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第24話 ロミオとジュリエットVSシンデレラ ~第1ラウンド編~

 我が愛しの後輩、七海真白――改め白雪真白がこの桜屋敷にやってきて2日が経った日曜日。


 珍しくジュリエット様も丸1日何の予定もない完全オフなこの日において、我が主はすこぶる機嫌が悪かった。


 ジュリエット様は自室のソファに腰を下ろし、黙々と勉強に精を出しているのだが……その身体から溢れ出るオーラは子猫程度なら余裕で殺せるじゃねぇの? と俺に窒息を与えてくるレベルで膨れかえっていた。


 ここで我が叔父にしてファンタスティックの権化である大神士狼さんなら、




『おいおいどうしたぁ? もしかしてあの日かぁ?』




 と最高にエキセントリックな台詞を口にしている所だろうが、残念ながら俺にそんな事を言う勇気はない。


 余計なコトを言ったら再起不能になるまでに言い返されそうだし。


 だから黙って彼女の対面のソファに座り身を縮めるのだが……




「どうしたんですかセンパ――ロミオさん? そんな初デートに挑む男子中学生のように緊張しちゃって? あっ、さては真白にくっつかれてドキドキしてます? やぁ~ん、このスケベぇ~♪」

「…………(イライライライラ)」




 俺の腕に身体をこれでもかと密着させたましろんが、超至近距離でにしししっ! とイタズラが成功した少年のように笑う。


 途端に対面に座るジュリエット様の気迫が膨れ上がった気がした。


 もうね、あからさまにイライラしているのがコッチまで伝わってくるのね。


 なんて言うか……俺、このあと死ぬんじゃねぇの? ってくらい怒気が噴き出てるんだよね!


 ……ヤベェ、誰か助けて。


 ましろんはそんなジュリエット様のことなど別世界の出来事のように認識しておらず、逆に見せつけるように俺の腕を抱きしめるもんだから、彼女の豊かなメロンが腕に押し付けられて大変気持ちいい――違う! ツラくて、ツラくて!


 そのせいで余計にジュリエット様の機嫌が悪くなって……た、助けて!


 誰かマジで助けて!?


 何とか引きつりそうになる顔面を全力で動かし、ましろんの方へと視線を向け、




「あ、あの白雪様? お言葉ですが質問よろしいでしょうか?」

「んん~? なんですかぁ? 真白の好きな食べ物は――」

「バニラアイスですよね? 知っています。それよりも、その……春休みは今日までですよね? 明日からジュリエットお嬢様と同じ私立セイント女学院に通うんですよね?」

「そうですよぉ? それが何か?」

「で、でしたらここで油を売っていないで明日の準備をした方がよろしいのではないのでしょうか?」

「あぁ~、確かに転入初日は大切ですもんね。……よしっ! それじゃ準備するのでロミオさんも一緒に来てください!」

「えっ? じ、自分もですか……?」

「だって真白のお世話をするのはロミオさんの役目なんでしょ? ホラホラッ、立って立って! 行きますよ?」




 ましろんが俺の腕を引っ張って自室へと連れて行こうとしたその瞬間、


 ――ぶちんっ。


 と、ジュリエットお嬢様のこめかみの導火線に火がいた。点いてしまった……。




「ちょっと待て、白雪の姫よ。ロミオはボクの所有物だぞ? 何故君が勝手にロミオの行動を決めている?」




 ギロリッ! と今にも人を殺しかねないほど目尻が吊り上がったジュリエット様の視線がましろんを襲う!


 こ、ぇよ!?


 ジュリエット様怖ぇよ!?


 超怖ぇよ!?


 あと怖いよぉ!?


 ドM大興奮の視線の暴力を前に、膝が震え始める。


 が、それはどうやら俺だけだったらしく、ましろんは意外にも不敵な笑みを持ってジュリエット様に言い返し始めた。




「勝手も何も真白の身の周りのお世話をしてくれるのはロミオさんなんですよね? 真白に与えられた権利を真白が使って何か問題でも?」

「……確かに君の身の周りのお世話をするのはロミオの仕事だ。がっ! ボクの身の周りのお世話をするのもロミオの仕事だ。故にボクの目の届かない所にロミオを連れて行くのは許さん」

「それじゃロミオさんがお仕事できないじゃないですか?」

「大体白雪の姫よ、君は淑女としてのたしなみがまるでなっていない。レディーがそう簡単に殿方と接触するなんて、は、は、は、破廉恥はれんちだぞ? な、何か間違いが起こったらどうする?」




 そう言っていつもの無表情のまま、ほんのちょっぴり頬を染めるジュリエット様。


 正直、今のジュリエット様の表情もハレンチだった。


 というか、ジュリエット様も結構ベタベタと子犬のように俺に触れてきますよね?


 アレはハレンチには入らないんですか?


 と尋ねる勇気はもちろん持ち合わせていないので、ポーカーフェイスで2人のやり取りを聞き流す出来る男ことロミオ・アンドウをこれからもよろしく♪


 ましろんは『ジィィィ~……』と何かを確かめるようにジュリエット様を見つめ、




「殿方と言っても、ロミオさんはアンドロイドなんですよね? ロボットなんですよね?」

「むっ? だから何だ?」

「ならコッチから命令しない限り間違いなんて起きませんよね?」

「それは……そうだが……」

「ということは真白がくっついても問題ないということですね♪」

「…………(イライライライラ)」




『ド ド ド ド ド ド ドッ!』とジュリエット様の背後で擬音が聞こえてきそうなくらい、彼女の怒気が部屋に充満していく。


 いや『ド ド ド ド ド ド ドッ!』ていうか『 怒 怒 怒 怒 怒 怒ッ!』って感じなんだけどね!




「ロミオ、コッチに来なさい」

「ダメですよロミオさん。行っちゃダメ」

「来なさいロミオ。これは『恋人』命令だ」

「じゃあ真白も命令します。行っちゃダメですロミオさん――って、はっ? 『恋人』!?」




 意味が分からない!? と言わんばかりにプチデビル後輩の無機質な声音が部屋に木霊した。


 ヤッベ!?


 そういえば、ましろんにはまだ俺とお嬢様の恋人設定を伝えてなかったっけ!?


 背筋から変な汗がチョコレートフォンデュのように溢れ出てくる。


 た、頼む! この話は一旦ここで止まってくれ!


 だが神はスケベに厳しいのか、表情を変えたプチデビル後輩の姿を見て好機(何の好機は知らね☆)と捉えたのか、ジュリエット様は聞いてもいないのに喜々とした声音で、




「ふふん、知らなかったのか? ボクとロミオは恋人同士なんだ。昨夜もロミオの奴、ボクを寝かしてくれなくて大変だったんだぞ?」

「……へぇ、面白い冗談ですねぇ」




 面白いなら笑ってもいいんですよ、真白さん?


 瞳孔が完全に開いた瞳で俺をロックオンする我が後輩。


 その瞳は『おい? そんな話は聞いてねぇぞ、このカス?』と雄弁に語っていた。


 ましろんの肉体から発散される殺意にも似た波動。


 溢れ出る俺の脇汗。


 もう拭い去れないジュリエット様の妄言。


 怖い、怖い! ウチの後輩、超怖い!


 しかもお嬢様の言い方だと、昨夜俺とジュリエット様が一晩中ニャンニャン♪ していたように聞こえるからあら不思議! 


 そんな事実は一切無いのにね!


 信じてください、俺は童貞です!


 まだ俺の息子は駄菓子屋でキャッキャしている純粋無垢なピュアピュア☆ボーイなんです!




「冗談かどうかは白雪の姫にお任せするが……疑ったところで真実は何一つ変わらんがな? あぁっ、昨日のロミオは本当にすごかったなぁ。ボクが『もうムリだ!』と訴えようが遠慮することなく何度も何度もボクを蹂躙じゅうりんしてきて……ふふふっ♪」

「……はっ?」




 地の底から響くようなドスの利いた後輩の声がやけにハッキリと聞こえる。


 いやもう、日本語って凄いよね? 


『……はっ?』という言葉だけで、




『このあいだ真白、テメェに告白したよな? そのとき好きな人は居ない的なコトを言って振ったくせに、なに昨日の今日でアッサリこの腐れ金髪ロリ巨乳と付き合ってんだ? 殺すぞ?』




 みたいなニュアンスを込めることが出来るんだから♪


 ほんと日本語で奥が深くて……怖いや。


 もちろんそんなコトは言えないので、俺は慌てて機械仕掛け風に唇を動かし、弁明と保身に全力で走った。




「ピピッ! 訂正、訂正。正確にはジュリエット様が男性に慣れるまでの間の練習台として自分はジュリエット様の『恋人役』をおおせつかっております」

「ふぅぅ~ん。恋人役……ねぇ」

「あっ、ロミオッ!?」




 余計なことは言うな! と言わんばかりにジュリエット様が睨んでくる。


 ご、ごめんなさい……。


 でも、こればっかりは説明しとかないと俺の身が危ないので。




「それじゃロミオさん? 昨夜はジュリエットさんと何をしていたんですか?」

「はい。昨夜はお嬢様と夜遅くまでトランプで遊んでおりました」

「……べ、別に嘘は言っていない。あのあと寝つきが悪かったのは本当だし……」




 モゴモゴと言いづらそうに唇をもにょらせるジュリエット様。


 そんなジュリエット様を無視して、ましろんが俺にすり寄るような形で蠱惑的に唇の端を吊り上げた。




「なるほど、恋人役ねぇ……。なら真白も男の子に慣れるためにロミオさんに『恋人役』を頼んでもいいですか?」

「は? ……はぁっ!? だ、ダメに決まっているだろう! ロミオはボクの恋人だぞ!?」

「恋人『役』ですよね? 『役』なら別に正式に付き合っているワケじゃないんですし、浮気にはなりませんよね? それにロミオさんはロボット。人間じゃないんですから、本当に付き合うワケじゃない。単なる『ごっこ遊び』みたいなモノなんですから、そうカリカリしないでくださいよジュリエットさん?」

「う、ぐぅ……っ!? べ、別にカリカリなんかしていない!」

「それじゃロミオさん、恋人命令で真白の部屋に行きましょうか? ついでに女の子について色々と教えてあげますよ? 色々と……ね?」

「ッ!? だ、ダメだダメだ! そんなふしだらな行為、屋敷の主として認められない! 断じて認められない!」

「それを決めるのはロミオさんですよね? ジュリエットさんじゃないですよね?」

「……どうやらボクは君のコトが大っ嫌いらしい」

「あら奇遇ですね? 真白もです♪」




 バチッ! と我が主と後輩の視線が空中で絡み合い、火花が散ったような錯覚が見えてしまう俺はもしかしたら末期かもしれない。


『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!』と2人して異様なプレッシャーを放つせいで、思わず「ふぇ~ん助けてぇ~っ!?」と萌キャラ化しそうになるナイスガイ、俺。


 な、なんでこの2人こんなに仲が悪いんだよ?


 お願いだから仲良くして!


 お兄さんからのお願いダゾ☆


 と思考が現実逃避しかけたその隙を縫うように、いつの間にか俺の隣まで移動していたジュリエット様に



 ――ギュッ♪ グィッ!



 と片腕を引っ張られる。




「おっとぉ? あ、あの……ジュリエット様?」

「その手を離せ、白雪の姫! ロミオが困っているだろうが!」

「えぇ~? 困らせているのはジュリエットさんの方じゃないんですかぁ~?」

「「…………」」




 怖い、怖い、怖い、怖いっ!?


 なんで2人ともそんなドスの利いた声で満面の笑みを浮かべることが出来るんだよ?


 笑顔を崩したら負けという『逆にらめっこ』状態の2人に挟まれて、我が鋼鉄の強度を誇る胃袋がキリキリと痛み出す。


 それと同時にジュリエット様とましろんから発せられる覇王色の覇気の衝突により、2人の間にある空間が変にねじ曲がり始める始末だ。


 ちょっと誰ぇ? 領域展開使ってる子は? 危ないから簡易領域だけにしておきなさい!




「あ、あのお嬢様方? も、もう少し落ち着いて――」

「ロミオさんはどう思います?」

「へっ?」

「ロミオさんはどっちと一緒に居たいですか? 真白ですか? それともジュリエットさんですか?」

「もちろんボクだよな、ロミオ?」

「ちょっ……ッ!?」




 ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇっ!?


 突然のキラーパスを前に俺の心の中の小っちゃいロミオ達がどったんばったん大騒ぎ! 


 えっ? なんでこんな急に究極の選択みたいなのを突きつけられているの、俺?


 しかも2人とも『自分を選べ!』って目線で語ってくる始末だし……マジでどうすればいいワケ?


 お、おかしい……普段の俺だったら『ハッハッハ~♪ コラコラ? 俺の身体は1つだぞぉ、子猫ちゃんたち♪』と少女漫画のスカしたイケメンよろしく、小粋なトークを展開しつつベッド・インまで持って行くのに……どういうワケか今日は舌が瓶詰めされたようにピクリとも動かない。


 というか何で俺は浮気現場に踏み込まれた間男のように狼狽うろたえているんだ!?




「ロミオ?」

「ロミオさん?」




 はやく答えろ! と圧迫面接よろしくドスの利いた声で俺に催促を促してくるジュリエット様とましろん。


 気がつくとジュリエット様の部屋は天下一武道会の控室のような異様な雰囲気に包まれていた。


 並みの男ならここで『えっ!? ヤダ!? この2人スーパー地球人に目覚めてるじゃん!? Z戦士じゃん!?』と慌てふためいている所だろうが、ロミオ・アンドウ……いやロミオゲリオンはそんな無様なマネはしない。


 そう、卓抜なる俺の頭脳はもう既にこの危機を脱出する術を発見しているのだ!


 さぁ、括目かつもくせよ!


 世界よ、これがロミオゲリオンだ!




「――ピピッ! ガーガーッ!? エラー、エラー。CPUの処理が間に合いません。ただちに頭部を冷却してください」

「ろ、ロミオッ!? 大丈夫か!? もしかして熱暴走か!?」

「……チッ、逃げたなコイツ」




 慌てるお嬢様と氷点下0度の視線を向けてくる後輩。


 う~ん、あまりの温度差に風邪を引きそうだ!


 俺は2人の拘束からやんわりと抜け出しつつ、扉の前まで移動し、うやうやしく頭を下げた。




「お嬢様、白雪様。自分は一旦冷却モードに移行するため、誠に勝手ながらしばしの間、自室にて待機させてもらいます」

「あ、あぁ、分かった。何かあったらすぐ言うんだぞ、ロミオ?」

「お心遣い感謝します」




 そう言って心配するジュリエット様と、ヘタレチキン野郎を見る瞳をした我が後輩を部屋に残して、俺は自室へとエスケープするのであった。

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