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第29話 安堂ロミオとロミオゲリオン

「アンドロイドのくせに、人間様に命令するんじゃねぇぇぇぇっ!」




 そう言って首筋まで真っ赤にしたガリガリの黒スーツの1人がナイフの切っ先を俺の方に向けて駆け出してくる。


「に、逃げ……ロミ……」と今にも儚く消えてしまいそうなジュリエット様のか細い声が、風に乗って鼓膜を震わせる。




「ちょっと待ていてくださいお嬢様。すぐ終わりますので」

「どこ見てんだポンコツアンドロイドがぁぁぁぁっ! ……へっ?」




 ガリガリの黒スーツの刃先が俺の剥き出しの腹部に突き刺さる。


 よりも早く、俺は左足を蹴り上げ、ナイフを持っていた手を真上へと跳ね上げる。


 よほど強く握っていたのか、ガリガリの右腕は天高く真上に伸び、奴の無防備な顔面だけがすぐ近くにあった。




「はへっ? へっ?」

「では歯を食いしばってください。……ロケットパンチ、いきますよ?」




 身体を硬直させるガリガリ。


 そのガリガリの顔面めがけて、引き絞った右の拳を思いっきり叩き込んだ。


 瞬間、肉と骨と鼻を砕く感触と共に、ガリガリの身体がロケットエンジンの如く後方へと吹っ飛んだ。


 そのまま男達の脇を文字通り飛びながら通過し、廃車となったリムジンバスにガリガリの身体がめりこみ、やっと動きを止めた。


 全員ピクリとも動かなくなったガリガリの方へと視線を向け、




「「「……はっ?」」」




 意味が分からないとばかりに目を見開いて固まった。




「えっ? な、なんだ今の……?」

「に、人間ってあんな真っ直ぐ地面と平行に飛べるモノでしたっけ?」

「じょ、冗談がキツイべぇ~? はよ起きんしゃい!」




 男たちがガリガリの男に声をかけるが、返事はかえってこなかった。


 俺はそんな男たちを無視してお嬢様のもとへ近寄ろうと1歩足を踏みだす。


 途端に男たちの肩がビクッ!? と震えた。




「ちょ、調子に乗るんじゃなかとよ! このクソアンドロイド風情がぁぁぁぁぁっ!」




 激情げきじょういろどられた小太りの男がナイフを振り回しながら俺の方へと走ってくる。


 俺は右の拳に軽く力をこめながら、デタラメに振り回されるナイフの動きを目で追った。


 ナイフの軌跡きせきが俺の肩口へと迫る。


 そして小太りのナイフが俺の身体を袈裟けさ切り……する寸前で身体を半歩ズラし、紙一重で避ける。


 俺を斬ったと思ったのか、ガリガリと同じく身体を制止させる小太り。


 その驚きに満ち溢れている潤った横っ面に、右のフックを陥没かんぼつさせる。


 ベキベキッ! と嫌な音をたてる小太りの顔面。


 そんなことお構いなしに俺は右の拳を振り抜く。


 小太りは真横に1回転しながら、投げ捨てられた人形のように地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。


 電信柱に身体をぶつけ、ようやく小太りは動きを止めるが、口から泡を吹いていて、残念だが意識がないようだ。




「必殺、ロケットパンチVer.2」

「いや、ソレ普通のパンチだろうが!? 全然ロケット関係ねぇだろうが!?」

「失礼ですね鬼塚様、キチンとロケットパンチですよ。その証拠にホラ、ちゃんとロケットの如く吹き飛んで行ったでしょう? ……あの小太り様が」

「ロケットってそういう意味!? というか人間がロケットみたいに吹き飛ぶパンチってどういうことだ!? どんなパンチ力だよ!? お、おまえホントにアンドロイドか!?」




 化け物かおまえは!? と怒声を飛ばす鬼塚の横で、押し黙っていたキノコ頭が「あっ!?」と何かを思い出したかのように声を荒げた。




「その狂った言動に狂った出で立ち……。人外じみたパンチに返り血でしたたる真っ赤な拳……間違いない! り、リーダッ! こ、コイツ。いやこの人はアンドロイドなんかじゃありませんよ!?」

「そんなのもう分かっとるわ! こんな非常識なアンドロイドが居てたまるか!」

「いやそうじゃなくて! こ、この男、『せきわんの怪物』ですよ!」

「『赤腕の怪物』って……ハァッ!? コイツが!?」




 鬼塚とキノコ頭の驚愕に満ちた視線が肌を刺す。


 気がつくとキノコの顔が恐怖に歪んでいた。




「せ、『赤腕』って言えば去年たった1人の女のために単身でヤクザの事務所に乗り込んで完膚泣きまでに叩き潰したあげく、その元締めの【吉備津きびつ組】をたった3人で壊滅させたっていう、あの伝説のイカレ野郎だぞ!?」

「い、1度だけ姿を見たことがありますから間違いないです。この男は間違いなく『赤腕の怪物』です! その道のプロでさえ手出しすることが出来ない日本最大の喧嘩屋集団【ハニービー】10代目総長にして日本不良界最強の男『喧嘩大明神』――大神金次狼に唯一タイマンを張って引き分けに持ち込むことが出来た人外ですよ、コイツは!」




 ツバを飛ばしながら不躾にも俺を指さしてくるキノコ頭。


 未確認生命体扱いしてくるキノコ頭に若干の怒りを感じつつ、2人と距離を詰めるべく歩を進める。


 が、俺が1歩進むたびに2人も1歩後ろへと後退する。


 そんな2人の姿を見ていると俺の中の悪の本質が男共の悪意を飲み干したいと訴え始めた。


 気がつくと自分でも知らないうちに笑みが浮かび上がっていた。


 どうやら久しぶりの喧嘩に身体が興奮しているらしい。


 俺の顔に張り付いた笑みを見た瞬間、鬼塚とキノコ頭の顔から完全に血の気が引いたのが分かった。




「そんな顔しないでくださいよ鬼塚様、キノコ様。これではどっちが悪党か分からないではありませんか」

「ぁ……ぅぅ」

「大変失礼な事を申し上げるようで恐縮ですが、この程度でビビっているようでしたら、犯罪者には向いていませんよ? 今からでも遅くはありませんし、転職してみてはいかがでしょうか?」

「う、うるせぇ! そ、ソレ以上近寄んな、ぶっ殺すぞ!?」

「……? 唇が震えていますよ鬼塚様?」




 俺がさらに1歩2人と距離を縮めた瞬間。




「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?!?」




 と絶叫しながらキノコ頭がナイフ片手に急接近してきた。




「俺の必殺、パートスリー――」




 俺はキノコが繰り出してきたナイフを避けるように空中で前回りをしながら、大きく後ろ脚を跳ね上げた。




「――ロケットパンチVer.3」

「いやそれパンチじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」




 鬼塚の叫びツッコミと共に放たれた俺の全体重が乗った右の踵がキノコの頭にクリーンヒット。


 そのままキノコは崩れ落ちるようにナイフを手放しながら、顔面から地面に落ちて行った。


 う~ん、やっぱり足技はあまり得意じゃないな。全然威力がねぇや。




「さて、残るは鬼塚様ただ1人だけですね」

「う、ぐぅぅ……っ!?」




 俺に射抜かれた瞬間、目に見えて狼狽ろうばいし始める鬼塚。


 や、やめろよ。そんな小動物みたいな顔をされると……たかぶってくるじゃないか。


「う、うわぁ……センパイがすごくイキイキしてる……」と我がプチデビル後輩のドン引きした声が聞こえてきたような気がしたが、正直全身が興奮していてソレどころではなかった。




「な、なんだよ!? なんなんだよ、おまえ! 何なんだよ、おまえは!? なんで赤腕がこんな所に居るんだよ、意味わかんねぇよ!?」

「……どうやら鬼塚様は少し勘違いをされているようですね」

「は、ハァ? か、勘違い?」




 デタラメに鉄パイプを振り回し、俺が近寄るのを拒否しようとする鬼塚。


 そんな鬼塚に構わず、俺は1歩、また1歩と距離を縮める。




「自分の名前は『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオン。ジュリエット・フォン・モンタギュー様に仕える忠実なるアンドロイドにして――彼女のイケてる恋人です」

「あ、あん? つ、つまり何が言いてぇんだテメェ!?」

「『言いたいこと』ですか? そうですね……長々と語ってしまいましたが、自分が言いたいことは最初から1つだけです」




 鉄パイプの嵐を潜り抜け、超至近距離で鬼塚と向かい合う。


 鬼塚の「ひぃっ!?」と悲鳴じみた声音が不愉快に鼓膜を揺さぶる。


 俺はそんな鬼塚の顎めがけて、渾身のアッパーカットを放り込んだ。




「――俺の女に手を出すな」




 全身のバネというバネを使い、拳を加速させた一撃。


 鋼鉄の槍と化した俺の拳から、肉を切り裂き顎を砕く感触が頭の先からつま先まで駆け巡る。


 何とも嫌な感触と共に、バゴォッ! と人体が発してはいけない音を立てながら、真上に吹き飛んで行く鬼塚。


 そのまま鬼塚の巨体は数秒間ほど滑空し、緩やかな弧を描きながら、リムジンバスの屋根の上へと落ちて行った。


「かふぅっ!?」と吐息を溢す音を漏らして、ピクリとも動かなく鬼塚。


 野郎共が全員完全に動かなくなったことを確認し、俺はようやく安堵の吐息を溢した。




「これにて一件落着……とはまだいかねぇよな」




 俺は男達の屍を蹴り飛ばしながら、リムジンバスの横でへたり込んでるジュリエット様たちの安全を確認するべく、彼女たちのもとへと慌てて駆け寄った。




「大丈夫ですか、お嬢様? それから白雪様。あとおまけにマリア様も?」

「ロ、ミオくん……? なん、で……ここ、に?」

「セン、パイ……あぅぅ」

「お、『おまけ』って、妾は食玩しょくがんかぇ……ぐふぅ」




 グッタリしながらも焦点の合ってない瞳で俺を見据えるジュリエット様と、何故か下半身の方にチラチラ視線を移し、頬を染めているましろん。


 そしてどんな時でもツッコミスピリットを忘れないマリア様。


 う~ん、もしかしたら俺はマリア様のコトが結構好きなのかもしれない。


 そんなコトを考えていると、ましろんだけではなくモンタギュー姉妹までもが「ふぇっ!」と声をハモらせると同時に顔を赤らめ、横を向いた。


 が、その視線は我が後輩と同じくチラチラと俺の下半身をロックオン・ストラトス。


 どうやらましろんだけではなく、モンタギュー姉妹まで俺の美貌の虜になってしまったらしい。


 なんとまぁ、罪づくりな男なのだろうか俺は。




「ろ、ロミオくん……ッ!? そ、その格好は一体……ッ!?」

「げ、下郎げろうッ!? き、キサマ正気か……ッ!?」

「? どうかしましたか?」




 何故か色めき立つモンタギュー姉妹。


 はて? と首を傾げていると、反対車線の方から2台のパトカーがコッチに向かってやってくるのが見えた。


 まぁ公共の場でこれだけ大きな騒ぎを起こしたんだ。ポリスがやってくるのは当然と言えるだろうが……。




「まったく、今頃来ても遅いというのに。相変わらずポリスメンはクライマックスの後に駆けつけて来るんですから。ちゃんと仕事して欲しいモノですよ」

「せ、センパイ……」

「大丈夫ですよ白雪様。全部ロミオゲリオンにお任せください。こういうのは大人同士の方が話が早いモノですから――出迎えご苦労さまですっ! 公僕の皆さま!」

「いやセンパイ……ち、違う。そういう意味じゃなくて……今センパイ、全裸――」




 と何か言いかけていた愛しの後輩を無視して、国家の犬どもをお出迎えするべく両手を広げて、奴らのもとまで歩き出す俺。


 瞬間、パトカーからりてきた警官たちがギョッ!? と目を見開き、色めきたったように俺に向かって拳銃を引き抜いた――って、えぇっ!?




「ま、待て待て!? 何故拳銃を抜くマッポの諸君!? 俺は加害者じゃないぞ!?」




 銃口を俺に向けて構える国家権力に、もはやロボのフリをする余裕すらなく、慌てて口をひらく。


 が、どういうワケか俺が1歩近づくたびにマッポたちの警戒度が跳ね上がっているような気がしてならない。




「う、動くなっ!? そ、ソレ以上動いたら撃つぞ!? こ、これは警告だ!」

「お、おいおい!? 何をトチ狂ってるんだ、おまえらは!? よく見ろ! 俺はこの通り何も持ってない善良な一般市民だぞ!?」

「う、嘘をつけ! おまえ、とんでもねぇもマグナムをぶら下げているじゃねぇか!」

「うん? マグナム? ぶら下げてる?」




 何を言っているんだ、このマッポは?


 と俺が眉をしかめていると、拳銃を構えていた警官の1人が無線に向かって大声で喋っていた。




「ほ、本部、本部! 至急連絡! おとぎばな市1番街付近の国道でその……か、完全武装した全裸が女子生徒を襲おうとしています! 至急応援を!」

『完全武装した全裸だと? どういう意味だ? もっと詳しく説明せよ!』

「つ、つまり――あっ! バカ止まれ! コッチに来るなっ! し、進撃ですっ! 進撃のきょチンですっ!」

『し、進撃の巨チンだと? もっと詳しく説明せよっ!』

「な、なんと言えばいいのか……その、す、すごく……大きいです……っ!」

『はぁっ!?』




 と無線から間の抜けた声が鼓膜を貫く中、俺は某メガネの名探偵のように「そういうことか!?」と全てを悟った顔を浮かべた。


 そう、俺はリムジンバスに追いつくためにカチカチ山のテッペンから舗装されている道ではなく、道なき道の獣道けものみちを突っ走ってここまで来たのだ。


 その過程で執事服は木の枝やら何やらに引っかかってビリビリに破れ落ち、上半身裸のまま鬼塚達と対峙するハメになった。


 さらにその過程で小太りの振り回したナイフがこうスパッ! と良い感じでパンツまで切り込みを入れたあげく、キノコ頭に胴回し蹴りなんていう大技を決めたものだからさぁ大変。


 あと少しの衝撃でズボンとパンツがお釈迦しゃかになってしまう状況を作り上げてしまったのよね。


 そこへトドメと言わんばかりに、全身を使ったアッパーカットを鬼塚に放り込んだ瞬間、ビリッ! と嫌な音を立てながらズボンとパンツがキャストオフ。


 結果、生まれたままロミオ・アンドウがココに爆誕☆


 そのまま靴下に革靴という紳士スタイルで、野生解放したままお嬢様たちのもとへ近づいたあげく、両手を広げて笑顔で警察官に接近していくというこの世の終わりのような光景が広がっているという始末だ。


 彼女たちがどのような絶景を目撃したのかは……もはや言うまでもないだろう。


 ふと背後を振り返ると、そこにはヘンゼルとグレーテルよろしく俺のパンツとズボンが道端にポツンと落ちていた。


 さらにその後ろでは顔を真っ赤に染めたモンタギュー姉妹と我が後輩がチラチラと俺の大臀筋だいでんきんを盗み見ている有様だ。


 お、おいおい?


 ちょっと待ってくれや?


 じゃあナニか? 俺は彼女たちに『大丈夫ですか、お嬢様?』とかキメ顔で言っている段階ですでに全裸だったのか?


 マジかよ……神々しいにもほどがあるぞ?


 俺は一体どこの神々の民だ?


 というか全裸でJKに近寄ったあげく『大丈夫ですか?』とか、「おまえが頭大丈夫ですか?」と尋ねたくなるレベルの事案発生案件じゃないか!?


 何なら貞操の危機さえある。


 俺なら黙って通報している。




「ど、どうしてこんなことに――うぉっ!? な、何をするおまえら!?」

「えぇい、大人しくしろ!」




 俺の肩を乱暴に抱いていたマッポが叫ぶ。


 腰、足、腕にしがみついていたマッポを振り払おうと力を籠めるが、マッポも「負けてたまるかぁ!」とばかりに踏ん張る。メッチャ踏ん張る!


 そのまま俺は全裸でズルズルと引きずられながら、パトカーに押し込められ……ってぇ!? おいおいおいおいっ!?




「ち、違う! 俺は何もしていない! 何もしていないんだ!?」

「変態はみな同じことを言う! さぁ来い!」

「いや、本当に何もしてないんだって!? 恋人のピンチに駆けつけただけでその……た、逮捕は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「くぅっ、何て力だ!? 数人がかりで押さえ込んでいるというのに、ビクともしないぞ!?」

「諦めるな! 全員、持てる力の全てを絞りだせ! この町の平和はオレたちが守るんだ! イクぞ!」

「「「「ハァァァァァァァァァッ!!」」」」

「逮捕は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」




 知的でクールなナイスガイと警官たちの魂の叫びが共鳴し、どこまで続く青空へと吸い込まれていく。


 気がつくと俺はお嬢様たちをその場に残し、全裸のままパトカーの後部座席に押し込まれていた。


 そして……。

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