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第22話 ロミオと密会とシンデレラ

 ――七海真白、改め『白雪真白』たんが俺とジュリエット様の愛の巣へとやってきて12時間。


 日はどっぷりと暮れ、真っ暗な空の海にヘッポコな形をしたお月様だけが浮かんでいる時間帯。

 今日も今日とて通常業務を終えた俺は、自室で寝巻き……に着替えることなく、執事服のまま『とある人物』を待ち続けていた。


 ジュリエット様が就寝して20分弱。


 時間的にはそろそろやってきてもおかしくはないんだが……。


 と、思考が錯綜さくそうしかけたそのとき、



 ――コココン、コココン、コココンコン♪



 と、小気味よく自室の扉が叩かれた。


 来たか。


 俺はおごそかな声音で、扉に向かって声をかけた。




「パンスト・ニーソは?」

『和の心』

「無駄を削った?」

『わびさびの世界』




 よし入れ! と短くそう投げかけるなり、ゆっくりと扉が開いて行く。


 そしてドアの隙間からシルクのパジャマに身を包んだ我が後輩、ましろんが至極不満気な眼差しで俺を睨んできた。




「あのセンパイ? いい加減この合言葉辞めません? 言っててすっごく恥ずかしいんですけど?」

「なにを言う? パンスト・ニーソほど日本のわびさびを的確に表現しているモノはないぞ? あの照り返す美しいコントラストを前に、かの有名な千利休だって――」

「いや千利休の時代にパンストは生まれてなかったでしょうに……」




 何故か残念な子を見る眼差しで俺を射抜く我が後輩。


 だが誠に申し訳ないが、俺の関心はそのドM大歓喜の瞳ではなく、彼女の着用しているシルクのパジャマ――否、シルクのパジャマの胸元へと吸い込まれていた。


 お、おいおい?


 もしかしてましろんのヤツ……ノーブラじゃないのか!?


 間違いない、ノーブラだ!


 シルクのパジャマの柔らかく滑らかな素材が織りなす、胸元のしわという名のハーモニー。


 そこに追い打ちをかけるかの如く、シルクの上品なつやが彼女のボディラインをこれでもかと強調し、不自然に盛り上がった胸元のたわわ♪ をよく惹き出していて……はは~ん?


 さてはましろん、キサマ、俺を誘っているな?


 最初は夜景が綺麗なレストランでロマンティックにキメるのが安堂スタイルなのだが……こんなエキゾチックな展開も嫌いじゃないぜ?


 どぉれ! さっそくこの場で創聖合体へと洒落しゃれこみますかな!




「洒落こみませんし、誘ってもいません。コラコラ? 乙女の柔肌に触ろうとするな、この変態め」

「なにっ!? 何故俺の心の声をましろんが知って……ハッ!? さては俺の心を――きさま! 見ているなッ!」

「普通に気持ち悪くブツブツ呟いていましたよ。だからパイタッチしようとするな、この変態センパイ」

「ちょっと? 仮にも先輩だよ? もっと敬意を表して?」

「パイタッチしようとするな、このド変態センパイ」

「あっ、違う違う。レベルアップしてくれって意味じゃないから」




 もうましろんのお茶目さん♪ と、持ち上げた手をましろんに叩き落されていしまう。


 や、ヤダなぁ、冗談だよ、冗談♪ 


 紳士の俺がパイタッチなんかするワケがないだろう?


 ほんと冗談だからさ? そのゴミカスを見るような目を向けてくるのはやめてくんない?


 俺がドMならお礼の言葉を口にしている所だよ?




「なぁましろん。一応確認しておくんだが……俺の知っている『ましろん』なんだよな? ニセモノとかじゃない……よな?」

「失礼ですねセンパイ。こんなプリティガールが何人も居てたまるもんですか。正真正銘、七海真白ですよ。……まぁ今は白雪って名前ですけど」

「う~ん? 本当に本物かぁ? 怪しいなぁ」




 いまだ疑いの瞳を向ける俺にましろん(仮)は肩をすくめながら、




「疑り深いですねセンパイ。そこまで疑うのなら証拠を見せましょうか?」

「ん? 証拠?」

「はい。真白が本物であるという証拠です」

「ほほぅ、面白い。証明できるモノならやってみろ!」




 どうせ口先だけに決まって――




「センパイの家にあるクローゼットの一番下の棚の底に下着と一緒に隠してあるエッチな本の名前は『ダメダメッ! そんなにしぼっちゃ……んもぉ~♪』である、QED証明終了」

「ねぇ何で知ってんの? 何で知ってんの!?」




 俺の個人情報がだた漏れな件について。


 おいおい、マジかよ……?


 よりにもよって我がMYマイFavoriteフェイバリット・ドスケベBooksブックスにして、俺が愛してやまないスプラッシュ斎藤さいとう先生の【牛っ搾乳さくにゅうシリーズ】の金字塔『ダメダメッ! そんなにしぼっちゃ……んもぉ~♪』をトレジャーされていただなんて……。


 なんだコイツ?


 エロ本探しのプロフェッショナルかよ?




「まぁセンパイがお乳とお尻が大きくて、パンストが似合う女の子のグラビアや漫画を重点的に集める傾向があることは一旦脇に置いておいて……」

「あっ、やめてやめて? どんなに言い繕ってもソレが先輩の趣味嗜好だって事がバレちゃうから。一応ソレ、先輩のトップシークレットの情報だから」

「それよりも、なんでセンパイが執事服なんか着て、しかもアンドロイドなんて嘘をついて働いているですか? ……ちゃんと説明してもらえるんでしょうね、センパイ?」




 彼女の瞳は言外に「今日のコトを説明しろ!」と雄弁に語っていた。


 こうなってしまっては仕方がない。


 俺は小さく肩を竦めながら苦笑を浮かべて頷いた。


 そしてなるべく手短に俺の身に起きたコト、何故アンドロイドのフリをしているのかというコト、ジュリエットお嬢様の現状、今日の俺の下着の柄から果ては今後の世界経済への展望まで、俺の知りうる全てのコトを話してやったさ!




「――なるほど、そういうことですか……。最初の5分から後の説明は聞くだけ無駄でしたね。まだ何かあるのかと黙って聞いていた自分が許せないレベルですよ」

「ふふっ、先輩のストーリーテラーとしての才能に惚れ惚れするだろう?」

「しませんよ。それにしても……ハァ。ほんとセンパイはトラブルを引き寄せる天才、いや天災ですね?」

「いや、俺は別に朝起きたら全裸で添い寝された事も、女の子の股間へルパンダイブした事もないけど?」

「ソッチの『To LOVEる』じゃありませんよ?」




 う~ん、冷たい! 対応が冷たい!


 なんだよコイツ? 『ドライモンスター』略して『ドラいもん』かよ? ヤッベ、押入れとかに住んでそう。


 ほんとにこの女は俺のことが好きなのだろうか――って、あっ!?


 そうだった!




「? どうかしましたかセンパイ? そんな間抜けた顔……はいつも通りですね、すみません」

「先輩ね、こんなムカつく謝罪をされたのは生まれて初めてだよ? って、そうじゃなくて! ――なぁましろん? 俺も1つ質問してもよろぴぃですか?」

「……分かってますよセンパイ、真白の名字についてのことでしょう?」




 A、違います。




「いや、ましろん……そうじゃなくて」

「アレはちょうど3日前のことです。突然お父さんから『話がある』と言われたのが全ての始まりでした」

「ちょっ、あの? 先輩の話、聞いてる?」




 そんな事どうでもいいんだよ!


 俺は昨日の告白について聞きたいの!


 だというのに、ましろんは苦笑を浮かべながら何を勘違いしたのか、聞いてもいないのに自分の出生の秘密についてベラベラと喋り始めた。




「実は真白のお父さんとお母さん、親の反対を押し切って駆け落ち同然で結婚したらしいんですよ」




 さらに驚くことにお父さんのお父さん、つまり真白のお爺ちゃんがですね、あの白雪家のご当主様で、お父さんは白雪家の御曹司だったんですよ!


 と、言葉を重ねていく後輩。




「なんでも当時から白雪家のメイドとして働いていたお母さんのことが大好きだったらしくて、それで家も地位も投げ捨ててお母さんと一緒になる道を選んだそうですよ」

「な、なんかスゲェパワフルな人だな、ましろんパパ」

「普段はそんなことないナヨナヨした人なんですけどねぇ~。やっぱり恋は人を変えちゃうんですかねぇ?」

「ましろん、それは違うぜ? 恋が人を変えちゃうんじゃない、自分を変えるほどの出会いをしてしまうのが恋なんだ!」

「おぉっ! ……おっ? おぉ~っ? ん~、よくよく考えてみたらどっちも同じじゃないですか? ちょ、やめてくださいセンパイ……なんでドヤ顔が出来るんですか? 見ているコッチが恥ずかしいです」




 後輩のゆっくりと振りかぶったパンチが俺を襲う。


 まるで子猫がじゃれつくような痛くないパンチだ。


 ましろんはグニュグニュと俺の頬にパンチを押し当てながら、再び言葉の続きを紡ぎ始めた。




「そんな蛮勇を繰り広げたお父さんなんですけどね、なんと今までお爺ちゃんが経営している『白雪コーポレーション』で働いていたんですよ!」

「反対を押し切ったのに? スゲェ度胸だな、ましろんパパ。メンタル日本代表じゃん」

「ですです。なんでも『いつか認めてもらえるように』ってコトでお爺ちゃんの近くで頑張ってきたそうです」




 おぉ……マジで気合入ってんなぁ、ましろんパパ。


 最初はメイドにお手付きするゲスの極みクソ野郎かと思ったが、いかんせん、ちょっとカッコいいじゃねぇか。


 俺もいつかはこんな人生を変えるような燃えあがる恋をしてみたいモノだ。




「とまぁそんなコトがありつつ、つい先日お父さんとお爺ちゃんがとうとう和解して、白雪当主の座にいたということです。それに伴って真白の名字も『七海』から『白雪』に変わって、生活環境もガラリと180度変化したワケなのです」

「ほぉ~ん、ましろんも大変だなぁ。あっ、じゃあ『七海』ってせいはママンの方の?」

「ですです。ちなみにお母さんも現在は白雪家のメイドとして復帰していますよ」

「なるほどなぁ……ましろんパパはメイド好きかぁ、同じ男として気持ちは分からなくもない」

「人の父親の性癖を勝手に決めないでくれます?」




 ジトッとした瞳を俺に向けてくるプチデビル後輩。


 もし俺がドMならここで『うっひょー、なんてHОTな眼差し! 余計に身体が熱くなるでおじゃるよぉぉぉぉぉっ!?』と全裸で狂喜乱舞しているところだ。


 う~ん、我が後輩は『お嬢様』より『女王様』の方が似合うような気がするのは俺だけでしょうか?


 そう言えば今回のコトとは直接関係は無いのだけれど、昔、我が叔父にしてスケベの地平線を切り開くパイオニアである大神士狼さんが、俺と自分の息子である金次狼に、




『いいか2人とも? ドMはな、他のドMが何をしてほしいか分かるが故に最良のSになる資質を秘めているんだぞ?』




 とか言ってたっけ。


 その理屈で言うと、逆に女王様もM豚としての資質を秘めていることになるワケで……つまり我が後輩ましろんもまたドMとしての資質を大いに秘めているということになるワケだ。


 そう考えるとなんかオラ、ワクワクすっぞぉ☆




「……なんですか、その極めて特殊な変態を見るような目は? 不快不愉快なんですけど?」

「いや何でもないさ、説明ありがとうましろん。ただ、チミの先輩が聞きたいのはそういう家庭の事情じゃないんだ。もっと差し迫った、緊急を要する案件のコトさ」

「あっ、そうなんですか? どうやら真白、少々らしくもなく早とちりしてしまったみたいですね」




 たははっ、と苦笑を浮かべて誤魔化そうとする我が後輩。


 もしかしたら、ましろんもましろんで今の話を誰かにしたかったのかもしれない。


 だとしたらもっと真面目に聞いてやるべきだったかな?


 なんて事を思いつつも、やはり目下1番気になるのは『例のアレ』だったので、俺は申し訳ないと思いつつも、彼女に言葉をぶつけた。




「俺が聞きたかったコトはただ1つ! ましろんの昨日の電話越しの告白の件についてだ!」

「うぐっ!? そ、それ今掘り返しちゃいます……?」




 掘り返しちゃいます♪


 俺は気まずそうに頬を赤らめる後輩をまっすぐ見据え、




「ましろん、おまえ……」

「あ、あ~っ! あ~っ! 聞こえなぁ~い、聞こえなぁ~いっ! 真白は何も聞こえなぁ~いっ!?!?」

「おまえ――一体誰からの罰ゲームだ?」

「いや何でですか?」




 耳を押さえてアーアー言っていた後輩が急に真顔になる。


 や、やめろよ……急に真顔になるなよ、ビックリするだろうが。


 何故かましろんは哀れみに満ちた瞳で「どういう思考回路してるんですか?」と告げてくる。


 なんでこの子はセンパイをゴミカスを見るような目で見れるのだろうか?


 特殊な訓練でも受けているのだろうか?




「いや、『何で』もナニも……俺に告白してくる女の子って『イタズラ』か『ドッキリ』か『罰ゲーム』か、もしくは『利用』してくる慎ましやかなレディー達だって相場が決まっているから……」

「今、センパイの恋愛遍歴へんれきの闇を見た気がしましたよ……」




 あっ、やめてやめて? 同情の眼差しはやめて? 心にクるから、軽く自殺したくなってくるから。




「えっ? 違うの? 罰ゲームじゃないの?」

「違いますよ、もっと普通に考えてください」

「普通に考える……」




 そう言えば、ましろんは白雪家の御令嬢ってコトになるんだよな? 


 性格は……まぁアレだが、見た目だけならトップレベルで超可愛い。


 何ならジュリエット様とタメを張れるレベルだ。


 そんな男なんて選び放題のヤリ放題の人生勝ち組サブカルクソ女が俺に告白する理由なんて……そんなの1つしかないじゃないか。




「なるほど、真実はいつも1つか……」

「やっと分かりましたか?」

「あぁ、分かった。――つまり両親を人質に取られているんだな? 任せろ、必ず俺がましろんのパパンとママンを救い出してみせる!」

「離れろ! 一旦脅迫から離れろバカ野郎!」




 俺の名推理に心を打たれたのか、ましろんが荒々しい口調のまま、吐き捨てるように、





「どう考えてもセンパイのコトが好きだから告白したに決まっているでしょうが!」





 と言った。


 …………マジで?


 言った瞬間ましろんが「ヤッベ!?」といった表情を作るが、もう遅い。




「えっ? ましろん、俺のこと好きだったの? いつから?」

「そ、それはそのぉ、え~とぉ……アハ☆」

「可愛い、でもやめない」

「うぐぅっ!?」




 我が愛しの後輩が何とも言えない表情で頬を赤らめながら、悔しげに俺を睨みつけてくる。


 正直、メチャクチャ興奮した。




「ねぇねぇ? 俺のコト好きなの? どこが好きなの? ねぇねぇ? ねぇねぇねぇねぇ?」

「そ、それは……だから……うぅ」

「ねぇねぇ? どこが好きなの? 俺の、どこが好きなの? ねぇねぇねぇねぇ?」

「ちょっ、センパイ? 一旦落ち着いて――」

「ねぇねぇ? どこが好きなの? ねぇねぇねぇねぇ?」

「だから落ち着――」

「やっぱり顔? このイケてるフェイスが好きなの? ねぇねぇねぇねぇ?」

「落ち――」

「ねぇねぇ? ねぇねぇねぇねぇ?」




 ――ブチッ。




「うん? 『ブチッ』?」




 俺の部屋に何かの糸が切れたような音が聞こえた瞬間、グィッ! とましろんに俺の襟首を握り締められた。って、えぇっ!?


 ちょっ、ましろん!? と俺が声をあげるよりも早く、キッ! と瞳を吊り上げた我が愛しの後輩が、今にもキス出来そうな至近距離でウガーッ! と犬歯剥き出しのまま声を荒げ始めた。




「そうですよっ! 好きですよ! 大好きですよ! 真白はセンパイのことが大好きですよ! 何か文句でもあります!?」

「あ、あの、ましろん? 謝るから襟首を離して――」

「えぇ、そうですよ! センパイのことが大好きですよ真白は! 週3でセンパイの事を想いながらオ●ニーにふけっちゃうくらい大好きですよ! 愛してますよ!」

「ましろん!?」




 ナニ言ってんの、この!?


 名前を言ってはいけないあの人並みに、うら若き乙女が口にしてはいけないワードがロケットエンジンが如き勢いで飛び出てきたんですけど!?


 ちょっとましろん!?


 落ち着いて!


 マジで落ち着いて!?


 そんな俺の願いとは裏腹に、ましろんのマシンガントークに熱が入りはじめる。




「夜な夜な脳内でセンパイを裸にひん剥いて、エロい妄想をするくらい大好きですよ、コッチは! センパイの着替え中の姿もコッソリ盗撮しちゃうくらい好きなんですよ! 愛しているんですよ! 文句ありますか!?」

「いや、だからましろん? ちょっと落ち着いて――」

「ちなみに最近の妄想のトレンドはセンパイにバニーガールの格好をさせて、羞恥に悶えるところを美味しくいただいちゃうパターンが多いです!」

「聞いてない! そんなコト先輩は一言も聞いてないよ!?」

「他にはベッドに横たわったセンパイを四つんばいにしてお尻に●●●●●をぶっかけて、●●●バンドを装着した真白が後ろからセンパイの入れる専用出口を激しく●●●●して、センパイの口から『アッー?』と甘美な音色が――」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!? こんなの俺の知っている後輩じゃなぁぁぁぁいッッ!?!?」




 と、止まんねぇ!?


 怒涛のセクハラトークが止まんねぇよ!?


 女の子が言っちゃダメな台詞が湯水のごとく飛び出してくるんですけどぉ!?


 というかましろんテメェ、脳内で一体俺をどういう風に凌辱しているんだ!?


 もう純粋に怖いわ!


 かくして、我が愛しの後輩が正気に戻るまで『第1回 チキチキ☆わたしの性癖大暴露大会~白雪真白編~』は開催されたのであった。

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