俺の神の一手と言っても差し支えない卓抜なる奇策によって、難なく修羅場(?)を切り抜けることに成功するロミオ・アンドウ。
ジュリエット様もましろんも後ろに着いて来ていないことを確認し、思わず廊下だというのに「ふふっ」とほくそ笑んでしまう。
「まったく自分の才能が末恐ろしいぜ……」
天は二物を与えずというが、アレは嘘だ。
そう、何故なら俺が居るから!
まったく、
間違いない、きっと『なにわ男子』の期待の7人目としてお茶の間を騒がせることは間違いないだろうし、なんなら俺という稀代の天才が加入することによってアイドルという歴史は安堂ロミオの登場以前と以降で分けられることになるだろう。
なにわ男子の皆さ~ん、俺はいつでも準備OKですよぉ~?
「さて、部屋で少し休憩したら掃除でも始めますかね」
まぁ掃除と言っても、屋敷内にはルンバやら自律型ロボットやらが勝手に分単位でこまめにお掃除をやってくれているので、俺に出来るコトと言えば洗い物と洗濯くらいなモノなんだけどね。
ただ最近のジュリエットお嬢様は自分の衣服や下着類は自分でさっさと洗って干してしまうので、俺の活躍する場面は
ほんとココに着任したときはジュリエット様の下着は俺が洗っていたのに……警戒心が上がったのが、俺に下着類を触られるのを酷く嫌うようになったんだよね、お嬢様。
この前なんか急に雨が降ってきたから親切心でジュリエットお嬢様の下着類を取り込んだら、顔を真っ赤にして烈火のごとく怒り狂ったもんなぁ……。
まるで我が子を庇うかの如く、その豊満なダイナマイトパイパイにワインレッドの下着を抱きしめつつ、涙目で俺を睨みつけるジュリエット様の可愛さと言ったらもう――絶頂するかと思ったね!
危うく抱きしめてベッド・インする所だったわ。
ほんと俺が理性的な男でよかったね、お嬢様!
ちなみにましろんも勝手に自分で洗濯するので俺の出番はありません!
ロミオ寂しいっ!
「あれ? そう考えたら、俺ってこの屋敷に居る意味ってあるの?」
と、自分のアイデンティティの崩壊へと続く命題に足を踏み入れようとした寸前、
――リンゴーンッ!
と桜屋敷内をあの
どうやら誰かやって来たらしい。
「うん? 今日は誰かやってくる予定とかあったっけなぁ?」
はて? と首を捻りつつ、自室に向かっていた足をUターン。
そのまま流れるように玄関へと移動していく。
基本的にジュリエット様はアポイトメント無しで突然やってくる
なので真に残念ではあるのだが、今回も例に漏れず素直に帰宅してもらおう。
1人そう覚悟を決めつつ、玄関の扉を開け――俺は一瞬気を失った。
扉の向こう、そこには……俺の妄想をそのまま具現化したような超絶美少女が立っていた。
真っ白な清潔感に溢れ、押しつけがましくない上品な制服に身を包んだ彼女。
思わず舐めまわすように――ゴフンゴフンッ! ……男の義務としてサッと流し見る程度に観察してしまう。
形の良さそうな小ぶりなお尻にキュッ! と引き締まったウェスト。
スラッとした背丈に瑞々しい手足。
チョモランマを彷彿とさせる
いつから俺は異世界に転生したんだ? と思わず錯覚するレベルのハイパー美少女がそこに居た。
どこかジュリエット様にも似たその容貌に、思わずポケーとバカみたいに見惚れてしまう。
が、それも数秒のこと。
金色のハイパー美少女はそのどこまで包み込むような蒼色の瞳で俺を見据えながら、その桜の蕾のような愛らしい唇をゆっくりと開いて、
「遅い! まったく妾を日の光の下で待たせるとは何事じゃ!?」
「…………」
「むっ? ナニをしておる愚物? 早く屋敷に入れぬか――って、ちょっ待っ!?」
パタンッ! とゆっくり扉を閉めた。
とりあえず念のため鍵もかけ、誰も入れないようにしておく。
「俺の美少女はあんなに口汚くない。もっと清楚でおしとやかで好きな食べ物はショートケーキの水玉模様のパンツが似合う最高の……って、アレ?」
今、すっごくジュリエット様に顔つきが似た女性が立っていたような気がする。
というか妹のマリア様だったような気がしないでもないが、あんな暴言を吐く女性を俺は知らないので対応としては間違っていないだろう。
さてっ! 厄介事も片付いたし、さっさと自室へ戻るとするか。
――リンゴーンッ!
――リンゴンッ、リンゴーンッ!
――リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンゴーンッ!
まるで「壊れろ呼び鈴!」と高橋名人もドン引きの呼び鈴16連射に仕方なく玄関の鍵を開け、今再び扉を開けた。
扉の向こう側、そこには真っ白な女性モノの制服に身を包み、何故か涙目のジュリエット様の妹、マリア・フォン・モンタギュー様が居た。
マリア様は男の
もしかしたら惚れられたかもしれない。
「わ、妾を締め出しおったな、この愚物め! まったくアンドロイドとは言え、姉上はどういう教育を――」
しておるんじゃ! と吐き捨てるマリア様をその場に置いて今再び扉を静かに閉める。
さてっと。仕事も済んだし、それじゃ今度こそ自室に戻ろうかな。
と
『まったくしょうがないお方だ』と心の中でため息を溢しつつ、三度扉を開けると、ムキ―っ! と瞳を吊り上げたマリア様が金色の髪を靡かせながら弾丸のごとき勢いで俺に詰め寄ってきた。
「ま、またやったな!? また妾を締め出しおったな、この愚物め! 貴様など即刻クビじゃ!」
「おはようございますマリア様。どうなされましたか、そんなにお顔を真っ赤にして? あの日ですか?」
「れ、レディーに対して何て事を聞くんじゃ貴様は!?」
「あっ! そ、そうですよね、失礼しました。……まだ始まってすらいないかもしれませんもんね?」
「ま、毎月来とるわバカ者め! き、きき、貴様は妾に謝りたいのか、セクハラしたいのかドッチなんじゃ!?」
ガルルルルっ! とまるで大型犬に威嚇されたかのような威圧感を発しながら、声を荒げるマリア様。
おかしいな? 俺が何か喋るたびにマリア様の中で俺の株が急激に下がっているような気がするんだが……気のせいか? 気のせいだな。
「ええい、もうよい! いいからはやく屋敷の中へ入れなんし!」
「申し訳ありませんマリア様。ジュリエットお嬢様にアポイトメントは取られておりますか?」
「そんなもの取っておらんわ。妹が姉にアポを取らねば会えぬなど、そんなふざけた理屈が通ってなるものか」
「でしたらすみませんが、本日の所はお帰りいただいて、また後日屋敷にお越しいただいてもよろしいでしょうか?」
「ならぬ! 妾は今、姉上に会いたいのじゃ! いいからソコをどかぬかポンコツ!」
う~ん、ブラック企業の結論ありきの会議並みに聞く耳をもってくれないぞぉ?
はてさて、どうしたものか……。
と、俺が思考を巡らす寸前、背後から「ロミオ?」と凛とした声音が肌を叩いた。
「何事だ騒がしい」
「ジュリエット様……実は」
「姉上!」
俺たちのやり取りがあまりにも五月蠅かったのか、桜屋敷の主でありマリア様の姉君であるジュリエット様が
ジュリエット様はマリア様の姿を目視するなり、小さくため息をこぼし、
「マリア……オマエはまたアポも無しに勝手にやってきて、そういうコトは事前に連絡しておきなさいと何度も言っただろうが」
「そ、そんなことよりも姉上! この失礼極まりないポンコツアンドロイドを今すぐクビにするのじゃ! こんなアンドロイドはモンタギュー家に相応しくないのじゃ!」
「ポンコツアンドロイド……だと?」
ピクッ! と一瞬ジュリエット様の眉根が跳ね上がったような気がしたが……見間違いだろうか?
「すまないマリア。少し上手く聞き取れなかったから、もう一度言ってくれるか?」
「クックック、可愛い妹の言葉すら聞き取れぬとは、どうやら姉上はお疲れのようじゃな。そんな姉上のために実は今日は『とある薬』を持って来て――」
「ボクは『もう一度言え』と言ったんだぞ、マリア?」
「な、なんじゃ姉上? そんなに怖い顔をして?」
ジュリエット様はその豊かな胸の下で腕を組むながら、やたら高圧的な態度でマリア様に近づいて行く。
マリア様は頭2つ分ほど小さいジュリエット様をドギマギした様子で見下ろしながら、なんとか口元に笑みを作ろうとしていた。
が、ジュリエット様の放つ氷のような威圧感を前に頬が引きつっているのか、顔の筋肉が小刻みに震えていた。
「そ、そのアンドロイドは欠陥品じゃぞ姉上。妾を屋敷から締め出すは失礼な物言いをするは、モンタギュー家の使用人にあるまじき行いじゃ。即刻解雇、解体することをお勧めするぞい」
「ロミオはボクが出した指令を忠実に守っているだけだ」
「し、指令?」
「あぁっ。1つは『アポイトメントも無しに突然来訪してくる者は何者でも屋敷には入れないコト』。もう1つは『失礼な態度をする輩には、同じ態度をもって返すこと』。もしマリアがロミオを失礼と感じたのなら、ソレはオマエが周りに与えている感情そのモノだ。こんなにも職務に忠実なロボットを解雇しろと言うのだから、オマエもそれ相応の対価をボクに提示してくれるんだよな?」
もはや妹に向けてはいけない視線の暴力を前に、マリア様の顔が完全に引きつってしまっていた。
それでも姉に弱味を見せたくないのか、マリア様はどこからともなく取り出した扇子を広げ、顔を隠すと、やけに白々しい口調で
「ふ、ふむ。ど、どうやら今日の姉上はお疲れのご様子。あまり長居するのも無粋というもの……今日はここらで帰るとするかのぅ」
やや早口でそう
マリアは玄関をくぐる瞬間、チラッと俺にだけ視線を寄越し、
「ゆ、許さぬぞポンコツアンドロイドめ。妾の受けたこの屈辱……100倍にして返してやるからの?」
と俺にだけ聞こえる声量でそう言い残し、その金色の髪を風に靡かせながら屋敷から姿を消した。
なんか悪いコトはしていないハズなのに、罪悪感はハンパじゃないんですけど?
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、妹の後ろ姿を眺めていたジュリエット様は小さくため息をこぼすなり「まったくあの子は……」と口をひらいた。
「確か今日は私立セイント女学院の入学式だったハズ……母様への挨拶もあるだろうに、ボクの所まで顔を出しにくるなんて、余程ヒマだったんだろうな」
「マリア様、今日は入学式だったのですか?」
「あぁ。『首席で入学してやった』と自慢げに語っていたから間違いない。……まったく、末席とは言えあの子もモンタギュー家の一員なのだから満点入学は当たり前だろうに」
ハァ、と面倒臭そうにため息をこぼすジュリエット様。
いやお嬢様、それ『当たり前』じゃありません。
満点入学とか普通出来ませんから……。
改めてお嬢様の天才ぶりを再確認しつつ、俺は去って行ったマリア様の方向へと視線を向けた。
これは……マリア様に悪いことをしちゃったなぁ。
きっと彼女は新しい制服を姉に見て欲しくて、褒めてほしくてやって来たに違いない。
満点を獲ったから褒めてほしい、首席で入学したから褒めてほしい、新しい制服に袖を通したから褒めてほしい。
なんとも子犬チックで可愛らしいお人じゃないか。
それなのに俺はそんなコトなどお構いなしに門前払いにしてしまい……彼女の気持ちを踏み
到底許されることではない。
ほんと自分が許せねぇよ、チクショウ……。
「さて、それじゃ部屋に戻るぞロミオ。……ロミオ? どうした、そんな所でボーッと玄関の方ばかり見て?」
「……いえ、何でもありませんお嬢様」
俺は顔に笑みを張りつけ、お嬢様の後ろをついていくように踵を返す。
謝ったところで許してもらえるとは思えないが、それでも次に会ったときは彼女に誠心誠意謝ろうと心に誓いながら。
――だが今にして思えば、このとき強引にでもマリア様の後を追いかけて謝ればよかったと思う。
そうすれば『あんな事件』なんか起きなかったハズなのに……。
そう、もう既に運命が俺たちに