「――大丈夫ロミオくん? ちょっと顔色が悪そうだけど……どこか不具合でもあるの? 身体のネジが緩いとか?」
「……いえ大丈夫ですお嬢様、少々充電が足りないだけです。心配をおかけして申し訳ありません」
「本当に? 無理してない?」
最近のお気に入りらしい俺の股の間に腰を下ろし、心配そうに見上げてくる『わんこ』モードのジュリエット様に「本当ですよ」と声をかける。
愛しの我が後輩、七海真白たんから愛の告白を受けた翌日。
つまり桜屋敷に白雪家の御令嬢がやってくる当日の朝、10時少し過ぎ。
俺は少々お疲れ気味のまま、ジュリエット様のお部屋で静かに来客がやってくるのを待っていた。
「う~ん、やっぱり1度しっかりとメンテナンスするべきかなぁ? ほんとはあんまり来てほしくないけど、ロミオくんが壊れたら嫌だし、安堂主任をココに呼び出そっか?」
と、ナチェラルに親父をディスりながら、ソファに身を沈めていた俺の股の間に挟まって語学の勉強をしていたジュリエット様が不安気にそう呟いた。
「本当に大丈夫ですよ、お嬢様。身体に異常があればすぐさま報告しますから。それに安堂様もお仕事で忙しいでしょうし、そう何度も呼びだすのは可哀そうですよ」
「むぅ~、ロミオくんがそこまで言うなら……分かったよ。でもっ! 無理だけはしなでね? 少しでも『あれ? 身体がおかしいな?』って感じたらすぐボクに言うんだよ? 絶対だよ!? 約束だよ!?」
「はい、分かりましたお嬢様。約束ですね」
やたら念を押してくるジュリエット様に、内心苦笑してしまう。
ぶっちゃけ俺の顔色が悪そうに見えるのは、徹夜で我が愛しの後輩、ましろんの告白について考えていたからだ。
おかげで寝不足な上、一晩中考えたにも関わらず、答えも何も見つからない始末だし……。
しかも俺がジュリエット様を起こしに行ったら、ジュリエット様はもう目が覚めて起きているどころか、さっさと寝巻きから普段着に着替え終えているではないか!
おかげでここ最近、朝の楽しみであり今日を生き抜く活力でもある『合法ロリ巨乳によるワクワク☆ストリップショー♪(ポロリもあるよ!)』なるモノが見られず、心の栄養補給が出来ず、余計に心身が弱っていく有様だ。
この気持ちを具体的に表現するならば、アレだ。電車通学中に対面に座った女性が短いスカートでやや足を開き気味に座っているので、男のロマンを絶賛大公開中にも関わらず、左右のふとももの圧倒的な肉の壁によって完全にガードされているときの気持ち、と言えば分かりやすいだろうか。
これには未来の英霊にして
『見えると思ったワケじゃない、しかし見たいと思った自分の心は裏切れなかった』
という名言まで飛び出てくる始末だ。
もちろん俺個人としてはスカートの奥に広がるワンダーランドを楽しみたい気持ちもあるにはあるが、椅子に座ったときの太ももが『むちっ♪』となる瞬間もまたたまらなく大好きなので充分満足だったことをココとに記しておこうと思う。
「そ、そうだ! じ、実は偶然、本当に偶然なんだけどね? すっごい良い
俺が自分の心と向き合っている間に、なにやらジュリエット様の方が勝手にヒートアップされていた。
俺から視線を外し、
気のせいか、首筋まで真っ赤じゃないか。
一体俺が意識を飛ばしている間にお嬢様に何があったというのか?
なんてことを考えていると、
――リンゴーンッ!
と重々しくも不快にならない、
「あっ! ど、どうやら白雪さん家の子が来たみたいだね! い、行こうかロミオくんっ!」
そう言って俺の答えを待つことなく、これ
何をそんなに慌てているのだろうか、俺の主は?
と、内心首を捻りながら彼女の後に続くべく、ジュリエット様の部屋を後にし――
……ゾクッ。
「ッ!?!?」
――ようとした瞬間、首筋を舐められたような嫌な悪寒が走り、思わず立ち止まってしまう。
……俺はこの感覚を知っている。
確かコレは俺が小学5年生の冬に、安堂家の
俺のママンの弟、つまり我が叔父にして金次狼の偉大なるパパ上、大神士狼さんがまだ小学生だった時の話だ。
なんでもその日は1日中雨が降っていたらしく、学校から帰宅してきた士狼さんは急いで身体を温めるべくストーブの電源を入れるのだが、何故かスイッチが入らない。
なんでだ? とストーブの方を確認すると、どうやらコンセントが抜けかかっていたらしく、ソレを直そうと濡れた手で握った瞬間、交流100Vの電流が士狼さんを襲ったのだ。
結果、士狼さんはその場でハイスピード・テクニカルダンスッ!
ぬるい人生なんてお呼びじゃねぇ! 花火のように鮮やかに生きてこそ男の生き様よぉ! と言わんばかりのハード&ロックだ。
それを当時中学2年生だったママンが発見。
ママンはソレを見て一通り爆笑した後、弟を助けるべく自称IQ53万の頭脳を高速回転させた。
そして我がママンの卓抜なる頭脳が導き出した結論が、
『そうだ、弟をドロップキックで蹴り飛ばそう』
というモノだった。
なんでも『外部から強い衝撃を与えれば、意識の有無に関わらずコンセントを手放すに違いない!』と考えたらしい。
しかもドロップキックならば弟に接触した瞬間、ママンも感電してしまうかもしれないが、空中に居る以上、慣性の法則が働き意識の有無に関わらず弟を蹴飛ばしコンセントを手放させることが出来る。まさに神の1手だ!
そう1人納得したママンは、弟に渾身のドロップキックをお見舞いするべく、助走距離を取った。
そしてクライチングスタートからのパンツ丸出しドロップキックにより、無事
正直、感電している自分の弟を爆笑するのもどうかと思うが、実は士狼さんにこの事件の全容を事前に教えて貰っていた俺からすれば……このときの母のおぞましさに恐怖を覚えていた。
いやね? ママンの話だと『弟を蹴り飛ばして、無事救出したっ!』って所で終わってるんだけどさ……実はこの話には続きがあるんだよね。
当時のママンは戦闘民族である大神家の血に目覚めていただけではなく、
そんなママンの本気の一撃を顔面で受け止めた士狼さんは、さぁ大変!
士狼さんはモノの見事にリビングの窓をブチ破ってお外でダイブッ!
そこへ『トドメだ!』と言わんばかりに仕事から帰宅してきた
そしてロケットのごとく吹き飛んで行く士狼さんは最後の
騒ぎ出すご近所さん。
プラグをコンセントに。
↓
感電してロックンロール。
↓
ママン爆笑からのドロップキック。
↓
窓をクラッシュ。
↓
お外へダイブからの祖母のカローラでワントラップ。
↓
叔父、キリモミ飛行からのフライング・ヒューマン。
↓
からの
↓
再び窓クラッシュ。
↓
超エキサイティングッッ!!
↓
そして伝説へ……
まさにピタゴラスイッチも真っ青な完成度である。
『まったく、軟弱な弟を持つと姉は苦労するわね。アイツ結局、指先を火傷して3日間病院へ通ったのよ? それにしても、電気って怖いわよねぇ。ロミオも気をつけなさいよ?』
まるで悪いのは全て弟と言わんばかりに喜々として
そして何気にそれだけの事がありながら指先を火傷した程度で済む叔父のタフネスさにも恐怖を覚えた。
俺の身体にもこの蛮族どもの血が半分流れているのかと思うと……考えるだけで恐ろしい。
って、アレ?
俺、何の話をしてたんだっけ……?
「ロミオくん、何をしてるの? 早くおいでよ?」
「……かしこまりましたお嬢様」
いつまで経っても出てこない俺を心配して、部屋まで戻ってきてくれるジュリエット様。
ほんと俺のご主人様は優しいなぁ、とほっこりしつつ、身体中に走る悪寒を押しつぶして2人で玄関へと向かう。
……のだが、玄関に近づくにつれて足が
「ろ、ロミオくん、どうしたの? 額に汗がビッシリだよ?」
「これは排気水です。自分はロボなので汗はかきませんよ、お嬢様」
「あっ、そっか。う~ん……じゃあボクの勘違いなのかなぁ? 今のロミオくん、すっごく怯えているように見えるんだけど?」
「自分には恐怖という感情がインストールされておりません。きっとソレはお嬢様の勘違いです」
「そっかぁ。まぁインストールされてないならそうなんだよね、きっと。ゴメンね、変なこと言って?」
忘れて、と笑みを溢しながらスタスタと玄関の方へと足を進めるジュリエット様。
1歩進むたびに俺の本能が『止まれ! 引き返せ! まだ間に合う!』と
ソレを意思の力で無視してジュリエット様の後ろを着いて行く。
『待て待て正気か!?』とか『お願い止まって!?』とか『……ここが地獄の一丁目』など俺の本能が大音量で理性に警報を鳴らす中、ついに玄関前まで辿りついてしまう。
「ロミオく――ロミオ、扉を開けなさい」
「かしこまりました」
『ワンコ』モードから『鉄仮面』モードに切り替えたジュリエット様が、いつもの氷のような雰囲気を発散させながら、無表情で冷たくそう口にする。
俺は快楽堕ちが確定している人妻エルフのような面持ちで、玄関の取っ手へと手を伸ばす。
震える指先でしっかりと玄関の取っ手を握り……
「……? 何をしているロミオ? 早く開けてあげなさい」
「……はい、お嬢様」
『ダメだぁぁぁぁぁっ!?』と叫び散らす小さな俺を無視して、とうとう俺はその扉を開けた。
瞬間、春の陽気な風に乗って、実に聞き覚えのある可愛らしい声音がこの桜屋敷に木霊した。
「お、お初にお目にかかりますっ! きょ、今日から2年間、このお屋敷でお世話になることになりました七海真白――じゃない、
「……神は死んだ」
扉の前で勢いよく頭を下げていた女の子と目がかち合う。
モコモコと温かそうなボーダーニットに、ぜひとその格好のまま自転車に乗ってほしいデニム生地のミニスカート、そして『トドメだ!』と言わんばかりに黒のニーソを着用した女の子が、今にも瞳が飛び出てきそうなほど大きく見開き、
きっと俺も同じ表情をしていたことだろう。
別に彼女の素肌に食い込むニーソの『ぷにっ♪』と具合に目を奪われたからではない。
その声。その瞳。その色素の薄いの髪。
そして、グラビアアイドルの素質しか感じられない
どれをとっても、俺の知っている『とある後輩』にソックリな女の子が目の前に立っていた。
「せ、セン……パイ?」
というか本人が立っていた。
七海真白が立っていた。
俺の愛しの後輩が――立っていた。
――かくして俺は、昨夜劇的なお別れをしたハズの後輩と約12時間ぶりの再会を果たしたのであった。