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第11話 ぽんこつアンドロイドは海外旅行の夢を見るか?

 突然だが、旅行というモノは常に危険と隣合わせである。


 例えば俺の中学時代の修学旅行なんかがいい例だろう。


 そうアレは中学3年生の6月、俺たちは『試される』大地――北海道で文字通り男の……いや己の存在価値を『試される』コトになった。


 アレは修学旅行2日目、山の上からイカダで川下りをする際に起きた出来事だ。


 体育の班決めもそうなのだが、俺たちが通っていた中学校は生徒同士が好きな相手と適当に班を組むフリースタイルが基本だったのだが、そのイベントの時だけは違った。


『川下り』という内容上、どうしても体力のある運動部、もしくは脳筋共を分散させる必要があったらしく、勝手に班が決められていた。


 まぁ確かに、俺や金次狼あたりが組んだ体力特化型チームと女子だけの仲良しこよし班では、イカダを漕ぐ速度に雲泥の差が出るであろうことは明白。妥当の判断と言わざるを得ないだろう。


 そして当日、バスで山の上まで登り、班ごとにイカダに乗って「さぁ、出発だ!」と川を下りだすのだが……まぁ誰しものが予想した通り、我が従兄弟、大神金次狼が川へ転落。


 そこから神々が振ったサイコロを無視して、事態は急速に悲劇へと加速していった。


 こういうイベントごとに関しては、まず真っ先に何かをやらかすのは金次狼の持ちネタというか、まぁ恒例行事みたいなモノなので、別に奴が転落した程度では誰も気にはめなかった。


『あぁ、いつものことか』と生温かい目で見守るクラスメイトたち。


 だがここで予想外の誤算が俺たちを襲った。




 そう、金次狼は泳げないのだ。




 陸上では現代に蘇ったスパイダーマンのごとく立体起動を決める我が従兄弟だが、水中では初めて『おッパブ』に来店したはいいが緊張のあまり結局お姉さんとお喋りしただけで何も出来ずにズコズコと帰って行く幼気いたいけなチェリーボーイのように何も出来ない。


 結果、救命胴衣を着けているおかげで溺れはしないが、イカダに戻れないという状況におちいってしまったのだ。


 そしてそんな金次狼に追い打ちをかけるかの如く、北海道が牙を剥く!


 もうね、川の温度がすっっっっっごい冷たいの!


 夏直前だというのに、キンキンに冷えたビール並みに冷たいのね、コレ。


『今宵試されるのはおまえの方だ!』と言わんばかりに金次狼の気力、体力、体温をガンガン奪っていく有様なのね。


 おかげで何とか班員が金次狼のもとまでイカダを寄せるが、ソレに乗り込むだけエネルギーは奴の中にはもう無い。


 かと言って、今回の班員は俺や運動部のパワータイプの男子ではなく、「えぇ~、お箸より重いモノは持てな~い♪」と素で言い放ちかねない女の子や、This・is・インドア派の男子ばかりであったため、金次狼を引き上げられるエネルギーを持った奴が誰も居ない。


 それでも一応助けようと班員達は金次狼の方へと手を伸ばすのだが……みな次々に川へ転落していく始末だった。


 傍から見ているとカッパが次々と愚かなる人類を川に引きずり込もうとしているように見えて、最高に夏の風物詩を感じることが出来て思わずほっこり♪ してしまいそうになるのだが……女の子まで転落し始めるとなると話は変わってくる。


 なんせ金次狼の班には我らが幼馴染みにして、女の子たちの憧れのマドンナ、男装の麗人れいじんこと司馬青子ちゃんが居たのだ。


 青子ちゃんが金次狼によって川へと転落したその瞬間、クラスメイトの女の子たちの目の色が変わった。


 そこから先はもう、悲劇でも喜劇でもなく、女の女による女のための勝負である。


 青子ちゃんを助けるために、複数のイカダが猛烈なデッドヒートを繰り広げ始めたのだ!


「ちょっ!? 待て待て!?」と班員の男たちが何を言おうが女の子たちは「うるせぇ!」の一言で黙殺もくさつし、野郎共の肉体をこれでもかと酷使させ、イカダの速度を上げ青子ちゃんを一目散に追いかける。


 高速移動するイカダが一瞬で一か所に集まり、結果浮いている青子ちゃんを逆にき殺しそうになっていた。


 が、残念ながら目先の欲望に我を忘れた女の子たちはそのことに一切気づくことはなかった。


 当時の彼女たちに『本末転倒』という四文字熟語は難し過ぎたのだ。


 最終的にイカダとイカダをくっつけ白兵戦に持ち込む班や、班員同士で同盟を組み挟撃きょうげきに乗り出す班が出始め、イカダは大破。


 気がつくとほとんどのクラスメイトが川に落ちて流されていた。


 楽しいハズの川下りイベントは、蓋を開けてみれば血で血を洗う艦隊戦へと移行していた。


「助けてロミオ! ベストフレンド!?」と叫ぶ金次狼。


 だが残念ながら俺も班員の暴走により川に投げ出されていて、「この状況で俺に助けを求めるか普通!?」と思わず怒鳴ってしまったのはイイ思い出だ。


 ちなみに青子ちゃんは1人さっさと泳いで半泣きの金次狼を回収し、自力で川辺まで移動。そのまま奴と一緒にスタスタと2人歩いて山を下りて行った。


 とまぁ、このように旅行とは危険でいっぱいなのである。


 だから――




「海外への旅行は危険です、お嬢様」

「大丈夫だってロミオ。おまえは心配しすぎだ」




 いかに旅行が危険かを身を持って知っている俺は、必死にイギリスに行かないようにお嬢様を説得していた。


 ちなみに現在の時刻は午後9時少し前。


 学校から帰宅し、夕食をたいらげたジュリエットお嬢様のお部屋でソファに腰を下ろし苦笑を浮かべる彼女に俺は必死になって説得をこころみていた。




「大丈夫ですよセンパ――ロミオさん。たかが6日程度の旅行ですし、真白も一緒に着いて行きますから、問題ないですって」




 そう言ってほがらかな笑みを浮かべるのは、何故かジュリエット様の部屋に入り浸っている我が後輩、白雪真白たん。


 ジュリエット様の「おまえは出て行け!」というオーラを鮮やかに受け流し、彼女と対面するようにソファに腰を下ろす姿はもはや令和のドン・ファンと言っても差しつかえない威厳に満ち満ちていた。




「いえいえ、白雪様は海外を甘く見過ぎです。いいですか? 海外はいつどこで武装テロリストに遭遇するか分からないんですよ? なんせそこら中でスーツケースサイズの核爆弾を巡ってのバトルが日常茶飯事なんですからね?」

「どこの映画の話ですか、ソレ……?」

「だからロミオは心配し過ぎだ。ボクとしては不本意だが、ちゃんとボディーガードも一緒に着いてくる」

「お嬢様のボディーガードでしたら自分がやります!」

「気持ちは嬉しいが、ソレは無理だ」

「何故です!?」

「それもさっき話しただろう? ロミオは最新鋭のアンドロイドだから航空輸送が出来ないんだ。だからお留守番だ」




 そう言って「すまんな」と苦笑をこぼすお嬢様。


 そうっ、俺は最新鋭のアンドロイドという肩書のせいで日本国内から出るに出られない状況におちいっていたのだ!


 おかげで危険な海外にお嬢様を1人指を咥えながら見送るハメに……そんなこと断じて許さん!




「か、考えを改めてくださいお嬢様! 海外は本当に危険なんですよ!? 白雪様もそう思いますよね!?」

「全然?」

「ほらっ! 白雪様もこう言っていることですし!」

「いや、完璧に否定しただろ……」




 呆れた瞳を俺に向けながら肩をすくめるお嬢様。




「だから大丈夫ですってロミオさん。学校側も万全の準備を払ってくれるって言っていますし、ドーンと安心して留守番していればいいいと思いますよ?」

「……わかりました。ならっ! 海外に行く際は『もんぺ』とか『ジャージ』とか残念な格好をして行ってくださいね!?」

「……普通に嫌だ」

「そ、そんなっ!? 海外なんてどこに奴隷商人が潜んでいるか分からないんですよ!? お嬢様のような愛らしいお方なんて格好の餌食なんですよ!? もっと自分の愛らしさを自覚してください!」

「うっ!? ろ、ロミオ? そ、そういうコトは2人っきりになった時に言え……分かったな?」




 ポッ! と頬を赤らめながらそっぽを向いてしまうジュリエット様。


 えぇいっ! 頬を赤らめている場合じゃない!


 ちゃんと俺の話を聞いてください!




「というかロミオさんは海外にどんなイメージを持っているんですか?」

「何を他人事のように言っているんですか? 白雪様もですよ?」




 へっ? ときょを突かれたような顔を浮かべる我が後輩に、俺はいかに海外、いや海外の野郎共が危険な存在かを力説してやった。




「いいですか? 海外の男は基本的にケダモノ、ヤリチンクソ野郎しか居ませんからね? 相手が『おっ? イイ女!』と思ったらもう何をしてくるか分からない飢えた野獣なんですよ?  あぁ……自分には見えます。信じて送り出したお嬢様たちからビデオレターが届く光景が!」

「妄想がたくまし過ぎる……」

「お、落ち着けロミオ……ちょっとAIがバグっているのか? 今度安堂主任にメンテをしてもらわなければな」




 危機意識が低いのか、そんな呑気なことを口にする2人。


 んもうっ! 海外を甘く見ちゃいけませんっ! 


 軽い気持ちで旅行に行ったら一国のお姫様と一緒に世界の命運をけた戦いを繰り広げたりとか、乗っていた飛行機がエンジントラブルで墜落……かと思いきや何故か異世界に転移していたりとか、漫画ではよく見る話だからきっと海外では日常茶飯事なハズ!


 さすがは俺、物知りだなぁ! 




「ふむ、だがロミオを不安にさせたままイギリスには行きたくないし……よし。ならロミオ、命令だ」

「はい? 命令……ですか?」




 何かを思案していた様子のジュリエット様が、おもむろに人差し指をピンッ! と真っ直ぐ突き立てながら、柔らかい口調でこう言ってきた。




「ボクが留守にする6日間、ボクの代わりにこの桜屋敷を守ってくれ。……ロミオなら出来るだろう?」

「うっ!? ぐぅ……」




 信頼という首輪を使い、合法的に俺を黙らせにくるジュリエット様。


 むぅ……そんな目でお願いされたら断るワケにはいかないじゃないか。


 俺は小さくうめきながら、しぶしぶ彼女の命令に小さく頷いた。




「……かしこまりました、お嬢様。この不肖ふしょうロミオゲリオン、お嬢様が居ない間、この桜屋敷を守ってみせましょう」

「あぁ、期待している」

「さて、話も纏まったことですし、ジュリエットさん? 真白に去年の海外演習について詳しく教えてください」




「いいだろう」と話はここで終わりだ! と言わんばかりに俺から意識をプチデビル後輩の方へと切り替えるジュリエット様。


 そんな彼女を横目に、俺はひっそりと覚悟を決めた。


 もう旅行に行かれるのはしょうがない、そこは諦めた。


 はなはだ不本意だが、学校側のセキュリティを信じるしかない。


 そうだ、今の俺に出来るのは旅行から帰って来たお嬢様を温かくお迎えすることだけだ。


 お嬢様の今の生活を守るのも『恋人役』としての俺の責務だ!


 よし、やるぞ!


 やる気バリバリ!


 と気持ちを切り替え、不安を無理やり押しつぶす俺だったが……このときの俺は知らなかったのだ。




 本当に危険なのは桜屋敷に取り残される俺の方だということに。




 ……そう、もうすでになんちゃって悪役令嬢が虎視眈々こしたんたんと俺に復讐する機会を窺っていることに。


 そんなことにも気づかないまま、俺は場違いの心配をお嬢様たちに抱き続けるのであった。

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