「――まったく、誘拐犯から雇用主を守る度胸は認めるが、本来であればあんな
「……はい、感謝しております」
「その感謝はおまえの無罪を主張してくれたモンタギューさんと白雪さんに言うんだな」
「……はい、すみませんでした」
「ハァ、もうココへ帰って来るんじゃないぞ? アンドロイドくん」
「……はい、お世話になりました」
何とも納得がいかないが、俺は
時刻はすっかりお日様もお休みする時間帯。
眩いばかりのオレンジに目に染みたせいか、目尻から涙の粒が溢れてしょうがねぇや。
俺は新しい執事服に身を包みながら、ヤベェ薬をキメているとしか思えない謎のマスコット人形片手にトボトボと警察署を後にする。
いやぁ、もう……凄いぞ?
我が恋人(仮)を鬼塚たちから取り返したと思ったら、ポリスメンに連行されるは、警察署内では完全な変態扱いをされるは、婦警の皆様方からドM大歓喜の汚物を見るような目で睨まれるは、あまつさえ誤認逮捕と判明してもロクは謝罪もなく上から説教されたあげく謎の人形の在庫処分をさせられるとは……人生って何が起こるか分からないや。
いやぁ、マッポの皆さんに囲まれて全裸のまま事情聴取が始まったときは「人生ォワターッ!」と北斗神拳伝承者のように声を張り上げたよね!
ほんとジュリエット様たちが名乗り出てくれたから何とかなったモノの、危うく前科一犯の変態になるところだった。
今ならこの溢れ出る殺意に身を任せ、警察署内のマッポ共を鬼神が如く
「ロミオくんっ!?」
「あっ、お嬢様」
今一度全裸で警察署に突貫してやろうか? と考えていた矢先、突然声をかけられる。
顔を上げると、そこには私立セイント女学院の真っ白な制服に袖を通した女の子が子犬のようにトテトテと俺の方へ駆けてくる所だった。
キラキラと幻想的に輝く金色の髪を風に靡かせ、小学生と見間違うミニマムな体型をした女の子。
その小さな身体に不釣り合いな大きな2つのメロンをゆっさゆっさ♪ させながら顔を輝かせる金色のわん
ジュリエット様は「お話したいコトがたくさんあって大変だぁ!」と言わんばかりに、架空のシッポをピコピコさせながら、捲くし立てるようにその桜の蕾のような唇を動かした。
「だ、大丈夫だったロミオくん!? 何か変なことされてない!? け、ケガは!? どこか壊れたりとかしてない!?」
お外に居るにも関わらず『わんこ』モードで接してきてくれるあたり、本当に心配をかけてしまったらしい。
「大丈夫ですよ、お嬢様。自分は壊れるどころか傷1つ付いていませんから」
「ほ、ほんとうに……?」
「本当ですよ」
「何ならお嬢様のそのロリ巨乳に誓ってもいいですよ」と滑りそうになった口を全力で噛み砕きつつ、ニコッ! と微笑みを
今にも俺の服を山賊よろしく剥ぎ取って全身くまなくチェックしそうな勢いだったジュリエット様も、俺のその態度に「わかった……」と頷き返してくれた。
理解はしたけど納得はしてない感じだな、コレ。
う~ん? そんなに心配しないでも、マジでキズ1つ付いてないんだけどなぁ……。
「さっきまで白雪さんが『センパイのデリカシーと常識と羞恥心が切り落とされた!? ただでさえ生まれた時から頭に傷を負っているのに、コレ以上バカになったらどうしよう!?』って
「いえ、そこまで心配して貰えて逆に嬉しいです。ありがとうございますお嬢様」
ただし、ましろん?
テメェはダメだ。
後で絶対にお仕置きしてやる。……あっ、性的な意味じゃないよ? ほんとだよ?
「それにしても学校の先輩とロミオを呼び間違えるだなんて、余程焦っていたんだろうね白雪さん」
「そ、そう言えばその白雪様はどこへ行かれたのですか? 先ほどから姿が見えないのですが?」
「あっ、白雪さんなら田中と一緒に近くのコンビニエンスストアで飲み物を買いに行ってるよ」
なるほど。どうやら我が後輩は天然バイブモード運転手、田中ちゃん(絶賛彼氏募集中)と一緒にコンビニへ旅立っているらしい。
彼女たちが帰ってこないと桜屋敷に帰る足が無いので、俺とジュリエット様はまた適当な雑談で時間を埋めにかかった。
「ところでお嬢様。先ほどからマリア様の姿が見当たりませんが……彼女は
俺と共に数ある修羅場を乗り越えてきたプチデビル後輩はともかく、純粋培養で育てられたっぽいマリア様には今日の出来事はあまりに刺激が強かったハズ。
トラウマになっていなければいいんだが……。
と心配する俺をよそに、何故か呆れたような溜め息をこぼすジュリエット様。
その瞳には剣呑な色さえ浮かんでいるように見えて……えっ?
なんで怒ってんの、お嬢様?
「マリアの心配ならしなくてもいいよ、ロミオくん。自業自得だから」
「???」
どういう意味だ? と首を傾げる俺に、ジュリエット様は怒り心頭と言わんばかりにプリプリしながら今回の事の顛末について教えてくれた。
マリア様が鬼塚たちを手引きしたコト。
そこで予想外のTоLOVEる……違う、トラブルが発生したコト。
結果マリア様が思い描いていたシナリオとは別のシナリオになってしまい、鬼塚たちに利用されるような形で誘拐されてしまったコト等々。
それはもう大層お怒りの口調で教えてくれましたよ、えぇ。
「まったく。ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこの事だよ。相変わらず詰めが甘い妹だよ」
「えっと……それではマリア様は今どこに?」
「モンタギュー家の本邸で反省も兼ねて軟禁されてるよ。多分1週間は拘束され続けるんじゃないかな? あっ、そうだ! ちなみにマリアを
「そうですか。それが聞けて安心しました」
少なくとも向こう数年は豚小屋行きだろう。
これで鬼塚たちの報復を気にすることは無くなったワケだ。
ようやく肩の荷が下りたせいか、一気に疲れが押し寄せてくる。
あぁ~、今日は色々あって疲れたわ。
はやく屋敷に帰って寝たい……。
なんてことを考えていると、ジュリエット様が急に俺の目の前でモジモジし始めた。
夕日のせいか、その頬には朱が差しこんでいるように見える。
その仕草と相まってとても可愛らしいのだが、何故か視線は俺の下半身をチラチラ見ている気がしてならない。
「お嬢様? どうかしましたか?」
「そ、そのね? ろ、ロミオくんって確か安堂主任の息子さんをモデルに作られているんだよね?」
「え、えぇっ。そうですが……ソレが何か?」
「い、いやね? その……ソレって『アッチ』の方もモデルにしているのかなって……」
「???」
お嬢様が何を言っているのか分からず、はて? と首を捻る。
そんな俺の様子なんぞ目に入っていないのか、俺と目を合わせることなくモニョモニョと早口で言葉を
「その、大きさというか、形というか……。お、男の子って
「お嬢様、落ち着いてください。一応ここ警察署の前なので」
大体何を言いたいのか分かったので、レフェリーストップです♪
いまだチラチラと熱い視線を我が息子に送ってくるお嬢様。
もしかしたらウチの主様はムッツリスケベなのかもしれない。
「あの、申し訳ありませんがお嬢様? あまり自分のチン……
「あっ! ご、ごめんねロミオくん! ろ、ロボットでもコンプレックスくらいあるよね!?」
あわわわわっ!? と今日一番慌てふためくジュリエット様。
いやほんと、コッチの方こそ申し訳ないですわ……。
どうやら俺のジョイスティックは同年代と比べるとかなりその……ビックシティらしい。
中学時代、修学旅行で我が従兄弟、大神金次郎と共に入浴した際に、湯気でよく見えなかったのか、俺のジョイスティックを
『おいロミオ。下半身に棍棒がついているぞ?』
と言い放ったときは、その棍棒で撲殺してやろうか? と本気で悩んだくらいだ。
それ以来、我が立派過ぎる息子がコンプレックスだったりするのだが……まぁこの話は一旦脇に置いておこう。
俺は場の空気を変えるべく、あえて明るい調子で声を張り上げた。
「そ、それにしてもっ! 無事お嬢様との約束を守ることが出来てよかったです」
「ん? 約束?」
「あれ? もうお忘れになられたのですか?」
キョトンとした顔を浮かべるジュリエット様。
そ、そんな顔をされるとコッチも不安になってくるんですが……?
えっ? もしかしてあの『約束』って俺の妄想だったりしないよね? ね?
俺は確認する意味も込めて、おそるおそると言った口調で『約束』の言葉を口にした。
「自分がお嬢様をどんな理不尽からだって守ってみせる――って約束ですよ」
「あっ……」
「どうですか? 自分、ちゃんとお嬢様を守れましたかね? ちゃんと恋人役として、お嬢様の笑顔を守ることが出来ましたかね?」
ポーカーフェイスの下に不安を隠しながら、ジュリエット様の方を見る。
ジュリエット様はその青空のように澄んだ瞳で俺を射抜きながら「ふっ」と口角を緩ました。
途端に桜吹雪と共に一陣の風が俺たちの間を駆け抜けていく。
「もちろん。花丸満点だったよ、ロミオくん」
ねっとりとした強い風と共に、桜の花びらが散っていく。
金色の髪が春風にさらわれ、彼女の言葉が風に乗って世界を旅しに消えていく。
それでも、彼女の顔に咲いた桜は消えることなく、優しく俺を包み込んでくれた。
そんな彼女を見ていると、俺はいつも思うのだ。
この桜のためなら、俺はどんなコトがあろうと頑張れるって。
「それはよかったです。……あっ! 迎えが来たようですよ、お嬢様」
「ん? ほんとだ」
警察署駐車場内に我が後輩を乗せたリムジンバスが入ってくる。
きっと今も大人のオモチャよろしく、田中ちゃんがプルプルと震えながら運転しているんだろうなぁ。
なんてことを考えていると、そっと優しく俺の手を握ってくるお嬢様。
「それじゃ帰ろっか、ロミオくん?」
「えぇっ。帰りましょう――我が家に」
俺が微笑み返すと、「えへへ」と顏を綻ばせるジュリエット様。
俺はそんな彼女の小さな手をリード代わりに掴んで歩き出す。
「今日のご夕飯はナニにしましょうか、お嬢様?」
「うんっ! えっとね、今日はねぇ――」
2人の体温が混じり合い、ひとつになっていくのを
彼女のとびきりの笑顔と共に、歩いて行く。
ふと空を見上げると、世界を旅してきた風と共に、桜の花びらが俺たちを祝福するかのように降り注いだ。