生温かくなったダージリンを口に含み、舌を湿らせると、「ふぅ……」と落ち着いたように吐息を溢した。
どうでもいいけど、女の子が紅茶を飲む姿って妙にエロいよね。
思わず「俺特製のホットミルクはいかがですか?」とナイスガイな俺様らしくもなくズボンのチャックを下ろしそうになる所だったわ。
もちろんそんなことはしないけどね。
……今はまだ、ね?
「姉上が居らぬことは存じておるわ。今日から6日間の『海外演習』で桜屋敷を離れておるのであろう?」
「ご存じでしたか」
「当然じゃ」
そう言って再びダージリンを口に含むマリア様。
あれ?
なら何で彼女はココにやってきたんだ?
と、心の中で首を捻る俺を見透かしたように、マリア様はまっすぐ俺を見上げながらこう言った。
「今日はキサマに用があったんじゃ」
「自分にですか?」
はて? 彼女に呼び出される用事なんてあったっけなぁ?
ますます心の中で首を捻る俺に、マリア様はスッ! と目を細めながら、その薔薇の花びらのような唇を邪悪に歪ませ、
「うむ、とてもとても大切な用件じゃ。聞いてくれるかえ? 『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオン――もとい『安堂ロミオ』殿?」
瞬間、俺の世界から音が消失した。