「――もうお嫁に行けない……」
ましろんの性癖及び妄想が白日の
俺の鼓膜を凌辱し尽くしたコトで落ち着きを取り戻したのか、青い顔を浮かべながら我が自室の隅っこで三角座りのまま虚空を見つめるプチデビル後輩。
正直、我が後輩がここまでド変態だったことに驚きを禁じ得ない。
ぶっちゃけ何て声をかければいいの、コレ?
何とも重苦しい空気が俺たちの間に満ち満ちていた。
「い、いやぁ! そ、それにしても、あそこまで鮮やかにオウンゴールを連続して決められるエースストライカーも中々居ないよね? もはやニュージェネレーションの到来を予感させたよね!」
「ふふっ、ふふふふふっ……コレはもうセンパイを殺して真白も死ぬしかないかなぁ」
アカンッ! ましろんがまた
コレ以上沈黙が続くと我が愛しの後輩が自殺しかねないため、俺は何とかこの空気を打破するべく言葉を口からひり出した。
「げ、元気だせよオナニー@マスター? 大丈夫、お嫁に行けなくてもお婿さんを貰えば――って、ちょっと待て!? なんで舌を噛み千切ろうとする!? おいバカやめろ! ソレは洒落にならんぞ!?」
「離して!? センパイ離してください! もう真白はこの世界で生きていける気がしません! さっさと異世界で悪役令嬢に転生してイケメン共を顎でこき使ってやるんだぁぁぁぁぁっ!?」
ジタバタと暴れながら必死に舌を噛み千切り現実世界から
ソレを後ろから羽交い絞めの要領で阻止するナイスガイ、俺。
泣き叫ぶ女子校生を後ろから「大人しくしろ!」と羽交い絞めにする18歳……う~ん、文字にすると犯罪臭がプンプンしてきたぞぉ?
傍から見たら完全に事案発生案件だが、今はそんな事を言っている場合じゃねぇ!
「落ち着けましろん! 別にオナニーぐらいイイじゃねぇか! 俺なんか学生の頃はましろんの2倍、いや3倍……ゴメン盛った、5倍はしてたしっ! 全然恥ずかしくねぇよ! だから元気だせって、オナニー@マスター?」
「下手くそか!? 人を
「驚きすぎじゃね? えっ、多い? ウソ、マジで? みんなコレくらいやっているんじゃないの?」
アイツが情報源ってだけで信用できねぇわ。
というコトは、マジで俺多いの?
ちょっと異常なの?
ずっと精力なんて人並み程度だと思っていたんですけど?
混乱する俺をよそに、ようやく落ちついてきたらしいプチデビル後輩は、ゆっくりと俺の羽交い絞めを解き、改めて俺の方へと向き直った。
「と、ともかくですね? ま、真白のセンパイに対しての好きは、思わずその……お、オナニー……しちゃうくらい好きってことです!」
「そ、そうですか……」
「そうなんです! というか、アレだけアピールしてたのに、なんで気がつかないんですか!? ラブコメの主人公でも気取っているんですか? プレイボーイですか? イタリア人のつもりですか!?」
「お、落ちついて真白ちゃん? またヒートアップしてるよぉ?」
ふんっ! と恨めし気に上目使いで俺を睨んでくるオナニー@マスター。
その頬はいまだ羞恥により赤く、それが余計に子どもっぽく映って可愛い。
が、
「その、さ? 俺も色々言いたいことはあるんだけどさ、とりあえず1つだけ言ってもいい?」
「……なんですか? 言い訳ですか?」
「言い訳というか……俺さ? 1度、ましろんに告白してフラれてるよね?」
「はぁ? ……ハァッ!?」
意味が分からない! と言わんばかりの奇声が部屋に木霊する。
そう実は俺、去年のクリスマスイブにましろんに告白して盛大にフラれているのだ!
そのことは当事者である本人が一番よく知っているハズなのに……なんでこんなリアクションするの、この
「い、いつ!? いつセンパイが真白に告白したんですか!? そんな記憶ありませんよ!?」
「いやしたよ……もしかして忘れちゃった?」
「だから『いつ』『どこで』ですか!?」
「きょ、去年のクリスマスイブに駅前で……」
「去年のクリスマスイブ……駅前……え? まさか!?」
ましろんは今にも
「も、もしかして去年のクリスマスイブにセンパイが駅前の衆人観衆の中『今夜はベッドの上で俺と一緒に季節外れの白い花火を打ち上げないかい?』とかもはや恐怖を通り越して滑稽にすら見える台詞をやたらイケメンボイスで口にしながら、それ何の意味があるの? とコッチが尋ねたくなるような、背景が透けて見えるほどのスケスケの黒のランジェリーを手渡してきたアレですか!?」
「うん」
「バカなんですか!?」
シンプルな罵倒が俺を襲う。
「ば、バカとはなんだ、バカとは? あの台詞とプレゼントを考えるのに1カ月はかかったんだぞ?」
「無駄ぁっ!? その時間ほんと無駄ぁ!?」
「な、なにをぉっ!? せっかく我が従兄弟と一緒に考えたスペシャルな台詞とプレゼントを無駄とな!?」
「逆に聞きますけど、本気であの台詞とプレゼントで『よし、付き合おう♪』って思う女の子がこの世界に居ると思いますか!?」
気がつくとお互い肩を
しばらく子どものように言い合っていると、肩で息をしていた後輩が小さく「センパイ……」と声をかけてきて、
「この言い争い、やめませんか? 不毛です……」
「奇遇だな、俺も今ソレを言おうと思っていたんだよ……」
ましろんが掴んでいた俺の胸ぐらを力なく離してくれる。
そうだ、なんで俺たちの目が前についているのか……それは過去を振り返らないためだ。
そう、俺たちは未来に生きているんだよ!
だからもっと建設的な話し合いをしなければ!
「ではセンパイ。『あのとき』と、そして『今』の告白の返答ですが……真白と付き合ってくれますか?」
不意に弱々しい口調で、俺を見上げる後輩に思わずたじろぐ。
彼女の
まるで迷子の子どものように怯えているソレを前に、俺はズガンッ! と脳天をぶっ叩かれたような衝撃を覚える。
女の子にこんな顔をさせるなんて……自分で自分が許せなくなりそうだ。
だから早く彼女を安心させる言葉を出さなければ。
……出さなければならないハズなのに、何故か俺の唇は動かない。
いつもは余計なコトばかりに回る舌も、今日は
いや……ほんとは分かってるんだ。
答えを言おうにも、あの日、あの嵐の夜に見せたお嬢様の顔が頭にこびりついて離れない。
結果、自分で自分が分からなくなる。
「……ちょっとセンパイ? 返答、遅いですよ?」
不安を押しつぶすように口を開く、ましろん。
その声は……彼女の身体と同じくカタカタと震えていた。
何とも自分が情けなくなる……が、今の俺に言えるのはコレが精一杯だ。
「ごめん、ましろん。付き合うことは出来ない」
「……ソレはつまり好きな人が居るから無理ってことですか?」
「違う。正直、告白は死ぬほど嬉しいし、何なら今すぐ小躍りしたいほどだわ」
「じゃあ、なんでですか?」
「……自分の気持ちが、分からないんだ」
そんな曖昧な気持ちのまま、ましろんに返事なんかすることは出来ない。
それは酷く不誠実だと思ったから。
結果として彼女を傷つけることになったとしても、コレが今の俺に出来る精一杯の誠意の表し方だった。
「だからゴメン……ましろんとは付き合うことが出来ない」
「……なるほど、分かりました」
ましろんは天上を仰ぐように俺から視線を逸らすなり、一度大きく吐息を漏らした。
そして数回深呼吸を繰り返し、再び俺に視線を戻した際……俺はゾッとした。
彼女の瞳が恋する乙女のソレから肉食獣のソレに変わっていたのだ。
あっ、ヤバい……と感じたときはいつだってアフターフェスティバル。
ましろんはドスッ! と俺の胸元に自分の指先を突き刺しながら、口角をニヤッ! と吊り上げ、ふてぶてしい表情でこう言ってきた。
「つまりセンパイはこう言いたいんですね? センパイが悩むのもバカらしくなる位に、真白のコトを好きにさせてみせろ! と」
「えっ? ……えっ!? いや違う、そういう意味じゃ――」
「上等ですよ。その喧嘩、買ってやろうじゃありませんか!」
ましろんは何を勘違いしたのか、勝ち誇ったような蠱惑的な笑みを浮かべてハッキリと俺に向かってこう言った。
「この屋敷に居る間に必ず有無を言わせない位、センパイを真白に惚れさせてみせますよ! ――覚悟していてくださいね、センパイ♪」
そう言ってふてぶてしく宣言する俺の後輩は、世界で1番可愛かった。