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第4話 ぽんこつアンドロイドは仁義なき女の戦いの夢を見るか? ~第2ラウンド編~

 ジュリエット様は持っていた枕をポトリッ! と床に落としながら、その大きく見開かれた瞳で俺に覆いかぶさっているプチデビル後輩を捉えた。


 なんだろう、すごいデジャブ。


 なんてコトを考えていられたのは、ほんの一瞬だけ。


 ジュリエット様は俺たちの状況を理解するやいなや、


 ――ブゥンッ!


 と瞳のハイライトを消し、




「――ロミオにナニをしている、白雪の姫よ?」




 氷のように冷たい無機質な声音を愛しの後輩にぶつけていた。


 こ、こえぇぇぇっ!?


 な、ナニあのお嬢様!? 


 超怖こえぇんですけど!?


 なんかいつもの冷たい雰囲気じゃなくて、おどろおどろしい執念というか、ドロドロしたモノを感じるんですけど!?


 な、なんだあのお嬢様!?


 あんなお嬢様初めて見るぞ!?


 一瞬で空間が歪み、今から闇のゲームでも始まるのかと思うくらい空気が重いっ! 息が出来ないっ!


 い、今のお嬢様と真正面からヤリ合える奴なんて、もうファラオさん家のアテムくん以外居ない――




「あらジュリエットさん? こんな夜分にアンドロイドとは言え男性の部屋にやってくるだなんて、はしたないですね。どうしたんですか?」




 ――居た。


 居たよ……しかもごくごく身近に。


 我が後輩、ましろんが百獣の王を背後に特殊召喚しながらニッコリ♪ とジュリエット様の覇気を受け流す。


 その瞳は『はやくどっか行け小娘』と雄弁に語っていた。


 ところでセンパイね、気になったんだけどね? どうやってライオンを召喚したの? スタ●ド使いなの?


 というツッコミはもちろん小市民である俺には出来るハズもないけどね☆




「『はしたない』のは白雪の姫、キサマの方ではないか? 分かっておるのか? ロミオはボクの恋人なんだぞ?」

「でもニセモノの恋人ですよね?」

「そ、それは……そうだが」

「ですよねっ! あぁ~、よかったぁ! ジュリエットさんがアンドロイドに発情する変態淫売いんばい娘じゃなくて! アンドロイドに恋をするなんて変態の所業ですからね!」

「い、いんばっ!? ……こほんっ。そうだな、白雪の姫の言う通りだ。アンドロイドに恋をする人間なんぞ変態と言ってもいいだろう。まぁボクは違うがっ!」




 自分はまっとうな人間だと強く主張しながら、頬をヒクヒクッ!? させるジュリエット様。


 あぁヤバい。


 アレは本気で怒っているときの兆候ちょうこうだ。


 あ、謝ってましろんっ! 


 はやく謝って!


 と心の中でお願いするのだが、我が後輩は1歩もびない、退かない、うつむかないっ!


 その男らしい姿を前に、思わずアニキと呼びたくなった。




「そんなことより白雪の姫よ、早くそこを退くんだ。ロミオが困っているだろう?」

「あらっ? そんなコトないですよねロミオさん?」

「……ピピッ。エラー、エラー。回答をお答えすることが出来ません」




 2人の覇王色が俺を襲ってきたので、慌ててロミオゲリオンのフリをしてやり過ごす。


 チキン?


 ハッ、いくらでもののしるがいいさ!


 俺は童貞を卒業するその日まで、泥水をすすってでも生きてやる!




「ハァ、これじゃらちが明かないし……立てロミオ。ボクの部屋に行くぞ」




 そうため息をこぼしながら、俺のベッドまで近づいてくるジュリエット様。


 そのまま俺に覆いかぶさっていたましろんを手で押し退け、横になっていた俺を強引に引っ張って立ち上がらせる。


 そしてましろんに一瞥いちべつもくれることなく「行くぞ」と俺の手を引いて、




 ――ぎゅっ、ぐいっ!




「……その手を離せ、白雪の姫よ」

「ジュリエットさんこそ、真白たちの時間をこうとするなんて無粋ですよ?」




 ジュリエット様に握られている手の反対側の手をましろんに力強く握られ、動けなくなる俺。


 そんなましろんをジュリエット様はいつもの……いや、いつもよりもキツイ視線で睨みつける。


 途端に2人の視線がぶつかり合い、男子中学生が自家発電エンジェル☆タイムの姿を親に見られた時のような嫌な空気が部屋に充満していく。


 や、やめて!?


 仲良くしてっ!




「もう1度言う……離せ」

「離しません」

「離せ」

「ジュリエットさんが離せば解決しますよ?」

「「…………」」




 瞬間、打ち合わせでもしていたかのように、2人同時に俺の腕を引いた。




「ふぎぃ――ッ!?」




 口に出かかった悲鳴をギリギリの所で噛み砕く。


 代わりにギリリッ! ときしむ音が部屋へと木霊した。


 空気が軋む音とか、緊張による擬音とかではなく、物理的に腕が引っ張られた結果、身体悲鳴をあげた音だった。って、いてぇっ!?


 う、腕がっ!?


 俺の腕がぁぁぁぁぁっ!?


 激痛のあまり心の中でゴロゴロと縦になったり横になったりと、文字通り縦横無尽に暴れ回るナイスガイ、ロミオ・アンドウ。


 もちろんアンドロイドである俺が悲鳴をあげるワケにはいかないので、何とかまろび出そうになる悲鳴を飲みこんではいるが……コレは洒落にならねぇぞ!?


 く、クソいてぇぇぇぇぇぇぇっ!?




「いい加減に離したらどうだ、白雪の姫よ?」

「ジュリエットさんこそ、腕がプルプルしていますよ? 離した方が楽になれるんじゃありませんか?」

「お、お2人とも落ち着いてください。落ち着いて、まずはロミオゲリオンめの話を聞いて――ッ!?」




 ミシミシとマイボディの関節が悲鳴をあげるのを尻目に、徐々に腕を引く力を強めていく2人。


 額に脂汗を浮かばせながら、なんとか2人を説得しようと試みるが、俺の声は届いていないのか、さらに腕を引く手に力を込める始末だ。


 おいおい、冗談じゃねえぞ!? 


 このまま綱引きされた暁には、俺の身体がアシュラ男爵よろしく左右に真っ二つになっちまうぞ!?


 普段の俺であれば「コラコラ、俺の身体は1つだけだぞぉ~☆ もう順番♪ 順番♪」とランボーもビックリの夜のワンマンアーミーへとり出すの所なのだガガガガガガガガガッ!?


 だ、ダメだっ!


 痛すぎて思考が定まらないっ!?


 はやく何とかしないと! 


 腕がもげるっ! 


 いや比喩ではなくマジでっ!




「あ、アカシックレコードに接続――完了。お、お2人は『大岡裁き』を御存じでしょうか?」

「「大岡裁き……?」」




 まるで初めてのセクロスに挑む女子校生にように苦痛をこらえながら、俺の灰色の脳細胞がこの窮地を脱するべく高速回転を始める。


 そして気がつくと、キョトンとした顔を浮かべるお嬢様2人を相手に、俺の唇がピロートークでもするかの如く歌うようにかの神話の名前を口にしていた。


 そう、『愛』を知り『あい』に生きた伝説の男の物語――『大岡裁き』を!




「かつてナウなヤングにバカ受けの大岡おおおか越前えちぜん)というハードボイルドが居ました。ある日そんな彼の元にとある厄介事やっかいごとが舞い込んできたのです」

「「厄介事?」」

「はい。なんでも2人の女性が1人の子どもを取り合っているとのことで。しかもその女性2人はどちらも『自分がこの子の母親だ』と強く主張し1歩も退かず、大層周囲を困らせたようです」




 そこでみんなのアイドル大岡越前は2人の母親にこう言いました、と俺は2人に向かって言葉を重ねていく。




「『その子の腕を1本ずつ持ち、それを引っ張り合いなさい。勝った方を母親と認めよう』と」

「あぁ、なるほど」

「そういうことですね」




 俺がその言葉を口にするや否や、ジュリエット様とましろんは納得したように小さく頷いた。


 聡明な2人のことだ、これで俺が何を言いたいのか分かってくれ――




「つまりロミオは『引っ張って勝った方の言うコトを聞く』と。そういうことだな?」

「実にシンプルで分かりやすいですね。真白はその案で異論はありませんよ?」




 ――ない。


 ちょっとぉ?


 どうしてそうなるの?


 違うでしょ? ここは『ロミオが痛がっているし、こんな不毛なコトはもうやめよっか♪』って手打ちになる流れでしょ?


 なんなの?


 思考回路が脳筋なの?


 大神家なの?




「行くぞ、白雪の姫よ? 準備はいいな?」

「OKです。勝っても負けても恨みっこナシですからね、ジュリエットさん」




 そんなツッコミを脳内で繰り広げている間に、2人の俺の腕を掴む手に力が籠る。


 あっ、ヤバいッ!


 これはヤバい!?


 カンカンカンカンっ! と俺の本能が命の危険を感じ、全力で警報をあげ始める。


 気がつくと、アンドロイドという仮面を脱ぎ捨て、叫ぶように声を張り上げていた。




「ちょっと待っ――ッ!?」

「「せぇ~……のっ!」」




 ――瞬間、夜の桜屋敷に哀れなアンドロイドの悲鳴が響き渡った。

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